悲劇のはじまり:その2
ーーあたしは、何処にいる?
誰かの中だ。
慣れた感覚だ。
……でも、匂いが違う。
乱暴な匂い。
鉄の匂い。
鎖で、縛り付けられているかのような。
ーーあたしは、なにをしている。
ーー……あたしは。
「人類の尊厳を」
声が聞こえた。
「……守るために」
誰だ。
お前じゃ無い。
それをするのは、お前じゃ無い……!
ーーサファ……
ーーサファ!
*
「!……しんしゃっ」
声が聞こえた。
確かに、サカキバラから声が聞こえた。
……かつての相棒の声が。
助けなきゃ、でも、どうやって。
「サ……ファ」
「‼︎スペランツァ、意識が」
「ごめ……足手まとい、だったね」
「大丈夫ですよ。死ななければ、次があります」
「……ごめん」
「謝らないでください。ゆっくり、休んで、終わったら起こしますから」
「……うん」
そこで、スペランツァの意識が切れた。
上がった、か細く浅い息を聞いた。
よかった、生きてる。
「……そいつとの話は済んだか」
サカキバラが話しかけた。
「いいえ、全く。命を助けてくれたことの感謝とか、まだしてませんから。してもらって、それきりになっちゃってますから。だから……」
だから、まだ。
「まだ、わたしは死ねません」
「ふ、ははは!そりゃあいい、そうか、そんな感情を持っているのか、チーター!」
彼は、自分自身の鎧を指さす。
ヴァンパイアの鎧を。
「こいつにも、そのかけらでも分けてやればよかったものを」
「上げますとも、これからいっぱい」
わたしは構えた。
立つことすら危うい体で、構えた。
「いっぱいキスしてあげるって、言ってしまったから」
そして、彼から放たれる、未来の攻撃を見た。
その時、無線が入った。
『クラウン巡査、聞こえるか』
という声。
聞き覚えのある、確か、第二小隊隊長の……
『エヴゲ・オカトフだ。サファ巡査、そいつは任せていいか」
「もちろん……エヴゲ隊長は?」
『我々は、こちらをなんとかしよう、このモーブの山を』
*
「なに、心配はいらん。我々は強い。第一小隊よりもな……そんな、声を出すな。ああ、文句は終わった後に聞こう。それでは、また……よし、第二小隊諸君」
私は、周囲を見渡した。
パトカーから降りた部下たちが、モーブを前に立ち塞がっている。
「勇敢なサファ巡査が、化け物退治を引き受けてくれた。我々の仕事は、雑魚の撃滅だ。一度しか言わないぞ、いいな……リビングメイル、装備!」
合図と同時に、全員が、手持ちのアタッシュケースにチップを差し込む。
ひとりでに展開したかと思うと、その中から光が溢れる。
『Start livingmail. Open the 3rdworld.ready』
「「「SET!!」」」
『GO』
現れた鎧が、次々に装着されてゆく。
装着完了の途端に、機械音声が告げた。
『model……L I V I N G M A I L』
そして一部の隊員が、パトカーに向かう。
「SET」
『connected monstachip……L I V I N G M A I L』
鍵型のチップを差し込んだ瞬間に、パトカーに異変が訪れる。
パトカーが、変形を開始した。
それは、人型を形成し、自立する。
「全車両変形完了」
「了解……さあ、行こうか」
警棒から刃を展開させる。
「人命を最優先としろ!……死ぬなよ」
小さく、息を吸った。
「……GO!」
*
サリーが、ぱたんと、倒れた。
「サリー……サリバール隊長」
息があるのかは、定かではない。
でも。
「……わたししか、いない」
それは、事実だった。
力は出ないけど、相手の攻撃を受け流して、最短ルートで攻撃するしかない。
「お願い、わたし。オーバースキルはしないでよ……!」
息を吸った。
次の瞬間。
……相手の攻撃の軌跡が見えた。
跳躍した。
次の瞬間、アスファルトからリジェクトが溢れ出た。
それは太いヤリのように、尖り、わたしを貫かんとする。
(……なぜだろう)
不思議と、いつもに増して、避け方がわかった。
(わたし、今、すごい安心してる)
それを、蹴った。
真っ直ぐ、一直線に、サカキバラ目掛けて跳んでいく。
あまりにも狙いやすい軌道なのに、わかりきった線を伝っているのに、向こうが避けてくれているかのように、攻撃が当たらなかった。
(全部が、見える……誰かが、教えてくれてるみたい)
いつもよりもずっとはっきり、未来が見えた。
(誰、ここにいるのは)
視界の外、遥か上空から、一つの剣が襲いかかった。
その剣は……わたしの前髪を少し散らせただけだった。
サカキバラが、驚いた顔を見せる。
わたしの足首を、ガッチリと、リジェクトが掴んでいた。
「リジェクト」
そして、再加速。
焦ったサカキバラが、全方位からの攻撃を強行する。
……でも。
(穴だらけ)
壁を作って、跳躍。
右へ。
左へ。
上へ。
下へ。
前へ。
前へ。
前へ。
(そこにいるのは……まさか)
わたしの瞳に、懐かしい……償わねばならない……眼鏡をかけた彼の姿が映った。
*
「そうだ。サファ。君は、君を信じ続ければいい……キオクを描く者たちは、それに応えてくれる」
そこは、砂の山。
乱雑に突き刺さったビル。
ここは、記憶の墓場。
「せめて、俺のできることは、これだけだ。だが……君なら、これでも、戦えるはずだ」
彼は、まるでわたしの姿が見えているかのように、視線を向ける。
「重荷だろ。辛いだろ。それは……避けようがないものだ。でもな、サファ。その辛さの分、強い力を、俺たちは持っている。その辛さの分、人を救うんだ」
彼は笑った。
……ように見えた。
「人類の尊厳を……魔物と、人類の未来を作るのは、やつじゃない。それは俺たちキオクを描く者たちを持った奴らの仕事だ。頑張れ、サファ。俺が救えなかった人々の分まで。ほら、未来は、」
*
すぐそこまで来ている。
「届いた」
サカキバラの懐に飛び込んだ。
わたしを掴もうとしたサカキバラの手を切り飛ばした。
サカキバラが、悔しそうな目をした。
「なんだ、そのチカラは。なにが見えている!」
「全部」
彼の半身を、切り飛ばした。
血を噴き出して、彼が転がった。
サカキバラが言葉を発そうとするたび、赤い泡が、彼の口から溢れた。
無様なそれを、見下していった。
「あなたの敗北。わたしたちの勝利。全部、全部見えてるんですよ。結果も、全部。あなたの戦争が、失敗することも全部!」
……屈辱だろう。
現に、彼の顔は歪んでいる。
……サカキバラは、再生を始めた。
誰の能力だ。
ヴァンパイア?
それとも、しんしゃ?
もしかしたら、サタンかも。
でも、
「遅いんですよ、あなた」
サカキバラの全身を、鎖が縛り上げた。
……まともな魔法が発動できない、わたしのものじゃない。
「ナイスです、サリー」
「その呼び方、やめてくれないかな」
血を吐きながら、サリーが言った。
「サリバール隊長、だ」
「そうですね、サリバール巡査部長……それで、サカキバラ。絶体絶命ですね」
「ふ、は」
せめて声が発せるまでに回復したサカキバラが笑う。
油断したな、チーター、と。
「駆逐する者」
そう唱える。
……鈴鳴のスキル。
わたしの体が、ぴたりと、動かなくなる。
睨んだ対象を、硬直させるスキル。
強力なスキルだ。
リジェクトの槍が、わたしに殺到する。
きっと、今までなら、死んでいたけど。
でも……もう、そこまで。
(見えていた)
きらり、空、光る。
チカラ、近く、巨大になっていく。
サカキバラが、震え上がった。
リジェクトの進行が、止まったように見えた。
そう。
あまりに強力な力は、スキルさえも上回る。
「SET」
『model……V A N P I R E H U N T E R』
サカキバラが、二つの刃に両断された。
硬直から解放されて、口の聞けるようになったわたしが、彼女に微笑みかける。
「遅かったですね。たいちょ」
「ああ、すまない」
サカキバラは、すぐに、回復した。
回復せざるを得なかった。
あのままだと、すぐに死んでいただろうから。
しんしゃの能力を使って、回復した。
「早希……そうか、そう、か……」
サリバール巡査部長が、つぶやいた。
「なら、大丈夫。あとは……任せ…」
そこで意識が切れたようで、サリバールは倒れて、動かなくなる。
「……任せろサリバール」
隊長が、それに返答する。
「一瞬で、終わらせる」
「イエッサ。終わらせましょう」
「……何者だ、お前たち」
「「勇者」」
即答した。
「かかってきなさい、サカキバラ」
「貴様がいかに全霊で私たちを殺そうとしようが、届かない」
「未来は、揺るがない」
「「勝つのは、私たちだ」」
……不思議なことに。
サカキバラが、その時、笑った。




