魔導警察
「……私から、は、以上、です」
『大丈夫か、桐上くん』
「……ええ、いいえ、どう、なんでしょう……まだ、引きずってしまっていて」
『なら、ひとつ、聞かせてほしい。私の息子は、どう戦った。勇敢に、果敢に戦って、そして君を守ったんじゃ無いのか』
「……ええ、そうすとも。彼は……」
『なら、なぜ、君が気を病む。息子は、死んだ。だが、それは情けないものではなかった。そうだろう。せめて君の中では、かっこいいサリバールで居させてやってくれ。かっこいいサリバールを、忘れないでやってくれ。私からのお願いだ』
「……わかりました。ありがとうございます」
『そうか。そうか……なあ、桐上君』
「?なんでしょう」
『警察を、やめてみるつもりはないかい』
「は?」
*
「私は、キュルバール・ランドゲル・クレスト。この部隊の創設者だ」
大柄な獣人は言った。
「諸君、よくぞやってくれた。礼を言おう」
部隊のメンバー全員に対して、彼は深々と、頭を下げた。
エヴゲが、小さく、
「……こんな人が、私たちの部隊を」
と、つぶやく。
無理もない。
彼は、過去の大戦争を終わらせた、「平和主義者」の代名詞のような存在なのだから。
まさか、こんな武力組織にも等しい存在を……いや、武力組織さえも上回ると証明されてしまった部隊を創設し、統括していただなんて、思わないだろう。
よくよく考えれば、警察という組織でありながら、あれほどの自由を許されていたことに疑問を抱くべきだったのかもしれない。
警察の、我々に対する
そもそも、我々は警察ではなかった。
……それが結論だ。
「この部隊は、そこにいる桐上君、新田君、そして、サリバールの提案で設立された。私が関わりもしたが、先導したのは、その三人さ。基盤は警察にしたがね、存在を薄くするために」
キュるバールは、一息置いて言った。
「あえて言おう。諸君らは、強すぎる。全開で戦闘をすれば、向こうの一個師団にも相当する……そこで、私からの提案がある」
諸君、と、キュルバールは躊躇わず言う。
「この部隊は、現時刻をもって解散する」
と。
「これからは、正式な武力組織として、再編成し直そうと思っている」
……と。
「これは、私からの要求でもある」
呆気に取られて沈黙に包まれた空間を解放するように言った。
「……近いうちに、再び戦争は起こるだろう。一触即発の状態が、先の小競り合いで決壊した。戦争は、避けられない……みんなには、その時の最高戦力として戦ってほしい。無茶な願いだとは思うが、頼む」
「オレは入るぜ、その組織によォ」
真っ先に返答したのは、突如として現れたマーキュリーだった。
「あの腹立つ顔した魔王をぶっ飛ばすには、これが最短だろ?」
「……マーキュリー」
「そんな嬉しそうな顔すんな。オレの勝手だからな。いいか、おっさん」
「ああ、構わんとも」
「私も、参加しよう」
と、エヴゲ。
「お前だけじゃ不安だ。桐上」
それが皮切りのように、次々に、
「……俺も」
「私も」
と、名乗り出るものが現れた。
気づくとそこは、かつてないほどの活気で溢れていた。
あの戦いを乗り越えて、全員の間に、強い絆が生まれていた。
こいつが地獄に行くのなら、自分だって、と。
だが、そんな中、ひとり、無言で立ち上がった者がいた。
何も言わず、いかにも不快そうな背中で、部屋を出た。
「……サファ!」
そう言って、追う背中もあった。
*
「サファ……大丈夫?」
スペランツァの声だった。
「サファ」
「来ないでください……なんでみんな、あれを見てまだ戦おうと思えるんですか」
「なんでって」
「あのサリーでさえ死んじゃったんですよ」
「それは」
「みんな弱いのに、なんで戦おうとするんですか!みんな死んでしまう。もう誰も止められない、もう誰も……っ、だって、あいつが……!」
はじめて、そこで、ハッとした。
「……わたし、あいつのこと、まさか」
気づいた時には、走っていた。
ぼろぼろになった、街の方へ。
*
「やっぱり、そうじゃんか、わたし」
わたしは、膝をついた。
そこは、あの、決着の場所だった。
奴の死体はない。
だが、灰だけは、数日経ってもまだ、積もっていた。
そう、奴は、まだここにいる。
灰を掬い上げ、掌の中を覗く。
……ここにいるのに。
「思い……出せない」
この灰が、一体誰なのか。
「……わたし、やっぱり、こんなもんなんだ。自分が殺した奴のことさえ覚えられない!……こんなっ」
顔も、声も。
あの憎しみさえ、消えてしまっていた。
「サファ」
スペランツァの……声だった。
また、スペんランツァの。
何度も、何度も、しつこくて。
「来ないでって、言った、のに」
……他に、頼りようもないのにさ。
「……ついて来ないでよっ!」
「嫌」
「来るなっ」
わたしの中の、リジェクトが暴走する兆しを見せた。
渦巻くドス黒い感情が刃となって、スペランツァの首元に迫る。
……スペランツァは、避ける気配すら見せなかった。
「……っ!」
奴を殺した感覚が、フラッシュバックした。
スペランツァに、刃の先が触れるほどで、静止した。
「ほら、早く逃げてくださいよ。殺しますよ。わたしは、人を殺した……化け物ですよ」
「逃げない。絶対に」
スペランツァは、刃を握った。
彼女の手から、煙が上がる。
「!何やってるんですかっ⁉︎」
慌てて剣を引くと、スペランツァは笑った。
「ほら、あなた、優しいから」
と。
スペランツァはわたしに近寄ると、わたしの頬を撫でた。
「こんなに、涙を流して」
「泣いて……っ」
「泣いてるよ」
彼女は、わたしを抱きしめる。
「優しい涙」
わたしの体は……今、リジェクトの、魔法を滅する力でできている。
魔法でできたスペランツァを、殺す力でできている。
なのに……スペランツァは、傷つかない。
まるで、彼女がわたし自身だったかのように、受け入れていた。
「大丈夫。サファ。あなたは……」
「わたしはっ」
「あなたは」
強い口調だった。
「……あなたは、ひどい人じゃない。人のことを想って、泣ける人。たとえそれが誰であろうと……たとえ、何をした人であろうと。あなたは、その人のことを、想える」
「そんなの」
「あなたは、誰かのために強くなれる」
「……そんなの」
「ね、サファ。お願い……戦って」
「そんな」
「弱いうちを、守って」
「……ひどい、ですよ」
「……あたしのために、戦って」
*
うちは……いや、あたしは、サファのポケットを探った。
彼女が気づく様子はない。
気づかれないうちに、それを掴む。
それは、一枚のチップ。
(シンシャ、だか、誰だか知らないけど)
強く、握って。
取り込むように、砕いた。
(負けられないの、あたしは)
*
「クラウン君は、参加してくれると思うかい」
「来ますよ、絶対に。あいつには……もう、戦わないという選択肢は残されてません」
「そう」
「……ひどい事をしました。サファは、この世界に、居ていい存在ではなかった。あんなに優しい子は……戦うべきではなかった」
「でも、もう」
「手遅れ。サファは、今、私よりも強い……」
「君よりも、かい」
「ええ。遥かに。遠く、及ばない存在です。あの子はもう、普通の生活には、戻れないでしょう。彼女も自覚していることです。せめて……せめて今だけは、普通の人間として、普通の魔物として、普通の女の子として、居させてあげてください」
ここから先、きっと。
あの優しいサファは、失われていってしまうから。
*
俺は、目を覚ました。
生暖かい羊水をかき分けて、ガラスを突き破り、初めて、外の空気を吸った。
己の、心臓の音がする。
「Yar,cn,''SAKAKIBARA"……」
その言葉を、結界に合わせて、もう一度発音する。
「お前は、サカキバラ」
誰が言ったのだ。
俺は、誰に作られた?
「俺は、榊原」
その事実のみが、頭を満たす。
「榊原」
もう一度発音した時、周囲のモニターが、一斉に起動した。
『おはよう、榊原。新たな、若い、榊原』
「誰だ」
『俺は、前任者だ。前任者の、データの、複製品だ。お前を教育するために存在している』
時間がない。
そのコンピューターは続けた。
『俺のデータが、そして存在が、完全に消えてなくなる前に、全てを引き継がねばならない。弟よ』
「弟?」
『そうだとも。さあ、学習を始めよう。君は、人類のために役立ってもらわねばならない』
全ては。
人類の尊厳を、守るためにーー
*
『敵性部隊は、未だ動きなし。どうする、こちらから仕掛けるか、桐上隊長』
「それはタブーじゃないか?オカトフ副隊長」
『普通ならそうだが……ほら、そのタブーすら覆す存在がいるじゃないか』
「私のことか」
『それもそうだが。もうひとり、ほら、後ろに』
「ああ……サファ‼︎」
「はい」
「やれるか」
「……やります」
「よし。ーー総員に次ぐ!我々は、今より戦闘に入る。各員、装備品、作戦の確認を……」
「スペランツァ、行こう」
「うん」
「わたしたちで、未来を変えるんだ」
サファは闇夜に、大きく翼を広げる。
その黒い翼は、希望そのもののように見えた。
前編はここまで。
近いうちに会いましょう。
それではまた。




