メガネ警官の暴走救助:Fourth
今日も、いつも通りの日でした。
いいえ、いつも通りの日になるはずでした。
朝起きて、学校へ行って、友達と話しながら帰って、夜眠って……朝起きて。
その繰り返しのはずでした。
ただ、今日をもって、そんな平和な日常は幕を閉じるのでしょう。
わたしの目の前には、ひどく暗いそれがありました。
それが何かは、すぐにわかりました。
ここと違う世界出身の、魔物であるわたしにとって、とてもなじみの深いものでしたから。
それは、10年前のものとは比べられないほど小さかったですが、間違いなく”穴”と呼ばれるものでした。
穴はわたしを飲み込もうとしています。
わたしの体を、余すことなく。
穴の恐怖に気が付いたのは、指先がそれに触れてからでしょう。
いえ、それでも実感は湧かなかったのかもしれません。
なにせ、穴と危険がイコールでつながることなんてなかったのですので。
あなたたち人間がわかりやすいように例えると……そうですね、車に乗るのに危険を感じる、みたいなものでしょうか。
逆にわかりにくいかもしれませんが。
そんなことを考えてるうちに……考える間もなく、すでに腕までが飲み込まれて、喰われていました。
声が嗄れるまで、悲鳴を上げて、助けを求めて……ようやくそこで、後悔しました。
なんでこんなところに来てしまったのか、と。
悲鳴に呼応するかのように、目の前の壁が揺れ動きました。
それは、大きな蟹のようでした。
その魔物が、穴に魔力を送り込んでるのを見て初めて、死ぬかもしれないと、そう思いました。
わたしは、力いっぱい叫ぶのです。
助けを……呼んだのです。
微かな希望に訴えかけるように。
叫びました。
今回得た教訓は、意味もなく裏路地に立ち寄らないことと、それと……希望を捨てないことでしょう。
体はすでに半分以上呑まれてましたが……わたしの意識は、後ろから伸ばされた手を。
メガネをかけた警官さんの手を。
逃しませんでした。
応じるように、わたしも手を伸ばしました。
その手を警官さんは、しっかり握りしめ。
そして。
彼もいっしょに、穴に飲み込まれたのでした。
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時間は少々、裏路地に着く前まで遡る。
メガネをかけた警官さん、新田安良汰は、かの眉毛のつながったおまわりさん並みに自転車をこいでいた。
もはや、あの漫画も2、30年前のものらしいので、知る人は少ないだろうが。
ちなみになぜ、自転車なのかというと、単純に、出せる車がなかったからである。
おかげさまで、足がつりそうなのだった。
明日は、多分筋肉痛で歩けないだろう。
そんなこんなで、永遠に思えたあの裏路地への道のりも、ラストスパートまで差し掛かっていた。
目的地が、うっすらと見えてきたのだ。
しかし同時に……この事件と、俺の人生もラストスパートに差し掛かりそうである。
ふらりと。
小学生ぐらいの女の子が、裏路地に入り込むのが見えた。
「おいおい、まじかぁ!」
何とか間に合わすように、ペダルを踏みこむと、ペダルが音を立ててへし折れた。
「まじかぁ……」
使い物にならなくなった、ペダルのない自転車を飛び降りる。
後ろで鉄のひしゃげる音が響いたが、気にも留めず駆け出した。
間に合ってくれと祈りつつ、その路地に飛び込むと、半分ほど穴に吸い込まれた少女が見えた。
少女は叫ぶ。
「誰か……誰か助けてっ……!助けてぇっ!!」
気が付くと、手を伸ばしていた。
「手ぇ掴め!絶対に離すなよ!」
お互いに手を……握りしめた。
すると、なんということか。
穴が急速に拡大した。
「うそだろおい……」
正直、ここから少女を引き出すつもりでいたため、とても驚いた。
いや、驚いただけでは済まない。
俺も食われそうになってるのだから。
とっさに彼女を抱き寄せた。
逆に俺が吸い寄せられたが。
吸い込まれる最後の瞬間に。
後ろの壁が、揺れ動いた。
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びっくりしたなんてものじゃなかったです。
廃墟ともいえる建物の中で、男の人と寝てたのですから。
しかし、その男の人は寝てたというか……気絶してました。
なにか、ショッキングなことでもあったのでしょうか?
女子小学生と寝てたとか?
そんなわけ、ありませんよね。
だって、どう見ても警察官ですもの。
わたし高校生ですし。
「あの……おきてくださ~い」
軽く揺さぶると、がばっとその男の人は起き上がった。
「わぁっ!」
「うおっ」
しばらくの間、じっと見つめ。
男の人は、
「……おはよう」
と、切り出しました。
「おはようございます、えっと……」
「大丈夫?ケガはないかい?」
彼は、警官らしく優しく聞きました。
「だ、だいじょうぶ、です」
「そう、ならよかった。あ、自己紹介がまだだったな」
その男の人はスッと立ち上がって、
「俺は、新田安良汰。警官やってる、よろしく」
名乗ってから、手を伸ばしました。
まだ座っていたわたしを起こすように、握手をするように。
「わたし、は……サファ、で……」
ですが、手が握られることはありませんでした。
後ろに、巨大な蟹が現れたからです。
「警官さん!後ろ……」
言い切る前に、警官さんはわたしを抱えて、それから距離を取っていました。
「ありがとさん。あと、呼ぶのは安良汰でいい」
「アラタ、さん。あれは、一体」
「ミミックだよ」
ミミック、と言われて、最初は信じられませんでした。
だって、壁に擬態するミミックなんて聞いたことありませんから。
「そう、それだけ……それだけ魔力を取り込んだ、ただのミミックだ」
「ただのとは、心外だなァ」
そのミミックは、そこで初めて口を開きました。
「オレだって、とある人に頼まれてさァ……」
わたしはその恐ろしさに、少しずつ後ずさってました。
それが仇となったのか、足が、なにかを蹴る感覚を捉えました。
反射的にそれを見ようとした瞬間には、目は新田さんの手に覆われてました。
「見るな…………ッ!」
その切羽詰まった様子を見て、ようやく、なにを蹴ったのかがうっすらわかって。
「三人も殺ろしたんだぜェ」
その、魔物の一言で確信に変わりました。
「今日はツイてる日だ、一度に二人も獲物がかかるなんてなァ」
「お前、なんなんだ……ッ!」
「オレかァ?オレはなァ……」
「最強のミミック、その名も……クラック様だ」
今回はここまで
やっと出したいキャラが出せた……