ちびっこ警官の潜在意識:その5
「……10分」
スペランツァが、手元の時計を見て呟いた。
サリバールが呻き声をあげる。
ヘルネルの額を、冷や汗が伝った。
*
「しつこいッ‼︎」
襲いかかるゴーレムがまた、はじけとんだ。
穴から抜けてきたゴーレムを倒しながら進んでいた。
数こそ少ないが、キリがない。
ゴーレムを両断した。
もう疲労で狙いが定まらない今は、苦手な剣技の方がマシだった。
煙にその残骸が変質する前に、それを蹴って飛び出した。
執念深いゴーレムの追跡が、まだあった。
数、3。
距離……
「⁉︎近……ッ」
真横に突然現れたゴーレムに、殴りつけられた。
訂正。
数、4。
距離、ゼロ。
大きく弾き飛ばされ、穴へと一直線に飛んでいた軌道が逸れた。
脳が揺れて、視界がぶれる。
うっすらと、追ってくる一体のゴーレムが見えた。
(リビング……メイル)
『ERROR』
聞こえてきたのは、冷酷な機械音。
(なん……)
そこで、気がついた。
ただでさえ、2人でひとつのリビングメイルを使うと云う不安定な状況、その上、崩壊寸前の精神の中。
安定性を求めるリビングメイルが使えるものか。
「カイン!」
ゴーレムが、急加速した。
まるで、ユニコーンのような、加速。
『ready』
「……TURN!」
『GO!』
身を捩った。
弾丸のように一直線に跳ぶゴーレムは、肩をかすめる。
(腕、いっ……たッ!)
きっと、もう片腕は使えないだろう。
だが、それで結構。
『MOOB,reset MOOB!C H I M A I R A!!!!』
いつもよりもずっと長い、蛇の牙を模した爪が、ゴーレムを切り裂いた。
「装着……完了!」
全速力で、後の三体を追う。
穴を閉じられる前に、奴らを墜とす。
もう、穴を抜けられる精神はない。
*
サリバールの右腕がうねった。
……目を疑った。
複雑骨折は免れないような折れ曲がり方を、勝手にしたのだ。
「……精神と、現実の境界線が曖昧になってる」
ヘルネルは目を見開いて言った。
「何かあったんです!ヘルネルさん、すぐに引き上げてください!」
「待って……ください」
スペランツァだった。
「……まだ、戦ってます。みんな、まだ」
「死ぬぞ。そのみんなが死ぬんだぞ!このままだとッ‼︎」
「……です、けど」
「早希ちゃん」
口を挟んだのは、ヘルネル。
「……もう少し、待ってあげて」
*
もう引き上げてしまいたかった。
私、ヘルネルは思っていた。
限界の時間も近い。
精神も……そして肉体も、損傷が激しい。
それが、問題だった。
精神が、限りなく彼女の中枢に近づいている状態。
現実の世界が表ではなく、精神世界が表になってしまった状態。
無理やり引き上げること、それがなにより、恐ろしい。
もしかしたら、壊れてしまう可能性すらあった。
本当に、まずいとき。
たとえ壊れてしまっても、私は引き上げなければならない。
「いま」が、そのときだろう。
もう、彼らの精神は悲鳴を上げている。
だが、血塗れになりながらも敵を薙ぐ彼らの姿を……止めることが出来なかった。
(残念。医者、失格ね)
彼らの咆哮を目の当たりにして、止められるのなら。
きっと、私がだめになる。
*
最後の一体に槍が立つ。
影すら消えたのを認めると、それを闇へと投げ捨てた。
背後には、真黒な球体がある。
自分と同じほどの球体。
偶然にもそこに、マーキュリーの投げた槍が突き刺さっていた。
裏をとれば、すなわち、二重に禁忌を乗せて放った槍すらこれに敵わなかった、と云うことである。
「……サファの中心が、これ」
口に出して、まず疑った。
あの純真無垢なサファのこころの奥、こころの枢とは思えないほどに、くろく濁っていた。
左手の指先が触れた。
その時気づく。
「ーー僕今、無意識に……!」
手首まで引き込まれてしまっては、もう遅かった。
サファの精神に、呑まれてゆく。
最中、声を聞いた。
ーーオレは
ーーアタシは
ーーわたしは
三つの巨大な気配とともに。
*
引きずられるような錯覚があった。
……違う、錯覚じゃねえ。
「なにやった、サリー⁉︎」
断末魔のように叫び、意識が現に戻される。
*
リジェクト・チップが、掌の中でふわりと浮く。
次の瞬間、罅が入ったかと思えば、煙のように溶けて、サファの上に佇んだ。
……人の気配を、感じる。
「早希ちゃん⁉︎」
「なにもしてない!……なんだ。なにが起こってる⁉︎」
「ぶはぁッ!」
マーキュリーが、意識を取り戻した。
サリバールはまだ、目覚めぬまま……!
サファの口内に、するりするりと煙が入ってゆく。
次の瞬間、無数の剣が展開された。
部屋を突き破り、サファの姿が消える。
「なにやってんだ!オイ、サキ!」
「だから、私じゃない!」
「お前しかいねえんだよ、リジェクトのオリジナルを持ってるのは!」
「リジェクト……のオリジナル⁉︎」
『model……M E R C U R Y 』
マーキュリーが、リビングアーマーを纏う。
「オレでも、止められるかわからねぇ……魔王の力の一端だ、アレは!」
今回はここまで。
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