ハス子の入院
ボグゥメキョォ!!!
「わああああ!!!」
極狭の調剤薬局駐車場を出ようとした私の耳に、恐ろしき破壊音が聞こえた。
出入り口に立っている、安全確認ポール?に、愛車ハス子のハス子のッ!!!
「ハス子の右腕がああアアあ!!!!」
ハス子は、半年前に私のもとへとやってきた。
年老いた親が近所に引っ越してきたので、その足となるべくして我が家に迎え入れられたのである。
何を隠そう、免許を取って以来一度も運転をしたことがないという、見てくれゴールド免許保持者である私。
ペーパードライバー講習を六回も受けつつ、ようやく乗りこなせるようになったというのに!!!
そもそも、極狭の駐車場が、ラスボス過ぎたんだよ!!!
三回くらい切り返さないと入れられず、ようやく入れたと思ったら、早く出ろと同乗者が急かして、切り返したらそこじゃないとか言われて、まあ、焦ったんだわ。…のせてたのが、自分の最大にして最強の敵、母親だったってのも、かなりでかい。なんか後ろでぎゃあぎゃあ言ってるけど、アレはただの騒音、騒音。
母親をマンションに送り届けて、その足でハス子生誕の地へ向かう。
「は、ははは、ハス子がエライ事に!!!」
「わあ!どうしたんですか!!」
へろっへろになって、ハス子の生まれ故郷受付に足を踏み入れると、懐かしき世話役さんがお出迎えしてくださった。…まともに、顔向け、できん!!!
「私のミスでぇえええ!!!ハス子の右腕が!!右腕っ!!!う、うわあああん!!」
ハス子は緊急入院することになった。…全治、二週間。う、うおおおお!!!
「もうどうやって生きていっていいかわかりません…。」
「大丈夫ですって!!ハス子さんは生きて戻ってきます!!!」
世話役さんの声が遠い。
完全ペーパードライバーだった私は、手厚い保険に入っていた。入院中は、レンタカーがお手伝いに来てくれることとなった。ハス子無しで、二週間を乗り切れ、だとぅ…?
「生きていける気がしません、ハス子を今すぐ生き返らせてください。」
「大けがなので無理です。」
整備士さんの無情な診断がわたしに突き刺さる。
私は、本当に、なんということをしでかしてしまったのか。
かくして、入院したハス子の代わりに、ワゴンある子がやってきた。
「こちらレンタカーになります、使い方はハス子さんと一緒ですよ。」
「ほ、ホントですかね、私ハス子しか乗れないんですけど!!!」
恐る恐る乗り込み、エンジンかけて…うわあ!!!
「やだ!!この子神様モニターが付いてない!!!」
「バックモニターはついてますから!!!」
ハス子は優秀だった。どこでどうハンドルを切れば、きっちり駐車スペースに入れることができるのか、きっちりお知らせしてくれる優等生だったのですよ!!運転手の私が情けなさすぎるのを、フルパワーでサポートしていたハス子…!!う、うわああああん!!ハス子ぉおおおおお!!!
「ハス子がいないと、私はもう生きていけないことがわかりました。」
「生きてお迎えに来てくださいよ!!!」
整備士さんの励まして疲労困憊で家に向かった私は、ワゴンある子を駐車場に入れるのに、三回も入れ直しをする羽目になった。…そもそも、自宅駐車場も軽専用でさ!!めっちゃ狭いんだってば!!!もう呪われてるとしか思えない。
なるべくワゴンある子に乗車しないで済むよう願う私だったが、年老いた母親の追撃がそれを許さない。慣れないワゴンある子を操る私に、またしても罵詈雑言が降りかかる。ああ、めんどくせえ。
ワゴンある子はがんばって私のクソ運転に耐えてくれた。いやあ、傷物にしなくてホント良かった…。
二週間後、ようやくハス子の退院が決まり!!!喜び勇んでお迎えに行ったともさ!!!
「う、うわああああん!!ハス子!!お帰りいいいいい!!!」
「おまたせしました。」
大喜びで、ハス子とともに、自宅へ。狭い駐車場も、ハス子だったらお手の物よ!!!きっちり駐車し、ドアを閉めて、帰ってきたばかりのハス子と向き合う。ああ、ようやく帰ってきてくれたよ!!!
私、この子が来てから、家に入る前にね、ボンネットよしよしして「またね。」って話しかけてたんだよね。今日は久々だから、なんて話しかけようか。
「おかえり、ごめんね、またよろしく。」
ハス子のボンネットをなでた私に返事はない。
…ないけれども。
「お母さん何話してんの…。」
ちょうど帰宅した娘の呆れた声が、聞こえてきた。
「ああもう!うるさい!うるさい!!」
ハス子のライトが、二回、点滅した。