ちびっこ警官の潜在意識:その3
さあ困った。
私たちの本拠地のソファーに、極悪人が座る日が来るだなんて。
「あまり血気が多いと死ぬぜ、サキ」
「……黙れ」
あの屈辱的な敗北ののちに気遣われるがゆえ、さらに己が惨めに思うのだ。
「まあいい、私は負けた。死力を尽しても、及ばなかった」
「そうでもない。もう一手先がありゃ、危うかった」
「……リビングメイルを纏わなかったのにか」
マーキュリーは驚きの表情を見せた。
「オレ、言ってねぇよなァ?呪殻……リビングメイルが使えること」
「言わなくてもわかる。リビングメイル使いの、匂いがする」
「匂い、ねェ」
「いや雰囲気、禁忌の香り。わかるんじゃないか、お前にも」
「……サキ、オメェ、人間だよなァ?」
マーキュリーは奇妙なことを聞いた。
「まあいいかァ、聞くのも面倒だ」
結局、彼は目を逸らした。
「それで、嬢ちゃん」
「嬢ちゃん?」
「オメェの戦い方、好きだぜオレは。攻めて攻めて攻めて、一瞬気が緩んだところに、無理やりにでもねじ込む。オレはリビングメイルを纏わなかったんじゃねェ、纏えなかったんだ」
ただし、その手の内が切れたとき。
攻めきれなくなったとき、揺らぐ。
「ただ一撃のためだけに攻め……一撃必殺を狙い、だがもしそれが外れたときのこと、考えきれてねェ。もう一手、もう一手だ」
意外にもまともな指摘だった。
余計に、腹がたった。
「ああっ、もういい。また今度ぶっ殺す。また今度ぶっ殺すから、私はどっか行く」
「待ちなよ早希」
「魔術の基礎しか入っていない、使い方も知らないような私がいたところで、邪魔だろう。それに」
マーキュリーが顎であしらうようにした。
「……つもる話もあるだろうから」
「えっ」
「昔馴染み同士、仲良くやれよ」
早希がいなくなった部屋で、僕はマーキュリーを睨んだ。
「なんか言った?メディア」
「言っちゃあねえよ。サリー」
*
「それで」
「わぁってる、あのガキンチョのサルベージだろォ?」
マーキュリーことメディアは、頭を掻いた。
「無理だろ」
「やったことあるのかい?」
「ねぇから言ってんだ」
マーキュリーは背もたれに寄りかかって、脚を組んだ。
「オレは魔術士の中でも上のほうにいる。オレより上のやつなんてほとんどいない。そんなオレが、見たことも聞いたことも、当然やったこともないやつなんて、なァ」
或いは。
と付け足す。
「オマエが転生できた、奇術を教えてくれるなら別だが」
「教えるならわけないさ、できるかどうか、だ」
「あ?」
「ヒトが、魔力をもたないから魔法を使えないように、魔法を使うのには条件がある」
「結局、どうやるんだ」
「魔法じゃない」
「オイ」
「ヒント。僕の種族は?」
「種族?獣人だろ、キマイラの……ン、あァ、そか、だから前世も今世も。クソが、ヒキョウモノ。こちとら、おっかなびっくり生きてるってのによ」
「確かに。人を殺すのに自らは赴かない臆病者だった、君は」
過去を思い出し、言った。
「……まだ信用してねぇのか」
「もちろん。ふざけないでくれ」
頭の中では、自然と式が組み上がっていく。
「いつでもお前を殺す気でいるんだ、こっちは」
「……さすがだよ、オマエ。まだちゃんと魔王だ」
「嫌いだよ、その肩書」
「ま、そのチカラで悪いこたぁなにひとつしなかったんだ。すげえよオマエ。歴代で最良の……」
「ただすぐに殺されただけ……今の魔王に」
「そォか……なァ」
マーキュリーは苦笑した。
「もっと楽しい話しようぜ。勉強の話」
*
「どこまで試したんだ」
「……ゼリルガンナ。ヒール。それとインキュバスの呪殻」
「全て効果なしか」
「組み替え、組み合わせ。全部試した。二回、オーバーマジックを起こした」
マーキュリーに、その累積、術式の山を差し出した。
彼を信用した、一応、今は。
「サファの精神は、いま、崩壊している。精神として形作れていない」
「どう言う状態だ」
「呪殻。リビングアーマーを無理やり引き剥がした状態。力で、カインを解いた状態」
「……実感わかねぇな」
「植物の根を引きちぎった状態。体の半分を無理やり剥がした状態。君で言うなら、体に延々とエクレ・ヴェドルゴラを撃たれてる状態
「うわァ、いてェ」
「そこから復帰できていない。いたい、ですんでない死んでるんだ」
ハァ⁉︎
マーキュリーが身を乗り出して怒鳴る。
「バカヤロウ、ンな、治せるわけねェだろ!新しく作ることができても、失っちまったものは取り戻せねェんだぞ!」
「わかってる。だから、新しく作り直す……そのために、人手が足りない」
コンコン、ドアをノックする音があり、失礼しますと一声有って、ひとつ目の医者が部屋に入った。
「話は聞いてたぜー、盗み聞きだぜー」
おちゃらけた様子で、彼女は言った。
「この方はヘルネル先生。今回サポートに入ってくれてる……これだけ好き勝手禁忌が使えるのも、彼女のおかげだよ」
「…………」
「メディア?」
彼は、僕の襟元をぐいと引っ張った。
「な、なんだい」
「オレ嫌いなんだよ、こういう尻軽そうな女!」
今回はここまで。




