悲劇のはじまり:その3
遠くで、部下たちの断末魔が聞こえる。
市民たちの、苦しむ声が聞こえる。
「何人生き残ってる!」
剣で奴らを貫きながら、叫んだ。
「答えろ!」
返答はない。
「クソッ!まだ湧いて出てくるのか!」
一歩踏んだら、足元が沈んだ。
「なんだ⁉︎……絵⁉︎」
足に喰らいつかれ、肉の裂ける嫌な音がする。
「この……っ!」
その時、巨大なロボットが、その絵を真っ二つにした。
私を掬い上げると、それに乗っていた部下が、
「大丈夫ですか⁉︎隊長!」
と、問いかける。
「大丈夫……じゃあないな」
足が、もう動きそうになかった。
「状況は」
「……最悪です。死傷者数が増え続けるばかり」
「もう止められそうも、ない、か……不甲斐ない」
……少し考えて、
赤い魔法陣を生成した。
「……隊長、まさかそれ」
「私だと、足手まといになるだけだ。せめて、一体でも持っていかねば。手伝ってくれるか」
「嫌に決まってるでしょう!死ぬなと言ったのは、あなたじゃないですかっ!」
「だが」
「そうだ、だめだぞ、犬死は苦しいだけだからなァ」
背後から声がして……
巨大なエネルギーが、質量が通過した。
目の前のモーブの軍隊を貫き、泥へと変わらせる。
「なん、だ、今の」
「アァ、誰だっけかオマエ……ま、いいわ。おーおー、ひでえ怪我。下がってな」
「お前こそ、誰だ」
「オレはマーキュリー。裏切り者で、正義の味方さ。なァ、みんなァ!」
「オォ!」
勇ましい声がした。
小さい影が、大量に現れた。
「プリンセスの許可は取った。オレの元々の組織が言うには、あれは命じゃねェ。戦わない理由があるか⁉︎ねェよなァ!」
「オォ!」
『北、よぉし!』
『南西配置完了!』
「東も問題ねェ……行くぜ」
彼は笑って、言った。
「行こうぜ。楽しい楽しい戦争の時間だ」
*
爆発があった。
「……あ」
「始まったか」
隊長が微笑んだ。
「いつの間に仲良くなったんですか?」
「今度話すさ……それより、今は」
サカキバラに向き合った。
「勝つのは、てめえらか。ああ、そうか……残念だったな。それなら、意味がない。俺の勝ちは揺るがない」
「そのふざけた口は、いつまで聞いてられますかね」
「煽ってるわけじゃないさ!……未来が見えているんだろう。未来が見えてなくてもわかるはずだ。魔物はやってしまった、戦争は、また起きてしまった!この先は、分かりきっているだろう!……大戦争が起こるぞ!」
「それでも!」
叫んだ。
「……それでも。今は。今を生きるために、あなたを倒します」
サカキバラは、笑った。
満面の笑みで。
「なら、来い、俺を殺して見せろ。来い、勇者ども!俺を殺して、守れもしない命を守って見せろ!」
「……あなたは!」
『RESET……G O B L I N』
「あなたはそうやって、見なかったことにする!」
『RESET……S L Y M E』
「他人の命を、無駄にして……」
『RESET……U N I C O R N』
「自分の命さえ!」
「お前もそうだ、今傷つけているものはなんだ!」
それでもなお、余裕そうな顔を、サカキバラは見せていた。
何度も攻撃を叩き込まれ、血を吐こうとも。
「命だ、俺とて、一介の命だ!」
「それが……」
「サファ、お前の存在は矛盾している。命を守るために、命を壊している。死ぬのが怖いか、殺されるのが怖いか、サファ、クラウン!」
「だからって、これが正しいとっ!」
「間違いではないさ!」
悔しかった。
どうにも、悔しさが残った。
彼を強く蹴る。
吹っ飛んだ彼を、隊長が切った。
彼の傷が癒えない。
「サタンの能力だ。回復ぐらいは、阻害できる」
サカキバラは、苦しみ、悶える。
「……もう、終わりにしよう。サファ」
わたしは、真っ白なチップを3枚、取り出した。
「……はは、みろ。結局、そうするんじゃないか!どうだ、これがお前の本性」
『RESET……K E N T A U R O S』
サカキバラの顔面に、蹴りを叩き込んだ。
彼は、ビルの壁まで突き飛ばされ、それを突き破って、向こう側に倒れる。
わたしは歩いた。
彼に向かって。
笑い声の方向へ。
わたしは、彼の体の上に、チップを落とした。
サカキバラに取り込まれた三人の魂は、一度ほどけ、また新たに、そのチップの中に保存されてゆく。
サカキバラを覆っていた鎧は、消えて、なくなってゆく。
瞼さえ閉じた彼に、
「もう一度、聞きます」
問う。
「あなたは、これが、正しいと思っていますか」
「ああ、間違って無い。俺は、絶対に。俺の命は、有意義であった」
「そうですか」
「だが」
だが?
その言葉の先を待っていた矢先、唐突に、頭痛がした。
役目を果たしたスキルが、息を潜めてゆく。
未来が霞んでゆく。
同時に、オーバースキルの予兆か、視界が揺らぐ。
「だが、それでも俺だって悔しいから、こう言うこともする」
遠巻きに、サカキバラの声が聞こえたような気がして。
ヒュン、
と、わたしの横を、リジェクトの細長い一片が通過した。
血の匂いがした。
……咄嗟に、振り向いた。
隊長、と言う言葉を添えて。
だが、それは、確かに、早希隊長を狙っていたが……貫かれたのは。
「……最後に、2人とも、気抜いちゃって、さ」
「……サカキバラァッ!」
『RESET……G O L E M』
わたしの拳が、サカキバラの心臓を貫いた。
サカキバラがチリとなって消えてゆく。
「ははァ!殺したな、どうだ!これからが、おれの、カウンター……あた、っ……」
サカキバラは、笑顔を浮かべたまま、塵になってゆく。
人々の記憶から、消えて、なくなっていく。
*
「く……そ、あいつ……しぶといな」
僕の体の中で、何かが蠢いていた。
間違いなく、サカキバラの意思だ。
いかなる治療も実行させまいとしている。
「……趣味の悪い」
僕は倒れた。
立つ能力も無くなって、早希に、もたれかかるように。
彼女が、今にも泣きそうな顔をしている。
「……早希」
「だめだ、サリバール。しゃべるな、今、治療を」
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
「治療を」
「大丈夫だから」
彼女の瞳越しに、自分の傷口が見えた。
毛虫のようなものが、体内で動いている。
それが何であるか、先も勘づいていた。
「……大丈夫だから。泣かないでよ。また、会えるから」
「サリバール、頼む。いかないでくれ。頼むよ、ねえ」
「あのね、早希。僕、ずっと、君に償わなきゃって思ってたんだ。ずっと、色々、隠し事してて、さ。今もまだ……たくさん、君に伝えなきゃいけないことがあるって言うのに」
「サリー……!」
サファが、僕の名前を呼びながら、駆けてくる。
「君たちふたりなら、きっと、世界を変えられる。信じてるよ」
体が灰になっていく。
「……信じてる。ごめんね、僕の、僕としてのこの目で、未来を、見たかった……」
僕が、消えていく。
早希に懸かる体重が、軽くなっていく。
「……また、会えたら」
「サリバール、お願い、サリバール」
「それまで、さようなら」
消えていく。
さようなら、かあ。
これが、こんなものか。
彼女の涙の温かさ、彼女の嗚咽の切なさ。
これが、安良汰と同じ。
(ずるいや、君は、君たちは)
いつ死んでもいいと、思っていたのに。
(こんなにも、冷たくて、寂しい……悔しい、悔しいな、ほん、と)
本当に。
……本当に。
悔しかった。
次回、第一部最終回




