パーティショー
目の前が真っ暗だ。
私はあの後死んでしまったのだろうか?
身体の感覚がまるで無い。
まるで鉛のように胸だけが重たい。
こんなことで死んでしまうなら
最後にアランとお茶でも
誘えば良かった。
それで、何気ないことを話して
なんでもないことで笑って、
その時を楽しく過ごしたかった。
どうして私は
長く所属していたチェルシー団の
メンバーではなくアランの顔ばかり
こうも浮かぶのだろう。
どうしてもっとああすれば良かった、
こうしたかったなどと
考えを巡らせるのだろう。
どうしてもうアランと会えないとわかると
こうも胸が苦しいのだろう。
ああ、そうか。
私は、きっとアランのことが
他の人とは特別に違い、
好きなのだ。
どうして今気づいたのだろう。
もっと早くに気がつけば良かった。
「いや、気づくのは今でも
良かったと思うよ」
暗闇から青白く光った声の主は
自分が身につけていた
しずく型のペンダントだ。
「なに……?」
「やあ、シェラ。
僕を呼んだだろう?
僕は宝石を自分の拠点として
点々としている
宝石に宿る精霊、ジャハル。
君がアランを想う気持ち
があり続ける限り、
僕は君の傍にいるのさ」
「宝石の精霊……?」
「前の拠点は確か指輪の宝石だったかな?
まあそんなことはどうでもいいや。
君の想い人のアランはこの先にいるよ。
探しに行ってこの洞窟から
脱出するといいさ」
ジャハルはそう言うと
しずく型のペンダントに消えると
私はゆっくりと身体を起こした。
先程と違い、いつも通り
身体は自由に動かせる。
とにかくアランと合流して
この洞窟から脱出する案は
確かに賛成だ。
私はジャハルの言う通りの道へ進むと
アランと絨毯、そしてブアルが
倒れているのを見つけた。
「アラン!ブアル!
それに絨毯くん、大丈夫?」
私が全員に声をかけると
アランは魘されながら起き上がり、
ブアルと絨毯もそれに続いて起き上がった。
「う……、酷い目にあった」
「良かった。
無事みたいだね。
怪我とかは?」
「大丈夫。
君も大丈夫そうだね。
安心したよ。
でもまさか洞窟が崩壊するなんて
思いもしなかったよ。
何とかして脱出したい。
きっと外であのおじいさんも
心配してるだろうし」
「それなら絨毯くんがいれば
安心じゃない?」
アランの言葉に
ジャハルが出て来て話すと
アランは目を見開いた。
「君は?」
「やあ、アラン。
今日からシェラの相棒になった
ジャハルさ。
僕のことより、
絨毯くんに頼んで外に脱出しようよ。
洞窟の出口になる穴は
僕がこじ開けるから」
ジャハルはそう言うと
アランは絨毯に乗せて貰い、
私とブアルも絨毯に乗った。
「さ、脱出だ!」
ジャハルの言葉に絨毯は
そのまま洞窟の天井まで飛び、
ジャハルが青白い光と共に
洞窟の穴をこじ開けて
そこから私たちは絨毯に乗って飛び出した。
下では私たちを待っていた
老人が驚いた顔でこちらを見ている。
「こりゃたまげた!
魔法の絨毯か!」
「お待たせ。
これがポットだ。
これで合っているかい?」
「おお!婆さんの形見のポットじゃ!
恩に着るぞ!」
老人は涙ぐみながら
ポットを大切そうに抱える。
「良かったね」
私がそう言うとアランは
微笑みながら頷いた。
その笑顔にドキリ、と
心臓が高鳴る。
「シェラ。
君はこのおじいさんを
街まで送ってくれ。
僕はアルリアに戻っても犯罪者
みたいなものだし、
もう戻れないよ」
「わしのことなら安心せい。
この西部の先に小さな町がある。
わしもアルリアでは
囚人じゃし、
そこで暮らすつもりじゃ。
一緒に来るかの?」
「本当に?
それはありがたい」
どうやら老人と共にアランは
他の町へ移住するらしく、
話を進めていた。
「ねぇアラン。
その前に1つだけ聞きたいの。
王女誘拐で捕まったって本当なの?」
「いや。違うよ。
お忍びで下町の様子を見に来ていたらしい王女様が
僕の依頼先の壺の魔物に襲われかけていたんだ。
だから安全な場所まで避難しようとして、
一緒に行動していたんだけど……。
そこに王女様を探していた衛兵に
遭遇して、王女誘拐の罪で逮捕ってわけさ」
「何それ?誤認逮捕じゃない!」
「まあそうなんだけど。
現行犯逮捕逮捕の場合だと
なかなか釈放が難しいって
衛兵が言ってたから、
どのみち僕は処刑確定さ。
だからそれよりは
他の町で暮らした方が
身の安全は保証出来ると思う」
アランの言葉に
私は頭をフル回転させた。
「ねぇアラン。
私が証言しようか?」
「君が?」
「一応、私は魔物退治で
アルリアには貢献しているから
信頼性はそれなりにあると思うの。
それに町の人にも証言の署名を集めるの」
「なるほどな。
それなら大丈夫かもしれんな。
西部の小さな町よりかは
アルリアの方がまだ暮らしやすいし、
それでアルリアで暮らせるようになるなら
その方がいいかもしれんな」
私の言葉に老人も頷き、
老人はそのまま西部の方向へ足を向けた。
「そなたらに会えて良かったぞ。
もう会うことはないじゃろうが
せめて元気に暮らしておくれ」
老人がそう言い残して去っていくのを
見届けた後、私はアランと
オアシスまで歩きながらこの先どうするかを
話すことにした。
「ひとまずアルリアには私だけで行くわ。
アランはどこかに隠れていて。
その間に私が衛兵に今回のことを
伝えてくるわ」
「……うん。
やっぱりアルリアに戻るのは止めるよ」
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急にアランがオアシスの前で立ち止まった。
どこか落ち込んでいる様子だった。
「どうしたの?」
「……実は、その……、
王女様に……一目惚れしたんだ。
こんな薄汚い格好でまたアルリアで
暮らしていたらきっと嫌われる。
それに王女様と結婚出来るのは
王子だけなんだ。
僕は王女様が他の誰かと結婚する
場面なんて、見たくないし……」
アランは下を向きながら
顔を赤くしたり青くしたりしながら
もぞもぞと話した。
その話の内容に胸がどくん、と
苦しくなる。
アランが王女に、恋をしている。
「そう、だったんだ……。
それで……その、王女様って
やっぱり可愛い?」
「美人なんだ!
艶やかな黒髪に、
褐色の肌は健康的だし、
それに宝石みたいにキラキラ光る
アメジストみたいな瞳。
それにあの笑顔……!」
私の質問にアランはいかに王女が
美人かを夢中になって語った。
どくどく、と煩い心臓に
苦しくなる息。
こんなの、私は知らない。
この気持ちはなんだ。
「王子様になりたいのかい?
それならシェラに頼むといいさ」
私の気持ちに反応したのか、
ジャハルが顔を覗かせて来た。
「どういうことだい?」
「僕はシェラの気持ちを手伝う力がある。
さっきの洞窟脱出だって
シェラが心の底から脱出したいという
気持ちでうまく洞窟から出ることが出来たんだ。
だからシェラに君の王子様姿を
思い描いてもらえばいいのさ」
ジャハルがそう言うと
アランはキラキラした瞳で
私にずい、と顔を近づけて
私の手を両手で握り締めた。
「シェラ、頼むよ!
僕を王子様にしてくれ!」
「えええ!?」
私は顔に熱が集まるのを感じながらも
アランの王子様姿を想像する。
とは言っても王子様姿なんて
子供の頃にドルイラさんに
シェルイラと一緒に読んで貰った
絵本でしかその姿を知らない。
私は目を瞑り、腕を組みながら
必死に思い出した。
確かあの絵本の王子様は
赤の薄い絹に似た布を頭から
首元にかけて被って
黒い紐で結んでいた。
服はたしか白のローブ。
その上から金色のベストや肩掛けを
かけていたような気がする。
そう思い出していると
目を開けたら次にはもう既に
王子様姿のアランがいた。
「すごいや!ありがとうシェラ!」
「こ、こんなのでいいの?」
「構わないさ!こんな上等な服、
初めて着たぞ!」
やや興奮気味なアランを尻目に
私は笑顔を引き攣らせながら
喜ぶアランを見つめた。
「ところでどういう風にアルリアに行くの?」
「それなんだけど
何かパレードでもして行けば
王子様が来たってわかりやすいと思うんだ」
「それならチェルシー団に頼みましょう。
チェルシー団なら下町では
結構有名だし、文句もないと思う」
私の伝なので多分
すんなりOKを出して来るだろうと
思って言うとアランは更に喜んだ。
「さすがシェラ!
よろしく頼むよ!」
こうしてアランは王子様になり、
チェルシー団のパレードと共に
王宮に行くことになるのだった。
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「アミル・アブ・ジョア王子の御成!」
団長の野太い声と炎の吐く音で
下町から上層街、王宮まで
チェルシー団のパレードが歩く。
団長に続くのは私とシェルイラの踊りと
神輿を担ぐ衛兵たち、
そして神輿に乗る
アミル王子ことアランの後ろに
楽器を演奏する
フブ、セリーナ、ユチナ。
ちなみにセリーナとユチナは
王子であるアランに興味津々で
フブは私の帰りで大はしゃぎだったのか
いつもよりもテンションおかしく
楽器を演奏していた。
神輿を担ぐ衛兵は私から頼んで
協力して貰っている。
上層街の魔物の巣の近くの魔物を
倒した先で王子様を助けたと
少しだけ嘘をついてしまったが。
ちなみにこの嘘を考えたのはアランだ。
「国王陛下!
王女様にお目通りを許可
して頂きたく参上しました」
「これはアミル・アブ・ジョア王子!
よくぞいらした!
今我が王宮では王女の花婿を募集しておる!
この国では新しい王が必要なのだよ」
国王陛下、と呼ばれた
少しだけ太って丸々とした
まるでマスコットキャラクターのような
おじいさんは結構歳なようで
新しい国王に国を任せたいらしくて
王女の花婿を探していたらしい。
「それはグッドタイミングだったかもしれませんね」
「そうだろう、そうだろう!
そうだ、紹介しておこう。
大臣のレジーナだ」
「アミル・アブ・ジョア王子、ようこそ!
まさか最近話題のチェルシー団と
いらっしゃるとは思いませんでしたよ!」
アランは国王陛下の紹介で
興奮した様子でにこにこと笑うレジーナ大臣を
紹介して貰っていた。
「よろしく、レジーナ大臣。
それで王女様はどちらに?」
「カロライナ王女だな?
今は部屋にいるのだ。
レジーナ大臣。呼んで来てくれ」
「かしこまりました!
直ぐに呼んで来ますね!」
国王陛下の言葉にレジーナ大臣は
大急ぎで玉座の間から出て行こうとした。
「その必要はないわ。
私、その人とは結婚しませんから!
毎日毎日婚約の話ばかり。
次はこの花婿ならって何回するつもりなの?
私はゲームの商品なんかじゃないから、
さっさと帰って!!」
玉座の間の前で大声を張ったのは王女らしく、
アランの言っていた通り
ものすごく美人だった。
けれどすごく怒っていて
とばっちりを食らった大臣が
ひっくり返って尻もちをついていた。
「ああ、カロライナ……。
すまんな、アミル王子。
しばらくそっとしておいてやってくれ。
そなたも遠方から来ているのだろう?
しばらく部屋で休んで
のんびりとしていてくれ」
国王陛下はそう言うと
アミル王子であるアランと
私たちチェルシー団に
広くて豪華な客間に通してくれた。
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