天敵がやってくる:part3
「……っあ、最悪」
サファは頭を抱えた。
大声で、“プリエ”と呼ばれたこと。
それは、彼女の素性が、この署全員に割れたことになる。
向こうの世界の住人には、名前の後に、職業を示す言葉を入れる文化がある。
相手への敬意、信用を表すとして、定着したもののようだ。
故に、これを偽ることは、マナーとしてあり得ないことである。
プリンセスを表すプリエ、それが大声で呼ばれて仕舞えば。
まあ仮に、冗談だったとしても、その後ずっといじられる材料になるだろうな、とも思う。
まず、その後があるかどうか、だが。
「……どっかの月の姫君を思い出すな」
「本物のお姫様なんだけどね」
「うん、それもそうだな」
早希とサリーが、楽しげに笑っている。
その間も、怒鳴り声がガラス越しに聞こえていた。
「……隊長、リビングメイルの使用許可をください。追い返してきます」
「おおっと、サファ。罪のない民間人に対して、武力行使するつもりか?」
「罪のない?」
「そうだろう?“オープン”は合法だ」
「……でも」
その時、リザードマンの男が飛び込んできた。
確か……第二小隊隊長の、エヴゲ・オカトフだったか。
「桐上隊長!黙らせてこい!あれはお前の隊員の……」
「オカトフ隊長、ちょっとこちらへ」
「ら、ランドゲル巡査部長?」
エヴゲから隠すようにグーサインを出して、サリーはネヴゲと共に部屋の外に出る。
「……あのな。なんでも1人で解決しようとするんじゃない。なんのために私たちがいる?」
「でも、だって」
「だってじゃない。ちょっとぐらい頼れ。お前が何者でも、私たちは仲間だろう。なに、うちはブラックだからな、帰省なんてさせるわけない」
そう言って、早希は行ってしまう。
おいおい、話が違うなあ、サファ?
問いかけると、サファは、小さな声で、
「……しんしゃ。わたしたちも、いきましょう」
了解。
言い終わる前に、サファは駆け出していた。
*
「サファ・クラウンを出すのだ、疾く!」
「落ち着いてください、お爺さん!」
「ダメだ、力が強すぎる!」
「どけぇぇぇぇぇっ……」
何人もの大人が、警官が、必死に止めに行っても、ハーフリングの怪力は止まらない。
軽く叩いたでコンクリートが木っ端微塵になるような力。
押さえ込む警官の一部は、リビングメイルの使用すら考えているようだった。
意を決して、前に進む。
と、同時に、老人が人の壁を打ち破って飛び出してきた。
弾丸のように、彼は直進する。
「……愛を捧ぐ者」
正面に立った私を押し飛ばすがため、突進する彼の肩を、両手で押し止めた。
老人が驚愕の顔を浮かべる。
「失礼」
「何奴⁉︎」
「失礼と言った。貴方は、ポルポ王国の?」
「‼︎いかにも」
老人は立ち直し、胸を張って名乗りを上げた。
「我はポルポ宮廷騎士団参謀。イングヴァル・サーフェン・クラッサ‼︎」
「御引取願いたい」
「なんですと⁉︎」
別に、こいつの立場や名前など、興味はなかった。
ただの、はた迷惑な老人に過ぎないのだから。
「私は、サキ・キリガミ・フェイア。サファ・クラウン・フェイアの上司です」
「お前の名前なぞ聞いとらん。サファ様を出しなさい!」
「目的を」
怒鳴る老人を諫めるように、互いに知識人として取引するように。
「……お教えください。内容によっては一考しましょう」
冷静に、冷徹に、対応しなければならない。
「場合によっては……こちらの法に従い、逮捕させていただきます」
「なんだと」
「個人の自由を尊重するのが、日本という地の鉄則です。ご存知ないですか」
「知ったものか。直ちに、サファ様を出せ。さもなくば……」
イングヴァルは、腰の剣を引き抜く。
きらり、と、その小さな体格に見合った細い剣身が輝いた。
「……それが、回答ですか」
答えはなかった。
それどころか、老人は構えをとる。
周囲で見守っていた警官が、ざわついた。
「もう一度だけ、警告します。御引取願います。サファは、貴方がたの元へ戻ることは、望んでいません」
「貴様らの事情なぞ‼︎ポルポ王国には全く関係ないのだよ‼︎死にたくなければ、疾く!」
構えが、より研ぎ澄まされたものになってゆく。
今にも斬り込みそうなその姿勢。
こいつの態度から察するに、いざそうなれば躊躇はしないだろう。
「貴方がたの地位は、地に落ちますよ」
「他国の評判は関係ない!」
「……本当に、よろしいのですね?」
「くどい!ここまで儂をイラつかせたのは貴様が初めてだ!今にも、そのこうべ、落としてやろう!」
「早希!」
サリバールの声が、聞こえた。
同時、イングヴァルが駆け出した。
力一杯、こもった跳躍のような一歩は、その小柄も相まって、まさしく、ひとすじの矢のようであった。
サリバールは、手に持っていた剣を投擲した。
それは、抜くのもおぞましいような、名刀。
魔法が乗せられた剣は、凄まじい勢いで接近する。
片手で受け止め、鞘を腰に当て、柄を握りしめる。
すう、と小さく呼吸をする。
時間の進みが、遅く思えた。
剣を、抜いた。
イングヴァルが、ほんの一瞬止まった。
それは、決して大きな隙ではない。
ただ、十分すぎる隙だった。
二度、すくい上げた。
交差する頃には、イングヴァルも短剣が、三つに折られていた。
「……はっ」
剣を、収める。
「……それ、居合する剣じゃないでしょ、早希」
「さあな、私は知らん。さて」
帯刀したまま、老人のもとへ寄った。
「まだ、やるか」
もはや、敵としてしか見ていなかった。
「……貴様、儂の剣を斬ったな……‼︎ただの剣ではあるまい……魔導合金だな、その剣!」
「拾い物だ。詳細はわからんが……だが、貴国で作られたものだろう」
ほんの少し、剣を抜いた。
……そこには、「騎士団長様へ、ポルポ一番の鍛治屋が贈る」、と。
「……さて、どうだ。そろそろ、退いてはくれないか。私も、貴方の首まで落としたくはない」
「……サファ様がいらっしゃるまで、退けん」
「います!ここにいます‼︎」
サファが割り込んでくる。
小声で、「今からすることは、身内の喧嘩なので、なかったことにしてください」と言って。
「……サファ様!」
「あなたがイングヴァルさんですね?帰ってください。ついでに、おじいさまにふざけるな伝えてください」
「し、しかし」
「もし通じなかったら、こうしてください」
サファは、イングヴァルに飛びかかった。
へ、と、情けない声を上げる老人。
サファの拳が、彼の鎧を突き破っていた。
イングヴァルがかっ飛ぶ。
目を回す彼に、サファは、普段の彼女とは似つかぬ口調で、強く言い放った。
「……もういい加減諦めろ!迷惑なんだよ‼︎一回も会ってないくせに‼︎」
*
「結局。原因は親か。親の、駆け落ちか」
「駆け落ちしたプリンセス、その娘。政治に利用されるのが怖い、だから奪い返しに来た……なるほどね」
これは、勝手な推察に過ぎない。
解答を与えてくれる人物は、この場にいなかった。
サファは仕事をさっさと済ませると定時で帰ってしまった。
今頃、スペランツァを探しているのかもしれない。
もしくは、ショックで黄昏てるかも。
だが、そんなサファが、一言だけ、親が駆け落ちしたと言い残した。
「……全く、傍迷惑な親だ」
「それ以上に、迷惑なおじいさんだね」
「どうするんだ、あいつを政治に使うのか?」
「まさか。父上には秘密にするさ」
まあきっと、すぐにバレるだろうけど。
*
止まない静寂の帰り道。
よかったのか、サファはあれで。
しんしゃは言います。
「ええ、もちろん。あんなの、わたしには関係のない話ですから」
それでも、やっぱり、悔しいんじゃないのか。
「悔しいも何も。最後の最後まで名前を捨てきれなかったことで親を恨んだことはありますが、自分の名前を恨んだことはありませんよ。結局、わたしは親に似てしまったんです」
クラウン、ってかっこいいですし。
と、付け足します。
しんしゃは呆れたように、ため息をつきました。
聞かなかったことにして、からっぽの大通りを通るタクシーを止めようと手を振ります。
まったく、また、奴らが来たらどうするんだ。
しんしゃは問います。
「また来たときは、同じようにするだけです。いっそのこと、こじつけて捕まえちゃいましょうか。わたし、プリンセスじゃありませんもん」
なかなか、タクシーがつかまりません。
犯人を捕まえられても、小さすぎるのでしょうか、誰も通ってくれません。
まあ、いつかは止まってくれるでしょう。
だって、誰もいないんですもん。
車の一つすら、ひとっこ1人……
……いないん、です、から?
「サファ、変われ!」
右に跳んで!
「分かってる‼︎」
その場から飛び退いた瞬間、地面が針状になり、襲いかかりました!
『ready……』
「ォォォオオオオオッ‼︎」
『GO』
わたしの体を乗っとったしんしゃが、ランスで全ての針を叩き折りました。
地面についたとき、ようやくリビングメイルが装着されます。
『model……U N I C O R N』
「……ちっ、“ゼリルガンナ”に、世を成す者。サカキバラか」
「ご名答」
三つの穴が、現れます。
その中から、人影が。
サカキバラ、記録にあった、仮面のヴァンプ、そして……ミュレイ・シンナ。
「……やはり、そこについたか、ミュレイ!」
「残念、ボクはサタンだ。勇者」
もはや乗っ取られ、ミュレイとしての人格は残っていないようでした。
……純粋なミュレイ自身は、知らないのですけど。
しんしゃ、3、2、1で回避してください。
わたしは未来を見て、警告しました。
次の瞬間には、串刺しになっている未来が見えたからです。
しんしゃはわかった、と、言って、回避行動に移ろうとします。
そして、跳躍を試みようとしたそのとき。
ヴァンパイアの彼が、仮面を外しました。
あなたは!
見覚えのある人物が、仮面の下から現れたのです。
何より驚いたのは……体が動かないこと。
「駆逐する者……」
しんしゃの呟きを聞いた後、お腹に、熱が走りました。
コンクリートの、無数の槍に、貫かれたのです。
わたし、こういう時、悲鳴を上げるものかと思ってました。
案外できないものですね、いや、違いますか、肺も声帯も貫かれてしまっているから……
何故生きているのでしょうか、不思議でなりません。
ああ、そうか、しんしゃのスキルか。
こんなにしんしゃのスキルを使い続けたら、わたし、しんしゃのこと忘れちゃうかも。
わたしと一体化したしんしゃ、忘れちゃったら、自分のことも忘れるのかしら。
危機的状況なはずなのに、頭が妙に回ります。
走馬灯のようなものなのでしょうか。
「あっけないな、ミズ・チーター」
チーター?
なんのことでしょうか。
「そのチカラ、もらい受ける」
その時、しんしゃが口を動かしました。
それは、バーカ、と言っているようで。
槍がもう一本、口内に飛んできました。
鎧が木っ端微塵に砕けます。
「……馬鹿な真似は寄せ。苦しいだけだ」
まるで、介錯人のように、あくまでも優しく、サカキバラは言います。
そして、槍に刺され宙に浮くわたしに、手を伸ばしました。
手には、小さなチップが、握られてました。
触れた瞬間、ぐるん、世界が回りました。
身を引き裂くような凄まじい痛みが、わたしたちを襲います。
声にできない絶叫でした。
……しんしゃが、遠のいていくようで。
彼女は
“ヒール・ディレア・ドーラン”
と、唱えて。
ふと気がつくと、彼女の気配がありません。
……しんしゃ?
呼びかけても、応じません。
「もう解放してやれ」
そう聞こえた途端、体が落下しました。
ぐちゃり、と、血の水たまりに落下しました。
一秒。
彼らが、去ろうとします。
二秒。
わたしの、大事な、忘れちゃいけない友人を、相棒を、連れて。
三秒。
「しんしゃを……返せッ‼︎」
傷は、すべて、消えてました。
魔力もありました。
技術だって、スキルだって、あなたに教わったんです。
なのに、なんで、遠くなる?
ありったけの力で、魔力の刃を精製した時には、奴らはいなくなってました。
……さあ、わたしに残っているものを確認しましょうか。
家族?
相棒?
……仲間?
きっと、もう、わたしには。
*
「……っチィ!遅かった‼︎スペランツァ、クラウンを‼︎」
「わ、わかりまし……た!」
「目を覚ませ救世主!オレァ、まだ真っ当に挨拶もしてねぇぞ!」
今回はここまで。




