ちびっこ警官の暗闇探索:その1
天井には大穴が開いていた。
影の残滓がくすぶっている。
人の呻き声すらも聞こえてくる。
残念なことに、この部屋は最上階ではない。
……何人か、巻き込まれたはずだ。
「サキ、行くぞォ」
マーキュリーは言った。
「ああ」
と、答えてリビングメイルを纏う。
「スペランツァ、待ってろ。ヘルネル先生、ここを頼みます」
「う、うん」
「待っ……てください、うちも」
スペランツァが立ち上がり言った。
「ダメだ、危険だよ」
「あのチップ、うちはよく、知っています」
「だったら、テメェが一番分かってんだろォが」
マーキュリーはそれ以上言わなかった。
そう言えば、スペランツァが引き下がることを知っていたようだ。
「サキ、オレのスキルを使って突撃する」
窓から覗いたその眼下に、サファらしきそれは蠢いていた。
ふと気づいて、彼に問うた。
「……スキルだって?」
「あァ、そうだ」
「魔物のお前が」
「こンなザマだが、元人間だぜ、オレ」
*
「はははははっ!ねえ、ねえサカキバラ、あいつやりやがった!あのちびっこ、飲みやがった!」
「サタン、オープンだ。行くぞ」
サタンことミュレイと仮面の青年、そしてサカキバラは、くらやみの前に立つ。
*
ちょうど乗用車が足をかすめるような高さに、サファは浮いていた。
道路の真上である。
人の目にさらされることは、あまり好まれたモノではない。
当然、マーキュリーも分かっている。
落下と共に、人払いを詠唱、着地と同時、発動。液体状になり道路に広がったマーキュリーが、車の間を縫って忍び寄る。
人々の意識は、すでにそこにない。
マーキュリーが槍を持ってサファの前へ躍り出たこと、それすら分かっていない。
サファは、目の前に槍が迫ってようやく、マーキュリーの存在を認めた。
虚に彼を見るその目は、まるで生者ではないよう。
次の瞬間、マーキュリーとサファとの間に漆黒の壁が出現した。
……防御じゃない!
そう思ったとき、その壁がバネのように縮む。
マーキュリーもそれに気がつき、何層もの盾を取り出した。
コンクリの中に、マーキュリーの半身が埋まる。
液体の彼が、埋まった。
幾重もの頑丈な盾が鉄くずとなり、最後の一枚がへこんだところで、攻撃は止まっている。
「魔物の特性も無視してくるのかよ、オイッ!」
リジェクトの性質は、「魔法無効」
通常魔法、結界、禁忌問わず、その全てを打ち消す。
かつて、安良汰の切り札として存在していたチップだった。
……切り札として残しておいた理由が、彼女を見ればよくわかる。
強すぎる。
だのに、制御しきれない。
もし万が一、自身の制御を失ったとき、どうしようもできない。
こんなもの、誰が好んで使うというのだろうか?
私も数えられるほどしか見ていない。
リビングアーマーのことだ。
彼はこれを忌み嫌っているように思えるほどだった。
それを今。
偶然か、必然か、奇しくもサファが装着している。
ただ純粋な、敵意を持って!
がゴン!
重い音がして、槍と漆黒の二刀が接触する。
槍から煙が上がる。
まるで、削りとられているかのように。
「……本物でも、壊されンのかよ‼︎」
ついに押し負けそうになると、マーキュリーは体をひねる。
勢い余ったサファが、剣とともに倒れ込んだ。
勢いを受け流したマーキュリーは、液状化し、サファの後ろへと回り込む。
「RE……」
唱えたはじめたその瞬間、血を吹き出して倒れた。
ーーマーキュリーが。
「……ヒキョウくせえ、なあオイッ‼︎」
目を凝らして初めて気がつく、微細な「くらやみ」が浮いていた。
「カウンターアタック」
サファが宣言する。
それは事実上の勝利宣言。
両手の剣、鎧、その全てを己の掌の中に集め、そして、解き放とうと……!
「SET‼︎」
叫ぶ‼︎
「⁉︎」
そして、同時、襲いかかる……!
「サファ。未来が見えても、対応できなきゃ意味ないだろう」
二歩、三歩、たったそれだけ、サファがたじろぐ。
とっさに距離を取ろうとしたのか。
背後に現れた私から、避けようと、する。
「“愛を」
鞘ごと振り下ろした剣は、サファの脳天を目指す。
「……捧ぐ者”‼︎」
お久しぶりです。




