ふたりの戦い:その4
いつから気絶していた?
思い返せば、森に入った後から、まるで記憶がない。
「……どうかなさいました?」
まるで、夢を見ていたかのような……
「あのう?」
「あ、ああ、すまない」
と、ここで、私を睨む鋭い目に気づいた。
そうだ、彼女はサファじゃない。
顔は同じでも、全くの他人。
正真正銘のプリンセス。
「……すみません」
「いいんですよ。そっちの方がしっくりきますから」
「それでも」
「だめです。さっきので」
声音は優しいが、サファのような子供らしさも見えた。
「わたしたちは、お願いをしたいのですから、あくまで、対等です♪」
「……なら」
ある種、横暴さのようなものが垣間見えるが、不思議と不快感は抱かなかった。
「イングヴァルから話は聞いている……実際に、この目でも見た。あの、モーブの山をどうにかすればいいんだろう」
膝をつき、彼女に視線を合わせた。
「まあ、あれ、もうぶと言うのですね」
「モーブ。MOOB」
「モーブ。あれって、生きているのかしら」
「……魔力が籠り、活動している点では、生きている。ただ、あれは、生命じゃない。いのちとは、わたしは認めない」
「まあ、まあ」
ダイアは、いかにも嬉しそうにした。
「なら、問題はないのですね。あれを真っ二つにしても、ぐしゃぐしゃにしてしまっても、殺したことにはならないのですね」
この瞬間に、感じた。
ダイア・クラウン・プリエというハーフリングは、サファ・クラウン・フェイアと、雰囲気こそ、空気こそ似通っているが、全くの別人なのだと。
ただし、その根底にあるものはきっと、変わらない。
それが、表面に、為人として出ているかどうか、だ。
「……そういうことに、なります」
少し躊躇し、肯定した。
そもそも、私もかつて、その考え方に則って仕事をこなしてきた。
それが、命でないのなら、殺したことにはならない。
そうだとも、それが、本物の命から生まれたものであったとしても。
それが、本物の命を奪ってできた存在であったとしても。
長年付き添ってきたその考えは、今になって覆ることはない。
「なら、お願いがあるの」
彼女は切り出した。
その先、繰り出される言葉は知っている。
「私に、あれの討伐を手伝えと」
「ええ」
「お言葉です……が、あえていうならば、私がそれを引き受ける理由はない」
「まあ、なんてこと」
「私ひとりが加わったところで、たかが知れている」
「……そうね、そうかも知れないわ」
「だが」
私は、流れを断ち切った
「ぜひ、協力させていただきたい。この私単騎で、ここの国民1000人分の戦力はあると自負している」
ダイアの表情が、柔らかな笑みのまま、硬直した。
「……ええ、ぜひ。とも乗り越えましょう」
せめて、差し出された手だけは優しく握るよう努めた。
*
「儂にも砕けた口調で構わん。姫様にあの態度を取るのなら、儂らにはもっと無礼な態度であってほしい」
「ああ」
二度目の森を何事もなく越え、旧砦まで来ていた。
ここから望遠鏡を用いれば、あの山が確認できる。
ゆっくり進んでいたように思っていたが、もう時間がないようだった。
保って、後一日。
「ここで迎撃するほかに手はない」
私は言った。
「今から攻撃するでは間に合わん。ここで奴らを削る。兵士はどれだけいるんだ?」
「魔導士200。騎士300。魔導騎士50」
「……それだけ?」
「うむ。じゃが、皆一騎当千の戦力が……」
「聞くが、そこらの騎士とお前とじゃあどっちが強い?」
「儂じゃが」
「なら、諦めた方がいいかも知れないな」
「なぬ」
「勝てたとて、損害は計り知れない……兵士をありったけここに集めろ。1人でも多く死なせないようにするぞ」
そして、翌日。
「さあ、行こうか。作戦通りだ、チャージ開始」
私は言った。
*
そして、決戦の日。
「さあ、来てください」
わたしは言いました。
わたしたちは、署の前で待ち構えていました。
周囲のビルの中に、何人もの特殊部隊が控え、ライフルを狙っています。
サリーとスペランツァは、署の屋上から覗いています。
署の目の前、道にいるのはわたしだけ。
「……来なさい」
彼の気配が近づいてきます。
未来が見えます。
いくつもの未来が。
……ひとつ大きく、嫌な未来が。
咄嗟に、ビルの一つを見ます。
そこに、一つの影が、轟音とどろかせてっぺんから突っ込みました。
「な」
中から悲鳴と発砲音。
そして、無音。
驚きで一歩も動けないまま数秒たち、すると、何かが窓から飛び出しました。
いくつもの物体。
道路に落下した瞬間、赤黒い液体を撒き散らします。
それは、片腕と、胴体の半分と、両足。
……だと気づいた瞬間に、後退りました。
まさか、そこまで。
最後に、体と生き別れになった頭と、その影が勢いよく落下してきました。
アスファルトにできたクレーターの、その中心に姿を認めたとき、わたしは確信しました。
「……あ、ああ」
やはり、あの時、始末しておくべきだった。
「ああああああぁぁぁぁああああああッッ!!」
全身から黒のエネルギーが溢れ出す。
殺意と、恨みと。
「……セっ、と」
悲しみと。
止めどない、黒い感情は、わたしを包み込む。
『MOOB‼︎RESET MOOB‼︎G O L E M‼︎‼︎‼︎……REJECT』
「スズナリぃぃィィイッッッッ‼︎」
瞳には、口元が露出した仮面をつけたヴァンパイアが、鎧を纏ったヴァンパイアが、片腕を咥えたヴァンパイアが、映っていた。
今回はここまで。




