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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

正義とは

作者: 氷上人鳥

 その国は勇敢かつ聡明な王の下、繁栄を謳歌していた。

 その国は他国を侵略する事は無かったが、いざ戦となれば国王が率先して最前線に立ち、そのことごとくを退けてきた。

 そんな国の王は、どんな民にも紳士に振る舞う誠実さから、国民からの信頼は篤かった。また二人の子供を愛する父親としての一面を見せる事で、親しみ易さも持ち併せていた。

 ある日国王は部下の一人も連れず、単独で遠征へと赴いた。遠征先がどこなのか、なぜ一人で行ったのかは誰にも分からない。国王本人を除いては。

 不振な点こそあれ、人々が不安に陥る事は無かった。なぜなら、この国で最強の存在である国王ならば、どこに行こうと無事戻って来ると確信していたからだ。

 それに元々国王は政治まで独りでやってのける事は無く、家臣と分担していたため、王が欠けても国はちゃんと機能していた。

 人々の予想通り、半月程で国王は帰って来た。しかし、王は人が変わってしまっていた。

 遠征先で手に入れたらしき黒い剣を常に身に付けた王は、自分から人を遠ざける様になった。

 まずは家臣から使用人に至るまで、全ての人員を城から追放した。その際、二人の子供は一部の親しい人達の手によって国外に逃げ延びていた。

 次に、今までならあり得ない重税を全国民に課した。結果多くの家庭で生活が立ち行かなくなってしまった。

 意を決して元家臣が王の元へ陳情に向かったが、得られた返答はたった一言。


「なら死ねば良い」


 だった。

 王の変貌ぶりに耐えかねたかつての国の重鎮達は、謀反を起こすべく計画を立てた。その結果、騎士団を主軸に城に攻め込み王を討ち取る、と言う極めてシンプルな作戦を採用した。

 いくら最強を誇る国王と言えど、数で圧倒すれば打倒できる。そう考えての正面突破だった。

 かくして作戦は決行され、意外にも戦いは起こらず、王は拘束された。そして協議の結果、王の処分はギロチンによる斬首と決定した。


「なるほど。()()()()が貴様等の答えか」


「王よ、今一度お考え直してはくれませぬか。今ならまだ間に合います。かつてのあなた様の御姿を見せてくださいませ」


 王は両手足を拘束された状態で首をギロチンに掛けられている。例の黒い剣は別の場所に保管されていた。

 ギロチンの横に立ち国王を説得しているのは、かつて陳情に赴いた元家臣だった。

 彼は国王のこれまでの姿を誰よりも近くで見ており、子供達とも親しかった。周囲の皆が王を見限る中、彼だけが元の素晴らしい王に戻ってくれると信じていた。


「この状況下でよくそんな事が言えたものだ」


 逆に言えば王に対しいまだ友好的な態度を取っているのは彼だけで、他の者達は周囲からひたすら王を罵り続けていた。


「確かに我は貴様等にとって悪である。その上で貴様等に問う。悪である我を力で打ち倒す貴様等は、果たして正義か?」


 問われた周囲の国民達はしばしの間沈黙したが、やがて口々に声が上がる。

 その全てが、悪は討つべし、正義は我らにあり、と言った内容だった。


「……愚かな」


 王は一言呟き、改めて言葉を発した。


「自分を苦しめる者は殺しても良い。その理屈がまかり通るのであれば、食用として飼われる牛が反乱を起こし貴様等を殺したとしても、それは正義であり正当な権利となるはずだ」


 王の言葉に、周囲からは「詭弁だ!」「そんな訳無いだろ!」等のヤジが飛ぶ。


「王よ、貴方は一体何が(おっしゃ)りたいのですか?」


「人間は正義の名の下に平然と他者を攻撃する。そして自分は攻撃をしておきながら、攻撃を受ける謂れは無い等と宣う。我はそんな身勝手極まる人間に心底愛想が尽きた」


「ごちゃごちゃうるせぇ!」


 誰かが叫んだ。

 そして一人の男が刃物を持ってギロチンのすぐそばまでやって来た。おそらく彼が今叫んだ張本人だろう。


「やめなさい!」


 彼は元家臣の制止を振り切り、ギロチンの刃を支える縄を切り落とした。

 王の首に断罪の刃が迫る。

 しかしそれは、役目を果たすには至らなかった。


「!!」


 そこにいた全員が息を飲んだ。

 刃は王の首に完全に弾かれ、そこで止まってしまっていたのだ。


「こんな玩具で我を殺せる道理は無い」


 すると王は始めから何も着けていなかったかの様に拘束具を引きちぎり、ギロチンに両手を掛けたその直後、ギロチンは音を立てて崩れていった。

 ギロチンのすぐそばにいた元家臣と縄を切った男はその瓦礫の下敷きとなり、地に伏したまま動けなくなった。


「正義とは、己の内にある場合のみ正しく機能する。言い換えれば、一度噴出し他者に向けられた正義は、悪と何ら変わらぬ性質を持つ。それすら解せず、利己的な正義に酔いしれる貴様等に、この世界で生きる資格無し」


 おもむろに立ち上がる王の手には、他所にあったはずの黒い剣がいつしか握られていた。


「死ね、愚者供よ」


 剣が天高く掲げられると、そこから青黒い炎が巻き起こり、全てを飲み込んでいった。

 そしてそこには、数多の白骨や武具のみが残った。


「貴方は一体、何者なのですか……」


 運良く瓦礫が盾となって焼死を免れた元家臣が、残された気力を振り絞って王に問いかけた。


「我はこの世界の統率者。貴様等が"竜"と呼ぶ存在だ」


 告げられたその真実に、彼は言葉を失った。

 竜は確かにこの世界を管理、守護する存在として語り継がれている。他の生物を圧倒する力を持つとされ、その力の根元である心臓は、どんな願いをも叶えると信じられていた。

 国王は確かに人間離れした英傑ではあったが、竜である様な前兆は見受けられないはずだった。


「我が目的は愚かな人類の殲滅。此度の振る舞いは、貴様等が生きるに値するかを確かめる(ふるい)


 その言葉を最後に、幸運によって長らえた命もついに途絶えた。


 その後、国としての機能を完全に失ったその地は、幾多の他国による侵略を受けた。しかし、そのことごとくが返り討ちに遭い、帰って来た者はいなかった。

 曰く、黒い剣を持った一人の騎士に皆殺しにされただの、骸骨の軍団に全滅させられただのと様々な噂が飛び交うが、真相を知る者は誰もいない。

 やがてその地は、魔物が蔓延る危険な地として広く知れ渡り、誰も近寄らなくなった。

 この世界(の人類)が今未曾有の危機にある事は、今や神のみぞ知る。

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