心の深く、獣の思考:part6
インキュバス・チップ。
夢魔の名を冠するアイテムではあるけれども、その効果は単純。
夢を操作する、それだけだった。
別に、そっち系の夢にするわけではない。
夢魔の能力とて、他の使い道はある。
……とは言っても、ただ、僕のストレス発散に使っているだけだった。
リビングメイルを纏わない、つまり魔力消費の少ないそれは、実に心地の良い眠りを届けてくれる。
夢というものは、脳の奥底、思考が気づかせようと思っていることを知らせてくれる……体の調子、気分、ある時は事件の真相まで。
自分自身の思考に大きく影響されているとも言える。
当然だろう。
夢に他人が干渉する事は許されない。
自分の世界だけで完結する、知的で端的で詩的で、そんな不思議な世界こそ、夢なのだ。
……ただし、これは……使用者だけの夢を操れるわけではない。
インキュバスと同じ夢魔、サキュバスだって、同じだ。
すなわち……あの、人格崩壊は。
夢という思考の根底の破壊であり。
人を獣に貶す、魔の所業だと……
……どんぴしゃり。
「やぁ、どうだ、満腹かい?」
「……全く?まーだ、食べたりないワ♪」
*
ぐちゃぐちゃの、混ざり合った夢だった。
誰の思考だ。
誰の夢だ。
少なくとも、僕の夢ではなかった。
見も知らぬ、思考とキオクの墓場。
残滓。
……夢の中で惨死、した、男たちの。
「さぁて、逮捕状……が、ここにないんだっけ」
「あら、欲動のままに生きることがダメなのかしら」
「君らの常識と、法を同列に並べないでくれよ……で、当然、逮捕することになる。抵抗しないでくれよ」
「怖いの?」
サキュバスは、有無を言わさず、無数の魔法を解き放った。
全てが……異なる魔法。
一人では到底不可の上であろうが、ここは夢の中。
現実ではない……理想で生きる地。
なんでもありだ。
ファンシーな大爆発。
どんちゃん騒ぎ。
賑やかで、幸福で不運な笑い声が、連なった。
まるで、戦闘が始まったとは思えないような、軽い雰囲気。
「……アタシの夢は、奪わせないんだから♪」
余裕そうに、嘲笑った。
だから。
「じゃ、やり方を変えさせてもらうよ」
非常に、やりやすかった。
「は?」
突き抜けた、蛇の牙を、彼女は呆然と眺めていた。
次の瞬間、蜃気楼のように消え……また、現れて、魔法を降らせる。
同じことだ。
今度は、マグナムで撃ち抜いてやった。
「ああ、言い忘れたね……カウンター・アタック」
それは、魔術士同士の、戦いの合図。
手紙のような、魔法を伴う会話で……「自分はお前よりも強い」、そう宣言されるような、屈辱的なものであった。
なぜならこれは……相手の魔法を完封するときに使われる、言葉なのだから。
「あは、はぁ?アタシの夢で……粋がるなッ‼︎」
サキュバスが、細切れになって、散った。
一つ一つが、形を成し……再び砕けては、増殖する。
「「「……死ねっ♪」」」
次こそは逃がさない、そんな執念が透けて見えるような、魔法の雨が降り注いだ。
「「「生き残ったら、見逃してやんよ……なーんちゃって、生きてるわけ……」」」
ドゴン‼︎
……重く、響いた。
「……“ヴォルカリス”」
唱えただけ、で、サキュバスの分身、その大半が蒸発する。
身を守った四枚の盾を除け、驚愕し絶望するサキュバスに対抗するように、告げた。
「一撃でも当てられたら……見逃してあげるよ?」
すでに、目的は……悪夢の破壊に成っていた。
*
「……いな……い……」
2時間ほど探し回った。
声も聞こえなければ、影も見えない。
全力で魔力探知をかけたところで、予感すら無い。
……いっそ、推理を外したんじゃないかと思うほどだった。
(……まだ、諦めちゃだめ)
そうだ、見返してやるんだと、再び腹を決めて、探し出そうとした。
その時、導かれるような、声がした。
ふらふらと、心の深くに刺さる声に……呼ばれて。
気づくと、そこは、暗い暗い、路地裏。
灯りの一つすら、ない。
足元を、毛むくじゃらが横切った。
無意識だった。
……なぜ、ここに向かったのかすら、わからなかった。
「よォ」
と、だけ、声がした。
現れたのは……ズタボロの、ウンディーネの男。
「対洗脳の防護を張ってやがったなァ、テメェ。まだまだ、あめぇ。もっと、きちっと締めねえと、上手いこと動かねぇぜ」
「……お前は……!」
「ひっさしぶりィ」
彼は、にやりと笑った。
「魔王軍幹部がひとり、マーキュリー。ただいま参上」
今回はここまで。




