ちびっこ警官の潜在意識:その1
サファは、まだ、目覚めてない。
「植物状態か……もしくはそれに近い状態」
ヘルネルさんは言う。
こんな短いスパンで来るなんて、よっぽどここが好きなんだね。
笑って言うけど、瞳の中に、光がなかった。
「……すみません、何度も」
隊長の声が、病室の向こうから聞こえる。
「オメェは、行かなくていいのか?アイツのバディなんだろォ?」
「いい……よ。うちには……そんな資格、ないから」
「資格ねぇ」
よほどおかしかったようで、師匠は……マーキュリーは、声高らかに笑う。
「ヒトは、オレみてぇな妖精と違って、あっさり死ぬぞ」
「きっと、絶対。サファは、帰ってくる」
「手遅れになってもしらねェぞぉ〜?」
胸の奥が、ちくり、痛んだ。
手遅れになってしまったんだ、もう。
もしかしたら、目覚めないかもしれない。
……うちに、何ができるわけでもないのに。
あの時も、何もできなかったのに。
無謀に、無望に、心配だけをしている自分が、心の底から嫌いだった。
*
病室から出て、さっそく目に入ったやつの姿。
「……なぜここにいる。マーキュリー」
憎っくき宿敵が、そこにいた。
……部下の隣に。
「お前もだ。スペランツァ。まさか、こいつといたのか」
スペランツァは、申し訳なさげに、こくりとうなずいた。
反省する気持ちがあるだけ結構。
……だが。
「隣にいるやつは、仲間を殺したやつだ。そこから、離れろ」
今にでも首を飛ばしてしまいたい。
すぐに拳銃を抜ける位置に、手があった。
……スペランツァは、一向に、その場から退こうとしない。
「……早く」
「退きません……彼の主張を、聞いてから」
「早く‼︎」
「ねぇちゃん、ここ、病院だぜぇ」
なんということだ、マーキュリーに戒められたではないか。
「静かにした方が、いいだろォ?」
ニヤついた顔に、煽られた。
「主張とやらは、なんだ」
「協力してやる」
「……今、なんと?」
「協力してやるっつってんだよ」
まさか、冗談か。
背の高いマーキュリー、立つと、私が見上げる形になる。
にやけ顔が、実に、腹立たしい。
もう。
「……すまない、サリバール。私はもう、限界だ」
視線を切って、細い通路を行く。
「ついてこい」
それだけ言って。
*
自動ドアをくぐった。
喧騒が出迎える。
人の波は止むことを知らない。
まさか、過去、ここが最前線だっただなんて、誰も思わないだろう。
まさか、オレみたいな危険な存在がここにいるということも。
まるで、何かを隠しているように、街は在った。
「それでよぉ……」
足を止めた警察のネェちゃんに声をかける。
確か、サキと言ったか?
「サキよぉ。こんなヘッタクソな魔法使ってまで、オレを殺してぇのかァ?」
地面にかかとを、こつん、と打ちつけただけ。
不自然に、コンクリートにヒビが入る。
亀裂は広がり、空間すら砕く。
霧散した幻想の向こうに、無機質な、だだっ広い立方体の空間が現れた。
「……ゼリルガンナの、劣化かぁ?」
「法に納めるのが、大変だった」
サキは振り返る。
「そうだ、ここは、法がある。魔物の法よりも、ずっと強制力の強い、法だ。ならば私は、法に従おう……マーキュリー、お前を、殺す」
ごうんと、空間が動く。
『model……H U N T E R ‼︎』
「‼︎“ウォル・ヴェドルゴ・アンブ”‼︎」
ちょうど、心臓の位置。
それを覆う、紫苑色の盾。
いつのまにか呪殻を装着したサキの、持つ、猟銃から放たれた銃弾が命中した。
「……スペランツァ、なぜ、かばう」
「この人は……強い。それが、戦力になるんです。どうか、受け入れて……」
「……殺人鬼を仲間にしろっていうのか⁉︎家族を一つ、私たちの仲間を一人、殺したんだぞ⁉︎」
「……っ」
「もういい……もういい!お前ごと、撃つ!」
放たれた銃弾は、盾を砕く。
銃弾にも、スキルを乗せられるようだ……貫通した弾が、スペランツァの頬を裂いた。
「おぞましいなァ、愛を捧ぐ者とやら……!」
“ボル・アキュラン”
唱えると、体の周りに幾つかの水の玉が生成される。
雑にばらまいても、どうせ一発は当たるだろう。
「その細っこい鉄砲ひとつで、どこまでやれるかなァ‼︎」
解き放つ。
……しかし、水球は、まるで水風船のようにあっさりと防がれてしまった。
防いだのは、盾や、壁や、そう言った物ではなかった。
ただの木が、防御したのだ。
「ーー“ゼリルガンナ”?あァン?違うな」
その作用は……スキル、“世を成す物”に近い。
場がねじ曲がり、そこにあるはずのないものが形成さえれていたのだ。
「そうか、サキのチップ……」
気付く頃には、周りはもう森だった。
「……こりゃすげェ」
真っ暗な森。
「スキルと混ぜた魔術……空間自体を呪殻化させてるな」
「ご名答」
姿は見えないが、サキの声がする。
「油断していると、死にかねないぞ、マーキュリー」
バスん、と、発砲音がして。
オレの顎が、撃ち抜かれた。
お久しぶりです。




