表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪談好きさんに捧げる百のお題  作者: 水月郷子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/44

あと八十本...「つまさき」

「定年退職したあと家にいることが多くなって、それから気づいたんですよね。家の異変に――」


 そうテーブルを見つめながら、思いつめた様子でDさんは話し始めた。



 結婚して数年後に購入したマンションに、妻と娘の三人で暮らしていました。

 娘はもう結婚して出ていき、今は妻と二人暮らしですが。

 正直私はずっと仕事が中心の生活を送っていて趣味もなく、退職後は時間を持て余すことが多くて、リビングで新聞を読んだりテレビを見たりで、よく妻には「他にすることがないの?」とお小言を言われていました。

 そうは言ってもすぐにやることも、やりたいことも見つからず、相変わらずリビングで時間をやり過ごしていると、ふいにベランダからカンカンという音が聴こえたんです。

 はじめはとくに気にはしませんでした。何かがベランダの手すりに当たったんだろう、それくらいにしか考えていませんでした。

 ですが、それが数日続いたので、さすがに私もおかしいなと思うようになり、ある日、その音が聴こえるとすぐにベランダに出て、音の正体を探ってみようとしたんですね。

 でも、やっぱり何もない。何か物が落ちてる様子もありませんでした。

 それでも相変わらず毎日、ほぼ決まった時間に――昼の二時くらいです、その時間にカンカンと手すりに何かが当たる音がするんです。

 原因が分からないので気持ち悪いとは思いましたが、探ってみても分からないのであえて気にしないようにしました。

 きっと上か下か、あるいは隣の部屋の子がベランダで遊んでいるんだろうと、そう思うことにしました。

 そのうち、妻に「健康のために散歩でもしたら?」と言われてから散歩に出るようになったんですが、あるときマンションの管理人に偶然会う機会があったので、それとなくあの事を言ってみたんですね。


「上の階か横の部屋の人かわからないけど、お子さんがベランダで遊んでいるようですね。落ちないか心配なんですが――」


 ベランダで音がすることは言わず、そんな風に言ってみたんです。

 ところが、管理人は首をかしげてこう言うんです。


「おかしいですね。Dさんの部屋の下の階にも両隣の部屋にも、お子さんはいないはずですよ――上の階は空室ですし」


 子どもがいないというのも不審に思いましたが、私はその時の管理人の表情にも引っかかるものを感じました。

 ただ、その時はそれ以上話をすることが出来ず、散歩から帰ると妻にその話をしたんです。「ベランダから変な音がする。上か両隣の子供かと思ったが、管理人に言っても子供はいないと言われた」と。

 ところが、妻は聞いているんだかいないんだか、「そうですか?」と気のない返事をするだけでして……。

 もう、それからあの音が気になって仕方なくなり、私はあの音が何であるか突き止めることにしたんです。

 音がする二時ごろにベランダ近くに待機して、音がしたらすぐに窓を開けて見る――と、それだけなんですが、でも、それでも音の正体は分かりませんでした。

 そんなことを何回か繰り返していくうち、どうもからかわれているんじゃないかというような気持ちになり、音の正体もまったく掴めないので、ほとんど諦めかけていたんです。

 それである日、ついリビングのソファでうとうとしてしまい横になっていると、夢現の中でまたあの音を聴いたんです。

 はっきりとベランダの手すりに何かが当たる、カンカンという音を。

 その音に目が覚めて、何気なくベランダに視線をやったとき――見てしまったんです。

 上のベランダから大人の足のつまさきがぶら下がっているのを。

 ゆらゆらと力なく左右に揺れて。

 私は慌てて飛び起きベランダへ出て上を見たんですが、その時にはもう誰の姿もなく、一体何だったんだと考えていたとき、ふと管理人の言葉を思い出したんです。


『上の階は空室ですし』


 そう確かに管理人は言ってました。

 当然、私はこのことを妻に話したんですね。

 ところが、妻はこのことをどうやら知っていたようなんです。

 私がこれこれこういうことがあったと話しても、たいして驚いていないようでした。

 妻の話によると、妻はすでに同じ体験をしていたというんです。

 もちろん「何で話してくれなかったんだ」と抗議したんですが、「私はちゃんと言いましたよ」と逆に言い返されてしまって……。

 話を聞くと引っ越してきたばかりの頃から、すでに同じ現象は起こっていたというんです。

 ちょうど今くらいの初夏の季節、やはり同じ昼の二時ごろに、同じようなカンカンという音が聴こえたと。

 私が言ったように管理人に苦情を言ったり、音のする原因を探ったりしたようですが、やはり分からなかったそうです。

 それで不気味に思い私に訴えたそうですが、そのころは仕事が忙しかったもので――私には聞かされた記憶がありませんでした。

 妻が言うには、聞いているようないないような反応で、私に言っても無駄だと思ったようです。

 仕方なく妻は気にしないようにしていたそうですが、ある日、やはり私と同じように上からぶら下がるつまさきを見たんだそうです。

 当然、ベランダに出て行って確認したそうですが、やはり誰の姿もなかったと――。

 さすがに怖くなって管理人を問い質すと、上の階はだいぶ前から空室になっているとかで、実は過去に事故があったんだそうです。

 ベランダで子供を遊ばせながら洗濯物を乾かしていた女性が、どういう経緯でかベランダの手すりに強く寄り掛かった弾みで手すりが壊れ、鳥避けに張っていた紐に首が引っかかり、子供の泣き声で住人が見つけたときにはすでに手遅れだったんだそうです。

 その時、その女性が履いていたサンダルが、下の階のベランダと地面にひとつずつ落ちていたということです。

 聞くところによると事故で女性が亡くなった日にちが、妻や私がつまさきを目撃した日にちと同じなんだそうです。

 それから、毎年同じ時期になると音を聴き、決まった日にはベランダからつまさきが見えていたんだそうです。

 ただ、それだけのことだったので、次第に気にならなくなったんだ、と――。

 その話を聞いて、あのカンカンと物が当たる音は、女性が事故に遭ったときに脱げたサンダルが、下の階の――私の部屋のベランダに当たった音だったんだと、そう思うと何とも言えない気持ちになります。



「その後、マンションに顔を見せに寄った娘にその話をしたら、『やっと気づいたの?』って言われてしまったんですけどね」


 そう言ってDさんは苦笑した。

 今でもDさんの住むマンションのベランダからは、初夏の季節、昼の二時ごろになると物が当たる音がし、決まった日には上からつまさきが見えるのだという。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ