心の深く、獣の思考:part4
「なんだ、そんなこと」
スペランツァの言葉への、返答だった。
「……そんなこと?」
「ああ、そっか。こういう事件は、初めてだもんね。モーブチップが、裏で、流通し始めたから……」
本来であれば、ここに来る警官が、それを気にするはずがなかった。魔術一課は、魔物生活保護法違反に対抗すべく作られた課であるから。
……だが、サカキバラの出現によって、それは覆される。何百人もの人間が、彼の手によって、一度に死ぬ可能性が出てきたのだから。
……いいや。
可能性じゃ、ない。
すでに……もう。
「そっか。第二小隊に、細かいのは投げてたからね。そっち方面で関わったのは、ちょっとした暴動ぐらいか」
「ええ……はい」
「変わらないよ。裏から操るか、表で暴れるかの違いだけだ。もし個性を使った罪を犯せば、僕らが捕らえなければならない。ここに種族としての最低限の権利を期待しちゃ、いけないからね」
「わかって……ます」
「それで、どうなんだい」
「?」
「君の推測。これに引っかかることを懸念したってことは、モーブじゃないんだろう」
モーブ、魔物もどきは、魔物として数えない……ことになっている。
形を取っただけのなり損ないには、魂は宿らない。
どれほど精巧に作られたロボットも、人権はない。
それと同じだ。
故に、罰するはモーブではなく、その主だ。
「……ちゃんとした特定はできませんが」
「それでもいいさ。どうせ……」
視線を、エヴゲへと送る。
ギロリ、と睨み返された。
「……趣味の、暇つぶしの範囲内だからね」
たとえ確信を得ようとも、行動に移すことは、できそうもなかった。
「さっき……聞こえたんです。またか、って」
「……言ってたね」
それは、出発前。
誰かが発した言葉を、確かに覚えていた。
「頻発してるんでしょう……不審火が。こっちにまで回ってくるぐらいに」
そうだ、我々には、関係のない話のはずだ。
もっと、違う……他の部署にさせるべき事案なのだから。
「ちょっと、最近の傾向を漁ってみようとも思ったんですけど」
「……ま、ないよね。余裕」
「流石に、全てを把握しているわけではないですし……最近はサカキバラに必死でしたから、ますます。それに……」
そのあとは、スペランツァは、あえて、言わなかったようだった。
上司の前で言うのは、忍びなかったのだろう。
……僕たちは、明らかに、浮いていた。
署からも。世間からも。
軍でもないのに、軍以上の戦力……リビングメイルを保有する得体の知れない奴らだ。
当然とも、言えるだろう。
……与えられるべき情報すら、時には回ってこない。ほう、れん、そう、の鉄則なんて、僕らの前に聳える、高い、高い、壁の前には、無意味だった。
「……ま、いいさ。さ、続けて」
「は、はい。それで……おかしいなって、思ったんです」
「なにがだい?」
「被害のあった場所になにかしらの法則性があれば、とっくに対策されているはずでしょう?」
もしくは、もうすでに、解決しているはずです。
と、付け加えられた。
それも、そうだろう。
そもそも……全て、別人の犯行だろうに。
同じ系列の事件であれば、あそこまで狂った人間(同じ人間)が、連続して放火など、考えづらい。
では、偶然なのか?
それも、考えづらい。
短期間で同じような事件が重なるなんで……到底、ないことだ。
……さらに思い当たるものとして、また、という発言から察するに、全員、狂ってしまっていたのかもしれなかった。
「だから……きっと。裏に誰か、いるんじゃないかって言う推測です」
「ふぅむ、なるほどね」
問題は、そこからだ。
「ま、なんとなく、わかってたさ。それで……結局、誰がやったと思う?」
「まず、サカキバラじゃ……ないでしょう」
「へえ。どうしてだい?」
「彼にしては、周りくどすぎますから。今の弱っている状態を叩こうと思うなら……直接殴り込んできても、不思議じゃありません」
「じゃ、サカキバラが渡したモーブって言う可能性は?」
「ないでしょうね。うちの知っている限り、サカキバラがアクションをするときは、計画をもって行います……法則性のない、と仮定したら」
「魔法陣を書いている、なんて可能性は、どうだい」
「エヴゲ隊長だって、魔術士ですよ。流石に気づかないなんてことは……」
「そうだね。うん。そうだ」
ようやく、これで、たった1人、しかし最も危うい奴の可能性が潰えた。
「じゃ、いったい、どの種族が操っているって言うんだい?」
ここでは、まず、どの種族がやったのか、という検討をつけるのが第一だ。芋づる式に、犯行理由や犯人が特定されることだってある。
多種族が住むこの地での、鉄則だった。
「……マンドラゴラや、ゴースト、あとは……セイレーンくらいでしょうか」
それらは全て、人を崩壊させうる種族。
操る種族、ということを、先ずは考えないことにしたようだ。
「マンドラゴラは……確かに沢山の人間に影響を与えられるかもしれませんが……」
「マンドラゴラで人を操るなんて、きいたことがないよ。奇行に走るならまだしも、放火で統一されてるんだから」
「……じゃあ、ゴースト」
「今度は数がダメだね」
「セイレーンは」
「そんな分かり易かったら、もう終わってるだろうね」
「……なにか、巡査部長も、挙げてくださいよ」
「僕かい?」
すこし、頭を傾けた。
……人を崩壊させ、操り、そして分かりにくい……。
「サキュバスとかどうだい?」
「……ふざけているのですか」
「まさか。簡単な言葉遊びさ」
「……?」
そのときだった。
地鳴りを、感じた。
「?なんだ」
エヴゲが、振り向いた方向を、同じように眺めると……ビルの森の隙間から、背の低い建物が、崩れ落ちるのが見えた。
同時、アラート。
『超魔力放出を検知。レベル禁忌級』
「‼︎巡査部長」
「ダメだよ、スペランツァ。僕たちは待機だ」
「でも……」
「ルッキーニ巡査、ランドゲル巡査部長」
割り込み、エヴゲは言った。
「君たちが行きなさい。署から出るより、私たちの方がずっと近い。それに、君たちは、そういう性分のようだ」
呆れたように、エヴゲは笑った。
「あのヘンテコな推理の検証も、一緒にしてきたらどうだ」
今回はここまで。




