表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エッセイ  作者: 野原いっぱい
3/11

ノラ猫の住処(転職)

 

挿絵(By みてみん)


(一) 転職


 バブル期直前の頃には大阪の中心部にある会社に勤めていました。

というより、本社が東京の化学メーカーで、大阪支店の勤務です。

つまり、営業職として働くことになったのです。


N社を辞め京都に戻った私は、再就職先を当たるにも、今さら卒業した大学に頼れず、特別な技能、コネもなく、自分で探さざるを得ませんでした。

更に、雇用状況からみて、希望する職種は年齢的に厳しいと思われました。

職業安定所にも行きましたが、主に新聞の求人募集欄から探しました。

けれども自分に合いそうな技術職はなく、営業募集が目につきました。

考えてみると技術系とはいっても、前職も素人同然の仕事だったことから、営業でもいいのではないか。

ある程度の商品知識を身につければ出来そうだし、外回りをするため視野も広がると思い決心しました。後々甘かったことを知ることになるのですが、何社か応募し、前記のR社に採用されたのです。


数カ月の研修の後、大阪支店に配属されましたが、周りの営業社員のスキルの高さに驚かされました。

商品知識以外にも社会経済全般の教養を身につけていて、皆話し上手です。

それに較べ自分は井の中の蛙で口下手です。

おまけに社交的とはいえず、早々に自信喪失の有様。

それでも自らを奮起し勤めて行かざるを得ないのです。

しばらくして、担当を持たされました。有名商社あり、中堅から個人商社まで、更に大手企業等の重要取引先から小規模加工業者も私の担当です。

それぞれの打ち合わせ相手には、有能社員、やり手の担当者、更にはオーナー社長もいて、訪問するたびに緊張の連続です。

得意先の前まで来て、中に入るのを躊躇ったことも度々ありました。

果せるかな、前途多難な再出発になってしまいました。


営業職になると付き合いも仕事の内です。

取引先とだけでなく社内でも親交を深めなければなりません。

その関係でこの時期初めての体験がいくつかあります。


その中でも、特約店の社長を接待したことをよく覚えています。

終業時間の後、会社近くの料理屋で会食したのですが、賑やかなところに行こうと、難波にある社長の馴染みの店に誘われました。

タクシーで向かった先は鮮やかなネオンが点灯する一角で、その内の一軒の店内に入ると、フロアにテーブル席がいくつかあり、男性客とホステスとおぼしき女性が談笑しています。

正面にステージもあり、華やかな雰囲気からはかなり高級なクラブのように思えました。

私たちの席にもホステスが付きましたが、一介のサラリーマンではとても来られないような店です。

支払いの心配をしましたが、社長の付けがきく店のようで一安心。

同じような店にもう一軒行き、夜中の十二時を回り、社長の自宅に泊めてもらうことになりました。

どうやら主客転倒になった次第です。


ゴルフも何度か行くことになりました。

もちろん過去に経験がなく、参加者の足を引っ張らないよう事前に打ちっぱなしで練習して臨みました。結果、本番ではOB、池ポチャ、おまけに空振りもあり散々な目に。

いつもゴルフ場を走りっぱなしで、スコアを数えるのに苦労していました。

今では、もともとゴルフには向いてないと悟っています。


カラオケについてはこの当時、スナックや宴会場にはありましたが、まだ専用ボックスは現れておりません。

ところが、取引先社長の自宅の居間に、カラオケ用装置があったのです。

社長は無類の演歌好きで、人前で披露するのが趣味だとか。

それが高じて、加工工場を見渡せる8畳くらいの座敷に設え、日頃得意の曲で喉を鍛えているとのこと。訪問すると、仕事の話は5分程度で、あとは座敷に上がり、こぶしを入れて、情を込めて等々の演歌歌謡の蘊蓄を長々と聞かされた後、もちろん得意曲の熱唱が始まります。

十八番は『無法松の一生・度胸千両入り』で圧倒されましたが、私も勧められ辛うじて音域の狭い『くちなしの花』等を歌い、褒められたことを覚えています。

もっとも社交辞令であったことは言うまでもありません。


土曜日は隔週出勤で半ドンでした。午後からは支店内有志の賭け麻雀に何度か参加しました。

対戦相手はいずれも場慣れした経験者ばかりで、初心者同然の私は、ネギを背負ったカモといったところ。

レートは点5で給料日のたびに支払っていたことを覚えています。

競馬、パチンコと同様に勝負事には弱いようです。


この頃の日本経済は自動車、家電等の輸出産業が好調でした。

国内では地価、株が上昇し、物価や賃金も年々アップしていく時期でもありました。

そういった中で私も若かったこともあって、金銭感覚がルーズであったようです。

なにしろ会社が、大阪で有数な繁華街の近傍にあったため、自制心の乏しい自分にとって誘惑の多い帰り道は、かなりの出費がありました。

また、もう時効だと思いますので白状しますと、同僚と飲み食いした代金を交際費で落としたり、夜遅くなって会社のタクシーチケットで帰ったこともありました。

昔のこととはいえ、時折話題になる政治家等の公私混同を批判できる立場ではありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ