ノラ猫の住処(琵琶湖)
(二)琵琶湖
その傾向はプライベートでもみられました。
休日は小中学校以来の友人であるK君、Y君と行動を共にすることが多かったようです。
三人でよく飲みに行く機会がありましたし、スキー、山登り、草野球もする遊び仲間でもありました。
ある時、琵琶湖の水泳場で遊んだ帰り道、国道を車で走っていると、ヨット・ボートショップが目に入りました。
K君が、
「ちょっと寄っていこうや」
と誘います。
琵琶湖畔でヨットが帆を上げて疾走している光景が刺激になったようで、身近で見てみることにしました。
店内に入ると数艇の実物が置いてありましたが、スペースが限られているため、主に写真やパンフレットで商品紹介をしています。
一通り見て回った後、K君が飾ってある中古艇の前で足を止め熱心に観察し始めました。
彼はある程度知識があるようで近寄ってきた店員に質問します。
商品の説明や会話の流れから次第に操船意欲が高まっていきます。
金額の話も出ましたが、三人で分割すれば買えなくはありません。
一旦帰って検討することになりましたが、K君は乗り気のようです。
私とY君も彼ほどではありませんが、ヨットセーリングが魅力であったことも事実です。
話し合った結果、次の休日に購入することに決定しました。
二人乗りセーリングディンギ、メインとジブの二枚セールで外国製です。
少し窮屈ですが三人で乗れないこともないそうです。
ただし、琵琶湖に遊びに来なければ考えてもいなかったため、衝動買いといっても差し支えありません。
もちろん問題があります。
船体の長さが4m程度あり、運搬が容易ではなく実際の操船場所近くに保管する必要があります。
三人の住む京都寄りの琵琶湖西岸を調べたところ、蓬莱浜にヨットハーバーがあり、保管もしてくれるそうです。
担当者と打ち合わせを行い、乗用車のルーフキャリアに購入したヨットを括り付け、慎重な運転で現地まで運びました。
もう一つの課題は、ヨットセーリングの経験がなかったことです。
モーターボートのように免許を取る必要はありませんが、ズブの素人で、ある意味では無謀と言ってもいいでしょう。
なにしろ、ヨット用語もセール、マスト、ラダー、ライフジャケット等のカタカナで普段耳慣れないものばかり。
従って、入念に資料や説明書に目を通し本番に臨むことになりました。
そして初日、船体の組み立てに取りかかったところ、ロープの結び方もやり直しの連続。四苦八苦の末にかなりの時間を掛けてなんとか完了。
いよいよ湖面に浸水することになったのです。
とりあえず三人で乗り込むことになり、K君がラダー(舵)とメーンセール担当、私とY君がジブセールを操り、体重バランスを取る役目です。
いきなり気持ち良く帆走というわけにはいきません。
なにせ、風向きに対してセールが斜め方向であれば前に進み、同角度もしくは直角では停止状態になることくらいしか知識がないのですから心細い限りです。
もっとも詳しいK君の指示で方向転換、体重移動を繰り返しながら沖までヨットを走らせていくうちに何とかコツが掴めるようになり、風が強くなってスピードが増すと、体に湖水がかかりようやくセーリングの実感が湧いたものでした。
そして、ヨットハーバーの位置を見失わない範囲内で、ラダー操作、セールの調整を試行錯誤し初めてのセーリングを無事終えることが出来ました。
その夏は何度か練習を行い、初歩的ではあるものの、ある程度技術を習得し、同時に次の目標を話し合いました。
ヨットに乗るのは今のところ暖かい夏場だけにして、翌年には琵琶湖を横断しようと誓い合ったのです
翌年の夏、待ちに待ったその日がやってきました。天気は快晴で絶好のコンディションといっていいでしょう。
事前の打ち合わせで、ヨットで琵琶湖横断、往復二日間の日程とし、西側ヨットハーバーを出航、東側の目的地は民宿を予約した永源寺付近の湖岸です。
直線距離で約十三㎞あり、スムーズに風に乗れば3時間くらいだろうと予想しました。
天候は良好ですが、むしろ無風に近い状態で、ヨットが思い通りの速度で進むかが心配です。
ただ、小型の台風が東海沖を東へ向かっており、天気予報では関西には直接の影響がなさそうですが、少しでも風が来ればいいと思ったくらいです。
けれどもこの期待がとんでもない誤りであったことを後で知ることになります。
何度か乗りに来た甲斐があって、組み立ては短時間で終了し、ライフジャケットを装着、その他持ち物を点検の上、十一時頃に出航しました。
順調に行けば遅くとも午後三時頃には対岸へ到着の見込みです。
ところが風がほとんど吹かず、もともとが二人乗りのヨットで定員オーバーの航行のため、極めて低速での進行になってしまいました。
また微風が頼りでセールの角度を模索しながら、何度も方向転換を繰り返すため一向に距離が稼げない有様。
補助用の櫂や艇内の水を汲みだす容器で漕いで前進する始末。
気が付けば三時間が経過し、目測ながら、まだ半分の距離にも達しませんでした。
これでは着くのは夕刻になってしまうのではと、三人共少々焦り始めました。
ただひたすら空を見上げ自然に頼るしかありません。
ところが願いが通じたのか少しづつ風が吹き始めました。
俄然、活気が出てスピードを上げようと声を掛け合います。
更に風力が増しセーリングの実感が強くなってきました。
そしてぐんぐんヨットは水上を走っていきます。
ただ、風の強さが増すばかりで、今度は弱まる兆しがありません。
セールへの風圧が徐々に強くなり、ヨット本体を真っすぐに立てるため、三人が同じ方向に体重を掛けるようになって、ようやく様子が変だと思い始めました。
気がつくと、空は一気に雲に覆われてしまい、波も次第に高くなっていきます。
風が更に強まり、猛スピードで進んでいて、ラダー操作もきかなくなってきました。
そう、風力に負けて体重が支えきれず、転覆の危険が生じてきたのです。
そこで、メーンセールを下ろし、ジブセールだけで進むことにしました。
ところが、マストからセールのロープを解いた途端、ブーム(帆桁)が艇上に落下してしまいました。
セールの外し方を間違えたようで、窮屈な状態でのヨット操作になってしまいました。
しかしながら、ジブセールだけでもヨットは突っ走ります。
やはり3人とも同じ方向に体重を掛け、なんとか転覆を免れています。
台風並みの強風が吹き続け、波も高く大荒れで、ヨットの航速は50㎞/H以上と思えるほどです。
遭難も覚悟したのですが何とか持ちこたえ、近くにエンジン付きの大型クルーザが近づいてきて、
「大丈夫かい?」
と、声を掛けられた時も、手振りで「大丈夫!」と合図したものでした。
けれども実情はもはや生きた心地のしない心境といっても過言ではありません。
そして、ようやく対岸の岩場が目に入ってきました。
もちろん到着場所を決める余裕はありません。
そのままのスピードでブレーキも掛けることも出来ず、真っすぐに岩場に突っ込んで行きます。
運が良かったのでしょうか、ある程度の衝撃はあったものの、何とか無事に岩礁の間に入り止まることができたのです。
三人とも怪我もなく陸に上がることができ安堵しました。
時間からすると、横断航路の前半3時間に対し、後半は30分足らずの猛スピードだったようです。
とりあえず、ヨットを岩上に引き上げ解体することにしました。
一息吐いてから周囲を見ると、湖岸道路の崖下であることがわかりました。
割合近くに沖島が見えます。
どうやら目的地からかなり北側に漂着したようです。
ヨットを置いたまま、崖をよじ登り、相当な時間をかけて予約していた民宿まで歩きました。
そしてその夜、テレビのニュースで台風が東海地方の沿岸を進み、琵琶湖は強風圏内に入っていたことを知りました。
翌日、波風はかなり収まっていました。
ヨットは損傷もなく動かせる状態です。
むしろ前日よりも適当な風が吹き付け、コンディションは良いように思えます。
けれども話し合った結果、陸路でヨットハーバーに戻ることにしました。
再びヨット暴走の恐怖心を味わいたくないという思いが強かったのです。
なにしろ経験の少ないセール技術では、昨日のような急激な天候の変化には対応できるか疑問です。
いわば冒険を避けて安全を選ぶことにしました。
そしてK君が電車でヨットハーバーに戻り、置いてあった車に乗ってきました。
その車にヨットを括り付け慎重な運転でヨット置き場まで運んだのです。
結局琵琶湖横断は片道に終わったのですが、ある意味では充分満喫したセーリング体験だったと思います。
しかしながら、三人揃っての乗船はそれが最後になりました。
もはや飽きてしまったというより、他の娯楽もしくは趣味に関心が移ったようです。
二年間で5回程度の操船で、高い買い物だったようです。
けれども貴重な夏の思い出のひとコマとして残っています。
その後、私が個人的に2回乗りにきただけで、そのままヨット置き場に預けたままになってしまいました。
それから数年が経ち、毎年、保管料の無駄な支払いだけになっているため、ヨットを私の家に引き取ることになったのです。
また、いずれは乗る機会があるかもしれないと思い建屋の隙間に放置しました。
時代はバブル期に突入しています。地価が更に上昇し、長者番付は毎年土地成金が上位を占めるようになってしまいました。
平均株価も3万円を突破しています。
その間、私も二回目の転職を経験しました。
就職先はG社の関西営業所で同じ営業職ですが、今度は電機関連製品です。
その分野は全くの素人といってよく、一からの勉強です。どうやら、自分の人生には未経験が付いて回っているようです。
月日は流れ、ヨットは転居した庭のスペースに逆向きに寝かせて置いてあります。
もう湖に乗りに行こうという気は無くなっています。
長年にわたり雨風にさらされ、白かった盤面も、薄黒く変色しています。
ある日のこと。
庭に出てヨットに近づくと、内側から微かに物音が聞こえます。
なにしろ動かすことがなかったため、中の状態が分かりようもありません。
薄気味悪かったのですが確かめてみることにしました。
ヨットの片側を持ち上げてみると、親猫と生まれたばかりだと思われる子猫が5,6匹、目に入りました。
団欒の邪魔をしたようで、すぐに元に戻しましたが、どうやら親猫が地面との僅かな隙間から中に入り込み、住処にしていたようです。
風雨が凌げ、草地ですから適度な温度で居心地が良く、安心して子を産むことが出来たのでしょう。
気になったため、二日ほどしてもう一度中を覗いてみることにしました。
すると猫の親子の姿はありません。
危険を察知したのか、一家でよそに移ったのでしょう。
少々悪い気がしましたが、このままにしておくと、今回と同様に、生き物が住処にしようと入り込む恐れがあります。
乗る機会もなく、またヨット自体も旧型で、もはや利用価値もなさそうです。
家内と相談し処分することにしました。
そして知り合いの何でも屋に頼み、バラバラに切断の上廃棄してもらうことになったのです。
その日は仕事で立ち会えませんでしたが、帰ってから庭を見ると地面にヨットの輪郭跡がくっきり残っていました。
かつて琵琶湖で経験したヨットセーリングが、遠い昔の幻の出来事であったような印象を抱いたものです。
そのころにはバブルが崩壊し、地価や株価が下落、住宅関連の金融機関の破綻が続発する時期にあたります。
巷では高額の借金を背負った人の噂を方々で耳にするようになります。
即ち、不景気の時代の到来です。




