心の深く、獣の思考:part5
サイレンが、煩く、響いていた。
「……結局、あったのは、被害者のなれ果てだけ、か」
天を仰ぎ見る。
鉄の匂いが、鼻腔をついた。
*
「使用された魔法は、ザンクルーズ、ゼリルガンナ、ツァクラオ、そして、オープンです」
それは、紛れもない、戦闘の証拠だった。
「……放火がどうこう、いってる場合じゃなくなっちゃったねぇ」
ひとまず、離脱を果たした僕たち第一小隊は、星や街明かりが灯り始めた頃ようやく署に戻ることができた。
ようやく突っ立ってるだけの職務から解放されたとも思ったが……全く持って、それは違った。
サカキバラの追跡。
普段行っていることを、第二小隊の管轄下で、僕らはやる羽目になったのだ。
「サファがいるならまだしも……二人しかいないからねえ、スペランツァ巡査。オープンが使われたんじゃ、追えないか」
「いったい、なんで……戦闘をしたんでしょうか」
「いざこざじゃない?ほら、ミュレイ……サタンとか、まだ、野放しだろう?」
論ずるべきは、そこじゃあない。
「……追えないよねぇ、サカキバラ」
せっかくの手がかりも、オープンを使われては、意味をなさない。
僕らの追跡術は、常人を基準としたものばかりだ。
そもそもそれらは必要ないはずだった。
スキルで追跡ができるサファの存在があったからだ。
だが……彼女は、ここにはいない。
「サカキバラ用の追跡術、ないかな」
「魔力追跡、かけて……みます?」
「僕らがあっさり組めた逆探知を、サカキバラが組めてないわけないだろう?向こうの世界から狙撃されちゃ、たまらないよ」
たとえリスクを伴うものでも行動すべきだと、先人は言った。
だが、命と仕事を天秤にかけた時、どっちが大事なんだろうか。
「……サファに連絡してみようか」
ものの見事に八方塞がりになってしまい、ずるずると時間が過ぎていった。
早希がいれば、きっとこうはならないだろうに。
繋がらない電話が、忌々しくすら感じた。
「……はぁ、なんか、なぁ」
「……休憩しましょうか。そうだ、あの話の続きをしましょう。放火の話」
「君も、板についてきたね」
「?」
「いいや、なんでもないさ」
「それで……サリバール巡査部長」
身を乗り出してまで強気に、スペランツァは断言した。
「やっぱり、セイレーンの類だと思うんです。マーメイドとか」
確かなこと、あのラインナップの中で最も可能性が高いのは、それだった。
……抑制された「誘惑」という行為への誘惑。
食事ともつながるそれに負けて仕舞えば、堕ちかねない。
「特に……あの種の凶器は、歌、です。証拠が残りにくい」
「確かにね……でも、どうだろう。何かしら、目撃者がいるかもしれない。それに、聞いたものがすぐさま錯乱するような歌なんだ、同時多発的な犯行になるかもね」
「……ちなみに、巡査部長はまだ……サキュバスだって思ってるんですか」
不信がったふうだった。
「……ま、種の存続っていう欲望は誰にでもあるからね。魔物だって、例外なしだ」
利用しやすく、わかりやすい。
……そして、夢の中であれば、気づかれにくい。
夢、というのも大きなポイント。
あれは、人の思考に深く刺さる。
それに加えて、夢こそ、本人しかわからないものだ。
証拠なんて……あるわけない。
「ちなみにさ、実行犯の一覧調べてみた?」
「調べたから、言ってるんでしょう?……全員、男でしたよ」
「ああ、そうだ」
「スパンは……バラバラですね。2日続けてだったり、4日開けてだったり……でも、とても短いですし、1日は空いてます。あとは……全部昼間に起こってます。どれだけ早くても、5時とか、一番遅くて17時ですから」
「うん、そうだね。やっぱ……夢でしょ、サキュバスだ。夜に食ってるんだって」
「……セイレーンだって、一人になったところを狙えば……犯行できるんじゃないでしょうか」
「いいや、サキュバス」
「セイレーンです」
お互い引くことなく、結局。
「それなら、試してみればいいでしょう。うちも、探してみますから」
「そうだね、それがいい。都合の良いことに、今は夜だからね」
と、本来の目的そっちのけで、身勝手な調査が始まる。
「……先に見つけ出してみせますから」
“ファマ・スオラ・エアロハル“
スペランツァは、窓から飛び出した。
「じゃ、僕は寝ようかな」
見届けて、懐から一枚のチップを取り出す。
普段、こんなことで使うなんて許されない。
だが、部下に負ける方が、もっと許されない。
「……卑怯って言わないでくれよ、スペランツァ」
『model……I N C U B U S!!!!』
今回はここまで。




