ちびっこ警官の潜在意識:その2
水は、原型が無いものだ。
体物質が聖水で構成されているウンディーネとて、例外では無い。
すなわち、物理的な攻撃は効かないに等しい。
サキの力任せの攻撃など、通用しないハズなのだ。
だのに。
「クッソ……痛えじゃねェかサキィッ‼︎」
なぜ、オレに、攻撃が通用した?
「……!結界!」
スペランツァが叫ぶ。
……結界。
それは、空間へと干渉する魔法。
個人、物質に対する干渉する、普段使われる魔法とはまた異なった特殊な魔法である……空間という確定されたものに、要素を付け加え曖昧なものにする魔法。
例えば、入ったものは出てくることのできない森に組み換えたり。
例えば、常に構造が変化するダンジョンだったり。
例えば……その場に存在しないはずのものを出現させたり。
この世界であったって、結界が存在するとされている。故に、こちら側の世界とむこう川の世界が存在するのだと。
当然、その結界を構成するには莫大な時間がかかる。行いたいことが複雑化すればするほど、二次方程式的に、作業時間は跳ね上がっていくものだ。
ただし、一度発動してしまえば、半永久的に稼働する結界。
壊すこともまた、難しいのである。
使用された結界は「物体が魔力を持つようにする」結界。「パターン化された空間を切り替える」結界も併用されているようだ。
極めて難解で、複雑な結界である。
「破壊は……きっと」
「やられたなァ。こっちの世界はもう、複雑な魔法は廃れたのかと……よゥし、スペランツァ。逃げろ」
「……え」
スペランツァは驚いて、オレを見る。
「”オープン“だ、穴でとっとと逃げやがれ」
穴、ことオープンは、唯一、結界に穴を開けられる魔法である。
言われる前から準備はしていたのだろう、穴がすぐさま展開する。
しかし、スペランツァは躊躇した。
隙が生まれた。
真っ二つになった弾丸が、頬をかすめた。
切ったのだ。
手元に、蒼い槍があった。
「邪魔だ」
戦慄するスペランツァが逃げるのも見ないうちに、槍を投擲した。
偽りの青空に、刺さる……罅がはしる。
『model……』
機械音声が聞こえた。
同時に、空間が切り替わる。
薄暗い、霧のかかった街並み……現代にはない、古ぼけた建物が並ぶ、都会の夜。
どろり、槍が融解する。
手繰り寄せ、手元にまた形をなした槍で……背後から迫りくる、その攻撃を、いなした。
『……A S S A S S I N ‼︎』
憎悪に満ちた、サキの顔が、目の前にあった。
「人間じゃ、ねぇな、オイ」
「黙れ。死ね」
サキのナイフが、オレの首筋を横切る。
完全に回避した、筈だった。
「‼︎」
首に、深い切り傷があった。
……速い。
オレの得物じゃ、不利だ。
だが、当然、引かせてはくれないだろう。
この肉薄した状況こそ、サキが作り出したかったものだろうから。
ならば。
「シェネ・アキュラン・リグ・ファマ・アキュラン」
一瞬止められれば、それでいい。
サキの腕に、背後から伸びた水の束がまとわりつく。
「……」
ほんの瞬間、サキが迷う。
何かをするには、あまりに短い時間……何かを考えるには、十分だった。
水の鎖がばらけたと思うと、濁流のように、サキの攻撃が押し寄せる。
(……直進)
その、一歩踏んだ、足元。
「今」
無数に伸びたのは、氷の剣!
がががが、音が連なる。
「……くっ」
何という。
サキは、全てをいなしてみせた。
サキ、尚も、前進!
「……」
暗殺者は霧に紛れる。
その気配が、一瞬にして消えた。
『model……S A M U R A I !!』
一瞬の殺気。
勝敗を定める。
「ーーーーはっ」
居合、引き抜かれた刀は、頚をはねた
……ように、見えただろう。
空中にある顔に、笑みが、貼り付いていた。
頸を切り離したのだ、オレが、自分で。
手応えがなく、硬直し、次の動きに移れぬサキは、いいや、そもそも、敗北の確定したサキは。
「くそったれ」
刀を手放した。
瞬間、無数の矛先が、サキの肌を切り裂いた。
空間から、突如として現れたのだ、それが。
なに、難しいことじゃない。
オレは、水だ。
気体にだってなれちまう。
サキが血を吹き出して、ばたりと倒れた。
「それで……」
きっと、見ているであろうもうひとりに、視線を送った。
「どうすンだ、オイ」
今回はここまで。




