ふたりの戦い:その3
そういえば、どうして、今ここにいるんですか。
ふと、疑問に思ったことを口に出した。
だが、イングヴァルははぐらかす。
「そうだな、儂は、お前に謝らねばならんのかもしれん。憎むのであれば、運命を憎め」
*
「それで、結局、逃してしまったのかい」
「次は殺します」
「次じゃダメなんだ、次じゃ!」
珍しいことに、サリーがわたしを怒鳴りました。
「……どうせ、捕まえられなかった。彼の力は、強大です。なら、次の機会を用意する方がよっぽどいいと……」
「……そうじゃない、サファ。僕らは、兵士じゃない……!なんでも、戦って解決しようとするなっ」
「戦う以外で、どうしろっていうんですか!サカキバラに洗脳されて、もう助からないっていうのに。そういう人を救うための、法律じゃないんですか。そうじゃないなら、合法で、こんなにも簡単に人を殺せる法律が、あってたまりますか!」
「違う!市民を守るためだ!殺すための法じゃない!」
「……あなたが、今更そんなことを言いますかっ⁉︎」
今度は、わたしが激昂します。
……サリーが、魔王として何もしていないことは、わかっているはずなのに。
半身、ハーフリングのわたしが、理性を持てと呼びかけます。
半身、人間のわたしは、魔物の王は誰であっても恨まなければならぬと言います。
せめぎあい、互いに、わたしが、わたし同士で言い合う様。
「……言うさ。言わなきゃいけない。僕は僕としての責任を果たさなきゃいけない」
「あなたとして?」
「僕は、隊長だ」
サリーは宣言する。
「たとえ、僕の存在が間違っていても……」
「あなたの、存在は……っ」
「僕の命令は、聞け」
「……なら、せめて」
「せめて?」
わたしは、毅然として、それを心がけて、言います。
声は、震えていたでしょうが。
「わたし1人に、やらせてください」
*
数日後のことである。
街から大きく離れ、田舎らしい風景の広がるその地で、私は蠢く山を見た。
「……なんだ、あれ」
ただ何もできず立ち尽くすのみ。
真っ黒な、山。
その山を凝視すると、幾千、幾万もの魔物で成っていた。
黒く澱んだ、魔物たち。
「まさか、あれ、モーブか」
ゆっくりと、動いてゆく。
「あの先に、ポルポ王国がある」
イングヴァルは言った。
「……魔王が仕向けた、ようじゃ。ポルポの技術も、資源も、喉から手が出るほど欲しいじゃろうな。だが、どうしても、儂らは国を開くことはできん。もう、ポルポが戦争をすることは許されん。たとえ前線に出ずとも、戦争に加担するようなことがあってはならん……サキ、手伝ってはくれまいか」
「手伝うと言ったって、あれ相手に何を」
「あれがポルポに向かう前に、一匹残さず抹殺する」
と、答えられた。
「……王国へ案内はしよう。騙すような形になって悪かった。だが儂らには、お前の力が必要なのだ」
*
その山を通り過ぎ、ひとまずその存在は置いておき、後回しにしておき、王国を目指す。
あれから、イングヴァルは一言も発さない。
だだっぴろく、何もない原っぱを2人並んで歩くのみ。
しばらくいった先、廃れた城壁が現れた。
「あれは?」
「……昔の城壁。ただの遺跡じゃよ。気にしなくていい。王国はこの先だ」
そうして、それを乗り越えた先、唐突に森が現れた。
奥が見えない森。
「……妙」
足を踏み込みがたい暗い森。
……そうだ、私はこの森と同じ空気を知っている。
「サリバールの、あの、部屋だ」
ゼリルガンナを用いて作られた幻の……
「なあ、まさか、この森の先が?」
いいや違う…
「まさか、この森そのものが……!」
イングヴァルは答えない。
その代わり、暗闇の中へひとり歩んでゆく。
小さな人影が見えなくなったところで、私はいよいよ決心した。
*
何も見えない。
落ち葉を踏む音、その感触。
枝が袖を掠る音、その感触。
葉が風を擦る音、その感触。
視覚以外の感覚が、ゆっくりと、大いに私を襲った。
果たして、方向が合っているのか。
私がまともな魔力を持たないこと、こんなにも後悔したことはかつてなかった。
ふと、足が止まってしまった。
匂いがしない。
感覚に狂いが出てきた。
味覚も、触覚も、嗅覚も、あらゆる感覚がどこかへ消えてしまって、私は、完全な暗闇に閉じ込められた。
どこだ。
ここはどこだ。
私はどこだ。
……夢を見ている、ようだ。
道が、消えていく。
(……怖い?)
もう、逃れられそうにはなかった。
(私は、怖いと感じているのか)
ずう、と、体の芯が冷えるように錯覚した。
「……ああ、これが。安良汰や、サファが……サリバールが、いいや、サリーが味わった地獄か」
だが。
「私は、逃げないぞ……!」
手を伸ばす。
……違う、これは手じゃない。
何か、強い力。
スキルとも違う。
これは……魔力。
光が見えた。
……私が、見えた。
そして。
*
「ようこそ」
私を覗き込む、サファと同じような顔が見えた。
そして、青い空の絵が見えた。
城の天井のだった。
どうやら私は、気絶してしまっていたらしい。
「さ、サファ?」
「……いいえ。あの子じゃありませんわ」
彼女は、私に手を差し伸べる。
「私は、ダイア・クラウン・プリエ」
クラウン。プリエ。
聞いた言葉が並べられる。
「この国のプリンセスです。ようこそ、ポルポ王国へ」
今回はここまで。




