メガネ警官の暴走救助:Second
「ウィンカー、遅い」
我わが麗しい上司様、桐上巡査部長は、何度目になるかわからないことを口うるさく言う。
最初は現場に着くまでに何度言われるか数えていたのだが、両手で数えきれなくなった時点でばかばかしくなって、数えるのをやめていた。
これでも俺は、必死に練習したのだ。それでも……
「左右確認怠るな」
「ハンドル振りすぎ」
「車間狭い」
「左右確認!」
このざまである。
最初と最後、同じことを言われているように見えるが、俺の名誉のために言っておくと、決して忘れたわけではない。決して。
「忘れたよな?」
「……はい」
さすがに上司様には隠し通せなかったようである。
でも、と俺は続ける。
「周りだってそこらへんがばがばじゃないですか。俺らが守る必要って、あります?」
「甘い。十年前と違って、ルールが抜けてるところがあるんだ、手本が必要だろう。お前自身が、警察官という見本である自覚を持て」
真っ当な返事と説教が返ってきたことで、しょうがなく身を引くが……。
「でも半分は私怨だな。あの純白の報告書の」
「ひどい理由ですね⁈」
そんな楽しいおしゃべりも、現場に着いたとたん黙ることになる。
それは、仕事だからという理由だけでなく……その場の惨状に絶句したからであった。
現場は狭い裏路地であり、どこか魅力的な、そんな裏路地であり、特筆して言うものもない、そんなところだったが。
そこに。
死体が転がっていたわけでもない、血で文字が書かれていたわけでもない。
ただ、その光景は気分を害するには充分であった。
奥の、黄ばんだ壁のすぐ傍。
そこには、異様にきれいにたたまれた服と、整えられた靴が……それも、子供のものがそこにあった。
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「……どう、思う」
苦虫を嚙み潰したような顔の、桐上巡査部長が問いかけた。
それに対し、俺は。
「最悪の気分ですよ……吐き気がします」
ありきたりな返答しかできなかった。
それもそうだ。こんな状況では、まともな返答をするだけで精神をすり減らす。むしろ、返すことのできた自分に、賞賛を送りたいほどであった。
「これでは……被害者の生存は絶望的か」
クソ、と彼女は吐き出した。
珍しく取り乱した、上司の姿に心が痛む。
こんな時、なにか気の利いた言葉をかけられない俺が情けなかった。
それでもなお……覚悟を決め込む姿勢はさすがといったところか。
彼女が一つ、合図として手招きすると、そのすぐ近くにいた竜人-リザードマン、と呼ばれる種族の魔物であるーが寄ってきた。
「現在の状況を」
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「昨日の午前三時ごろ、男性が一人行方不明になったとの通報がありました。
通報は彼の妻という魔物から……彼女の話では二日前から連絡が取れなくなっていたとのことです。
夫婦間のいざこざの類だろうと高をくくっていたのですが、目撃情報を集めていたところ、不審な点があったのです」
「この裏路地で消えた、と証言があったと?」
「はい。目撃者の大半が、ほとんど同じ内容を語りました。
念のため、そこの防犯カメラを漁ってみたところ……ドンピシャですよ。被害男性と同じ特徴を持った男が、この裏路地に入り込むところがばっちり映ってました。それだけでなく……魔物と人間の子供が一人ずつ、この裏路地に入るところが映っていて……逆に出てくるところは映ってませんでした」
「で、その衣服は?」
「これは……おそらく被害者の衣服でしょう。特徴が一致してます。また……いつここに置かれたかですが、ありえない話だと思われるかもしれませんが、一瞬、ほんの一瞬目を離したすきに置かれていました。そして、この衣服から……」
「魔力反応が検出されました」
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「この事件」
俺は……おそらくこの場の全員がわかってることを再確認する。
「確実に……魔物が’穴’を開きましたよね」
ここまでは、とても簡単な話であった。
魔力反応が物に残るほど、強い魔法はあまりない。
その上、この状況と合わせると、穴が開いたとしか考えられなかった。
しかし、問題は……。
「この街に、そんな魔物がいるなんて……」
ありえない、と続けた。
穴を開くためには、どんなサイズであろうと莫大な魔力が必要となる。そのため、そんな魔力を持つ魔物が起こした事件であるのは確実であった。
それはつまり、この街の人々……いや、魔物も含めた全ての住人に、害が及ぶ可能性があることを示唆していた。
「だが、穴を開けるほど、魔力の強い人間なんていない。たとえ小規模でも、人間にこの反応は無理だろうな」
最後は、桐上巡査部長が補足を、それも絶望的なことを付け足した。
「何が、大したことないですか」
大したことない事件、などではなかった。少なくとも、こいつは。
「とんでもない大事になりますよ……!」
今回はここまで




