ちびっ子警官の暗闇探索:その5
命もないのに、その絵は苦しそうにした。
命もないのに、それ以上に、命を苦しめたのに、仮初の命で叫んだ。
びょう!
触手が僕めがけて飛んでくる。
それは、二方向からの斬撃で両断された。
マーキュリーと、スペランツァ。
「なァ、ガキンチョにやられてよォ、むしゃくしゃしてんだ」
「殺して、いいですよね。いいや、壊して…………いいですよね」
「まだ、待って」
僕は、ズカズカと、早足で寄る。
『GOAT』
山羊を模した盾を生み出すと、全力で、ぶん殴った。
大きな音を立てて、絵が壁から落ちる。
これを書いた画家さんに対して沸いた、ほんの少しの罪悪感を、心の隅に押しやりつつ、
「もう、いいよ」
と言う。
そして、2人が襲い掛かろうとした、
その時だった。
壁を突き破って、現れた影が二つ。
「……ヴァンパイアッ!」
「サファ……っ⁉︎」
まさしく、戦闘の真っ最中のようだった。
されど、ヴァンパイアが、狩りをしているように見えた。
と言うのも、サファの知性が、これっぽっちも感じ得ないのである。
ただ、動物のような。
スライムやら、低級の魔物のような。
「サファっ、サファ……!」
無用心に、スペランツァが立ち寄ろうとする。
警棒から黒の光刃は伸びてはいるが、構を完全に解いてしまい、もうすぐには切り込めない。
彼女は、戦闘中に、戦闘をする事を忘れてしまっていた。
失ってしまったと、そう思っていた相棒が、手に届くところにいるのだ。
無理もない、のかもしれない。
だが、致命的。
絵がひとりでに起き上がったかと思えば、恨みったらしい、憎き触手が、スペランツァへと襲いかかる。
「スペランツァ!前!」
僕が叫ぶが、きっと間に合わない。
慌てて彼女が構を取った時、もう1つの人影が、
……もっと、長くて、力強い斬撃が、
絵画を両断し、ヴァンパイアとサファの間を切り裂いた。
「サキッ!」
マーキュリーが、真っ先に反応した。
「RE……」
早希は唱える。
ただ一手では留まらぬ。
ただ一手では収まらぬ。
ただ一手では我慢ならぬ。
次の一手を、
確殺の一手を、
「……SET」
繰り出すために。
瞬間、空間がひしゃげるよう錯覚する。
いいや、実際にねじ曲がった。
斬撃に叩かれた絵画は、その一撃のみで、木っ端微塵に砕け散る。
一体、何発の斬撃を食らったのか。
一体、何回斬撃を繰り出したのか。
食われた人間を取り戻す、だとか、魔法陣から犯人を探す、とかを一切考えない、無慈悲な攻撃。
悲しいけれど、ヴァンパイアとサファを前にした僕らが、それに意識を向けている暇はなかった。
ギラリと、オリハルコン製の刀身が光る。
そして、彼女の額から、光る汗が滴る。
猫背で、型すら知らないようなその格好。
立っていることすら辛いのか。
オーバースキルは、きっと、まだ早希の体を蝕んでいる。
それでも、僕らは今、手を出せない。
本能が、そう言っている。
マーキュリーすら、動こうとしない、その輪の中に入ろうとしない。
化け物と、化け物と、化け物。
三人の中で、理性を失いつつある獣同士、拮抗が生まれていた。
三者、睨み合って、一歩も譲らず。
譲れず。
動けず。
だが1人、静寂を嫌うもの。
その空気を、読もうとしないもの。
夜の王が、静寂を嫌うものか。
本能で戦う者が、空気の流れを読まぬものか。
和の心を忘れ、ただ、今は、戦うことのみを考える、早希が、真っ先に動いた。
それは、ただ、手首を捻っただけ。
それなのに、衝撃波が生まれる。
2人が避けたと同時、
「……崩れたッ!」
スペランツァが、らしかぬ声で叫んだ。
スペランツァが飛び出したのを見て、僕とマーキュリーは彼女の援護に回った。
早希も察したようで、スペランツァを狙った攻撃を、反射的に切り裂いた。
彼女は、警棒の先に、黒い刀身を輝かせると、サファめがけて襲いかかる。
サファとスペランツアの2人を飲み込む勢いで、ヴァンパイアが魔法を繰り出す。
壁や床が隆起して、襲いかかる。
「ボル・エーヒガル!」
「ボル・アキュランッッ!」
炎と激流が、その壁を打ち砕く。
その先の抜け道に、スペランツァが飛び込んだ。
「ザン・アンブ・ヴェドルゴっ、スオラ・カレスドリ、グっ‼︎」
レベル4の魔法、最高速で、突っ込んでいく。
右手の剣で斬りかかろうとした時、影の鞭が、スペランツアを襲った。
スペランツァが剣で受け流そうとすると、黒い煙とともに、焦がすように剣が欠けて、スペランツァを掠めた。
命中した場所から、細く、煙が上がる。
魔力が、リジェクトで消されていくときの如く。
まるで、スペランツァが……魔力の集合体だと示すかのように。
「スペランツァ、防御」
早希が、ボソッと呟いた。
果たして聞こえたのか、だが、その気は感じ取ったのだろう。
「う、ウォル・アンブ・ヴェドルゴラ!」
強引に展開された黒く光る防壁のスレスレをゆくように、早希が拳を繰り出した。
それは直接殴ったわけではない、ただの衝撃である。
だが、それゆえに、魔法しか無条件に無効化できないリジェクトには、最高の一撃となった。
影の鞭の悉くが、砕け散った。
スペランツァの防壁にすら、ヒビが入った。
「行け。私はこっちをやる」
そして、もう一方の手で、ヴァンパイアの攻撃を受け止めた。
「三対一だ。さ、早く逃げろ。サファが追うから」
ヴァンパイアがゲートを唱え始めたところで、視線をスペランツァの方へ送る。
スペランツァの刃が、今まさに、サファに届くと言うところだった。
しかし、サファはそれを一瞬にして迎撃する。
リジェクトの刃。
物理攻撃の無力化は出来ずとも、リジェクトを物理化することはできる。
サファは、それで、彼女の腕ごと切り落とそうとした。
咄嗟にスペランツァが手を引くが、間に合わなかった警棒がぶった斬られる。
しかし、彼女の本命は、そこではない。
左手。
に、握られた、もう一本の警棒。
すでに式の組まれた、サファの警棒。
宿る魔法は。
「ぜリルガンナ」
コツン、と。
蚊も殺せないほどに弱い力で、サファの頭に警棒が当たった。
全くの、殺意のない、しかし、強い意志の宿った一撃。
「戻って、来て。応えて。お願い……サファっ‼︎‼︎」
今回はここまで。




