ちびっこ警官の暗闇探索:その4
「やめてよ、そういう話」
マーキュリーの話に、対して耳を貸す気はなかった。
閉館時間を少し過ぎてのことである。
「女の子が消えただって?まさか、そんな話。どうせ普通に、違う出口から抜けたんだろうさ」
「出入り口はここしかねえ。わざわざ確認した」
「じゃあ見逃したんでしょ」
「体のをちぎってそこらじゅうにはっつけてある。サファを見つけられないかと思ってやったが、どうだ、ガキの1人も見つけられねえ」
「君自身の問題じゃないのかい?」
「あ?」
マーキュリーの姿は見えないが、彼が僕を睨んでいることはわかった。
「それで。君は、それが。あの、子供が。消えたとでも?」
「そういうことだ。来たんだろ?報告が。人が消えているッつう報告」
「……確かに、言ってた。でも、僕らに任された仕事は、警備だけだよ」
「じゃあ何で、サキはお前に人が消えていることを伝えたんだ?……何なら、サキに伝えたヤツだって、なんか想いがあったんじゃねェのか」
マーキュリーは言った。
「やんちゃするのがお前らじゃねェのか。どうなんだ、第一小隊。無能な第一小隊。命令をを聞かない第一小隊」
*
「何で……うちも……」
「君だって第一小隊だ。スペランツァ巡査。最後の仕事に付き合ってくれよ。巡査部長命令」
「……了解」
2人揃って、きっと社会復帰は無理だろう。
そんなレベルの、違法行為。
それを、今、僕らは真っ暗な美術館でやっている。
建築物侵入罪、職権濫用、魔物生活保護法違反。
……それでも、守りたい人や、助けたい人がいた。
安良汰の気持ちが、サファを必死に守った彼の気持ちが初めてわかった気がした。
懐中電灯が、絵画や彫刻を照らす。
反射して、不気味に輝いてみせた。
「ここの絵は、作品は……向こう側の世界が来る前の作品ばかりなんですね」
「うん。魔物なんて一切写ってない、魔法だって使っていない。純粋な時代の産物だよ」
純粋な時代。
自分の言葉に、つい苦笑した。
「……僕は、この時代を知らない。君も、どうなんだろう、この時代の日本は知っているの?」
「知識としては……目で、見たことは、ありません」
「そう。サファだって知らない世界だ。早希ぐらいしか知らない。そうだ、僕らの中で、この時代を知っているのは早希だけだ」
「隊長が」
「……彼女にとって、この時代は、とても、大事なんだろうさ。彼女は……戦争で、肉親を失っている。僕ら、魔物が奪ってしまった。彼女自身の理性すら、僕らは一度、奪ってしまった」
化け物のような早希を思い出す。
安良汰と相対していた、あの少女。
「それでも。理性を失ったあの時も。あの時だって、早希は、ひとりで、世界から僕らを追い出そうとしていた。必死に、決死で、死に物狂い。僕らがいなくなったところで、もう前の生活なんて戻っちゃ来ないのに」
その時、僕は、ひとつ、とある絵が気にかかって、足を止めた。
スペランツァも気づいたようで、同じ絵を見た。
ほんの隙間にポツンとある、一枚の絵。
真っ黒な夜に、ぽかんと浮かぶ月、それの抽象画。
「それだけ、尊かったんだろうさ。あの時代が、早希にとって。この、絵の世界が、見たこともない世界が。大切でたまらなかった」
僕は、警棒を取り出す。
チップを挿入して、その先を見る。
「こんなの見たら、絶句するだろう。もしかしたら、そのまま、倒れちゃうかも」
ぐおん。
絵が。
……動いた。
「サリー!」
異変を知らせる、マーキュリーの声。
耳の中で響く。
だが、その言葉はもはやいらない。
勢いのまま、怒りのまま、床を変形させて、その絵を貫いた。
ウォル・リグ・ザン・ガズルゴバ。
言葉に出さぬ、詠唱。
「許せないな」
絵の奥、ずうっと深いところから血の匂いがする。
「お前、その汚い絵で、何人食った?」
*
さて、ネタバラシの時間だ。
だが、今回はあまりにも簡単。
動く絵画、という魔物がいる。
魔力を用いて動く、魔導士が描いた絵のことである。
それはすなわち、ただの作品だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
持ち主の意思に従い、ただ動くのみ。
最近では、新聞や雑誌に使われることが多い。
動く写実画を用いることで、より多く、効率的に情報を伝えることができる。
写真との両用が、今の基本だった。
おかげで、紙媒体の情報源の価値が激増。
同時に、魔鉱石を混ぜた特殊なインクの値段も跳ね上がっているらしい……が、今はそんなこと関係ない。
大事なのは、所有者が完全に手放した動く絵画はどうなるのか、だ。
先ほど挙げた雑誌や新聞だって、所有者ーー術者は、出版社にいる。
資格を持った者が必ずいなければならない、という決まりになっている。
美術館に飾られている絵だって、言わずもがな。
術者と、絵画の関係性……微量な魔力を送り、受け取る関係は、勝手に築かれるものだ。(魔鉱石を混ぜたインクの場合、自ら、インクから魔力を受容する。通常の絵画の場合は、紙の後ろに魔法陣を書く。画家が、常に少しずつ、魔力を送るのだ)
ただし、その関係を、意図的に断つこともできる。
簡単だ、通常通り魔力を摂取する事をやめろ、という命令を書き込むだけなのだから。
すると、どうなるか。
魔力を持ち、体を持つ「動く絵画」は、他人を襲う、魔物と化す。
正確には、魔物未満の、何者かになる。
人を襲い、その魔力で生きるのだ。
大食いの絵画なんかは、一週間に何人も食う。
まさに、今のように。
当然、違法だ。
言うまでもなく、やってはいけないことだ。
ただし、犯人の追跡が限りなく難しい殺人方法だった。
というのも、この場合、逮捕するのは魔法陣を改竄した者である。
画家自体に責任は一切ないのだ。
そして、魔法陣の改竄など、誰でもできる。
何なら、赤ん坊でもできる。
ゆえに、追うことは、何より難しい。
暗殺にも使われるような、姑息な手。
それを、美術館に置くという狂気。
誰かを狙って殺すものじゃない。
ただの、無差別殺人。
僕は、激怒していた。
非道な行いに。
そして、早希と、そして……安楽汰の誇りを汚したことに。
*
ずっと離れたところ、ビルの上。
サファは、居た。
リジェクトで生み出した黒い衣が、病院服を覆っている。
まるで、烏のようだった。
その後ろに、蝙蝠がいた。
いいや、蝙蝠のような魔物、否、人間だった。
リビングアーマーに、上書きされ尽くした存在。
それは命令か、それとも己の。
「久しぶり、婦警さん」
恐らくは後者。
彼は、仮面を外し、チョーカーに触れる。
装着された鎧は、殺意と、愛慕を宿す。
そして、そうして。
私が居た。
『B R A V E』
今回はここまで。




