ふたりの戦い:その6
もはや何人切った?
何人殺した。
数え切れる数ではない。
私が殺したモーブも。
私の作戦で死んだ兵士も。
「足を止めるな!戦え、征めっ!」
戦場は、阿鼻叫喚の地獄。
戦力は拮抗。
だが、その価値がまるで違う。
相手は、量産可能な偽物の命。
こっちは、失えば二度と戻らない。
だが。
「……砦を越えさせるな!国が滅ぶぞ!」
背中に、もっと大きな命を抱えてしまっている。
「イングヴァル、無事か⁉︎」
「なんとか、のう」
イングヴァルが、モーブを切ったのだろう。
黒い、生暖かい液体が、私にかかった。
それでも、なお、狂ったように襲いかかるモーブ群。
「……くそっ、キリがない!」
と、その時、誰かが叫んだ。
「……タイタンッ⁉︎」
後方を、仰ぎ見た。
そこに、人の大きさの何倍もの巨人。
鎧と、剣と、盾を持って、力強く一歩踏み出した。
陣の、ずっと奥だが、だが、凄まじい速度で……!
「殺す、あれを」
「危険だ、やめろ」
「私は死なん」
「奥すぎる、罠だ」
「知ったことか!あれを殺さねば、もっと人が死ぬ、それでいいのかクソッタレ!」
戦いの匂い。
嗚呼、懐かしい。
最低で、最悪の匂いだ。
私が、私じゃないみたいだ。
「愛を捧ぐ者」
イングヴァルの返答も聞かず、飛び出した。
「サキぃぃぃ!!」
彼の声が、ずっと遠くになっていく。
風の音。
声が、掻き消えて、薄れてゆく。
立ち塞がるモーブどもをぶった切って、奥へ、奥へ。
そしてタイタンの目の前、迫る、岩のような大剣。
「邪魔ッ」
魔導合金の剣で、受け止めた。
力が拮抗、否、私のスキルでも押し負ける。
彼の胸部プレートのあたり、その隙間から、淡い光が見えた。
(あそこかッ)
剣を逸らし、拮抗を崩す。
タイタンが倒れ込む姿勢を取り、剣を地面にめり込ませ、静止してしまう。
「もらった」
一閃。
光を目掛けて、鎧ごと袈裟斬り。
泥となって、土に沈んでゆく。
なんだ、なんてことないじゃないか。
そう思った瞬間のことである。
肩に、鋭い熱があった。
巨人が崩れた先。
弓を携えた、エルフの大群。
「……まだ終わらないか」
肩に刺さった、矢を引き抜いて、投擲した。
1人が泥を吹き出して動かなくなる。
「さあ、来い」
不思議と、口角が上がった。
危機を感じた精神が、強引に力を湧かせる。
「怖気付いたか。来い、射て。私を殺せば、貴様らの勝ちだ」
誰1人として、矢を番えない。
「どうした。早く、なぜ、射たん」
「サキッ!逃げろ!」
追いついたイングヴァルが言う。
「うるさい、黙れ。お前は……」
「何か来る!殺意の塊のような何かが!おぞましい化け物が来るッ‼︎」
「……は、」
何を言っているんだ、と続けようとした瞬間だった。
イングヴァルの「逃げろ」と言う声が、消えた。
……それは隕石だった。
魔力の塊のような火球が、イングヴァル目掛けて落ちた。
そして、爆発があった。
魔力のプレッシャーに押され、後ずさる。
中から現れた気配は、マーキュリーやサカキバラのような攻撃的なものだった。
「初めて会うな。どうも、初めまして」
男は、大剣を高く掲げている。
その鋒に、小人のような、老人が突き刺さっていた。
「イング……ヴァル」
男は雑に、イングヴァルの亡骸を払い、そして両断した。
生き別れになった半身を足蹴にして、彼は宣言した。
「魔王軍幹部。戦いをもたらす者。マーズ」
「……」
私の反応がなかったからか、マーズは不満げにした。
「どうした。どうかしたのか。せっかく名乗ってやったと言うのに、元気がないな。貴様の名乗れ。名前を教えろ」
「……その足を」
「うん。うん?この足が、どうかしたのか?」
「その足をどけろッッ‼︎」
頭の中に、複雑な図面が浮かんだ。
咄嗟に、それが魔法陣だと、理解できた。
鋭い風が、マーズの足めがけて飛んだ。
……その使い方さえ、教えられてもいないのに知っていた。
マーズは、その風を弾くと、驚いた顔を覗かせた。
「なんと、人の身で」
「退け……ッッ!!」
地面を蹴ると、スキルだけでは説明のつかない力が出た。
「退け‼︎」
おおきく振りかぶって、型も何もない斬撃を繰り出した。
マーズは容易く躱して、ようやく、どこから退いた。
「イングヴァル……」
彼の遺体を背にして、マーズに立ち塞がった。
「すまなかった。お前の忠告さえ聞いていれば、もっと、違う結果になっていたのかもしれないのに」
もう、物となってしまった彼は、何も言わない。
……だが、私の足元に、彼の使っていた短剣が転がっていたのを見た。
「……使わせてもらう」
左手に、それを構えた。
「行こうか、イングヴァル」
溢れんばかりの魔力が、風となり、身を覆う。
魔力に、想いに反応し、魔導合金の剣が光る。
「……愛を捧ぐ者‼︎」
叫んだ。
今回はここまで。




