あと六十四本...「サッカーボール」
「あいつが死んだのは自業自得なんだと思います」
そうU君が話す“あいつ”とは、数か月前に亡くなった同級生Mのことだ。
U君も同級生Mも高校のころ同じサッカー部に所属していたが、好きなサッカーが出来ると期待して入部したものの、早々に人間関係に辟易しガッカリした。
運動部のため上下関係が厳しいのは多少覚悟していたが、それ以上に部活内で“いじめ”があったからだ。
初めは同級生MもU君と同じようにうんざりしていた様子だったが、気が付くといつの間にか同級生Mも“いじめる側”に付くようになっていた。
「自分がいじめられないために“そっち側”に行ったんだろうとは、分かってはいるんですが……」
そう言って顔を歪めるU君は、同級生Mの変節に理解を示しつつも、嫌悪しているのは“いじめ”の対象が中学からのサッカー仲間だった友人に移っても、いじめをやめなかったからだった。
いつかは自分が最低なことをしていると気づき、改心して“いじめ側”から離れてくれることを願っていたU君だったが、中学からのサッカー仲間である友人へのいじめにまで参加した同級生Mを見て、U君は彼のことを見限ったのだそうだ。
学校という狭い世界の、それも部活内という限られた環境内で行われるいじめは、顧問が部員の監督を怠っていたために、告発する者が現れない限り表沙汰になることはなかった。
いじめの内容は徐々にエスカレートし、U君たちがもうすぐ三年生になろうかという冬、先輩たちが引退したころに最もひどくなり、しかもそれを率先してやっていたのがU君の同級生Mだった。
かつての中学からのサッカー仲間である友人へ、直接手や足は出さないが、間近からボールをぶつけたり、真冬にも関わらず水を浴びせて外周を走らせたり、着替えもさせずそのまま後片付けのすべてを彼ひとりに押し付けたり――。
もう怖い先輩もいないのに、“いじめられる側”になる心配もないのに、なぜ率先していじめるのかとU君が同級生Mに問えば、
「え? 面白いからだけど?」
そう半笑いで答えが返ってきたという。
同級生Mの返事に愕然としたU君は、翌日顧問に告発した。
「もっと早く告発していればって思うかも知れませんが、最初は些細なものだと思ったんです。練習や模擬戦のときの失敗を冗談っぽくあげつらったり、靴やユニフォームを隠したり、片づけを他の人より多く押し付けたり……。いじめられた側が受け流せたり、言い返せたり、それか他の奴がフォローすることができたり――そういう感じだったから、いじめられるのは嫌だけどチクるほどでもないかなって」
だが、初めは顧問もU君の告発を聞いて動こうとはしなかった。
顧問も部活内のいじめは何となく察知していて、軽いものだと思い込んでいたようだった。今まで大丈夫だったから、問題ないと思ったのだろう。
ところが、U君が顧問に告発してから数日後、いじめを受けていた友人が自殺したという情報が、どこかから流れてきた。
しかも遺書が残されていて、遺族の訴えで部活でのいじめが自殺の原因だと糾弾されることとなった。
U君はもっと早く自分が動いていたらと悔やんだが、葬式に行った日、友人の両親に許しをもらって読ませてもらった遺書を見て驚愕した。
自殺した友人は、同級生Mが「いじめられたくないから」と“いじめ側”に回っていたことを理解していたため、自分が“いじめられる側”になっても同級生Mからのいじめに耐えていた。
実は何度か、誰もいないところで同級生Mからの謝罪も受けていて、「俺も先輩が怖いんだ」と言い訳を聞かされていた。
なのに、先輩が引退してもいじめは続き、しかも「楽しいから」と言っていたのを聞いて、ひどく裏切られて傷ついた。
だから死を選んだ、ということが書かれていた。
U君はあの日の同級生Mの発言を聞いていたのだと知り、自分があの場で問い質さなければ友人はあの発言を聞かなかったのに、と激しく後悔した。
遺書には同級生Mの名前がしっかり書かれていたため、同級生Mは葬式への参列も許されず追い出され、遺族から塩をまかれていたという。
その後、サッカー部は一時活動を停止していたが、キャプテンだった同級生Mと、その同級生Mとともにいじめに参加していた数名を強制退部させたのち、活動は再開された。
U君はサッカー部に残ったが、それまで以上にその同級生Mとは疎遠になり、高校卒業と同時に長いこと会うこともなかった。
それから十年ほど経って、U君が地元から近い繁華街の居酒屋に入ったとき、偶然その同級生Mと会うことがあった。
U君ははじめ気づかなかったが、同級生Mの方から声をかけてきたことで気づき、同時に自殺した友人のことも思い出して嫌な気分になった。
だが、U君の表情が陰ったことを気にする様子もなく、同級生Mは酔っているのかU君に絡んできた。
まだ二十代なのにデキ婚してしまった、もっと遊びたかったと、聞いてもいない近況を話だし、遠慮の無さや話の内容にも「相変わらずだな」とU君は聞き流していた。
しかし、同級生Mがかつての友人の話を持ち出したとき、U君はギョッとしてしまう。
「ってかさぁ、あのー、名前なんつったっけ? サッカー部の自殺したやつ。あいつホント空気読めねぇよなぁ。みんなで楽しく部活やってたのにさぁ、死ぬとかホントつまんねぇことしやがって、そのせいで俺が部活辞めさせられるとか、マジで最悪だったわ!」
U君はそれを聞いて愕然とした。
部活を強制退部させられたあとの同級生Mは、U君やサッカー部とは距離を取っていたが、以前より比較的大人しく控えめに学校生活を送っていたので、きっと彼なりに反省はしたのだろうと思っていた。
だが、大人になった今でも同級生Mは、自殺した友人をそんな風に思っていたなんて、と。
U君は無言で席を立って会話を打ち切ると、支払いを済ませて店を後にしたのだった。
さらにそれから一ヶ月が経って、U君は高校の同窓会に参加した。
高校三年のクラスの同窓会で、同級生Mとはクラスが違ったので会うこともないだろうと気楽な気持ちで参加したのだが、同じサッカー部所属だった元クラスメイトから、同級生Mの訃報を聞かされることになった。
「最初は車の事故と聞いて、あいつのことだから飲酒運転でもしたのかなと思ってたんです。居酒屋で会ったときのあいつを見てたら、やりそうだなって」
だが、事故を起こしたのは休日の午前中で、妊娠中の妻とともに近所のスーパーへ行く途中だったそうだ。
公園脇の道路を結構なスピードを出して走っていたというから、やはりそこは彼らしいなとU君は呆れた。
初めはスピードを出し過ぎてハンドル操作を誤り、電柱に正面衝突した事故だと思われた。
しかし、公園に遊びに来ていた親子が偶然見ていて、その父親が言うには「何かを避けたためにぶつかったようにも見えた」らしい。
さらに、その父親の子供が「サッカーボールが飛んで行ったよ」と言ったという。
それでよくよく車を調べれば、確かにフロントガラスにサッカーボールらしきものがぶつかった跡があった。
しかし、そのサッカーボールは見つからないし、サッカーボールが飛んできた方向に、誰かが居たという目撃証言もない。
それで警察は最終的に「ハンドル操作の誤りによる単独事故」と断定した。
それに納得しなかったのは、もちろん遺族だった。同級生Mの両親はもちろん、その妻の両親も娘と孫を失った怒りを、サッカーボールの持ち主にぶつけなければ気が済まないと言って、警察に捜査続行を訴えた。
だが、その内遺族らの警察への訴えも無くなり、現在は同級生Mの両親と、妻の両親とで何やら争っているということだった。
「あいつの訃報を教えてくれたクラスメイトから聞いたんですけど、あいつの車のドライブレコーダーに事故当時の映像が残ってたそうなんです。それを遺族が見たそうなんですが――」
そこにサッカーボールは映っていなかったようだが、同級生Mと助手席の妻が何かに驚いた声と、フロントガラスに何かがぶつかる音が入っていたという。
さらに、事故直後にまだ意識のあった同級生Mが、かつていじめていた友人の名を呼びながら「ごめん……ごめん」と何度も謝る声が入っていたそうだ。
まるで、かつての友人が同級生Mに復讐をしたようじゃないか、と元クラスメイトは言う。
「でも何で今更」と元クラスメイトが呟くのを聞き、U君はもしかしたらと居酒屋でのことを思い出した。あの時、同級生Mの発言をどこかで友人が聞いていたのでは、と。
「非現実的だとは思うんですけどね、でもそうだとしか思えなくて。だから、あいつが死んだのは自業自得だって……。でも、もし俺があの時もっとあいつを諫めてたら、二人とも死ぬことはなかったのかなって思うと――」
そう言ってU君は悔しそうに顔を歪め、目に涙を浮かべて俯いた。
U君はいじめで自殺した友人だけでなく、中学からのサッカー仲間だった同級生Mを失ったことに、悔やんでも悔やみきれない様子で話を終えたのだった。




