心の深く・獣の思考:part2
「……?ああ、なるほどな」
「……サカキバラ様?」
「いいや、なに、ふむ、そうだな」
薄暗い部屋だった。
仮面を被ったヴァンパイアは、首を傾げる。
「これを察知できないとは、まだ調整が必要か。ふぅむ、難しい」
「……?」
ますます訳のわからぬような顔をして、ヴァンパイアは棚から飛び降りた。
彼の主人はなにをするでもなく、ただ珈琲を喉に流し込むだけなのも、余計だろう。
「警告する。そこから逃げないと、まずいぞ」
「は?」
「カウンター・アタック。“リファイウェール”」
次の瞬間、ヴァンパイアの体に大穴が開いた。
壁を打ち抜き、ヴァンパイアの堅牢な体すら破壊した攻撃は、俺にまで及ぶ。
はあ、と、ため息をひとつついて、乾杯するように、カップを当てた。
それだけで光球は、針に穴を通すかのように、穴を伝って戻っていく。
……犯撃、それは反射。
敵性の存在より放たれた攻撃を、カップに纏った魔法でそのまま撃ち返したのだ。
しかし手応えはなし。不死のヴァンパイアが、呻きながら再生していくだけだ。
しかし、彼の首元のチョーカーが無事だった、それだけで安堵できる。
彼は、常にヴァンパイアであるわけではない。
あのチョーカーを通じて、人でありながら、悪魔と並ぶ魔物最強のアンデット……吸血鬼の力を間借りできているのだ。
そう……それ自体が、チップのようなもの。
さて。
では、あのチョーカーがなくなった時、彼はどうなるか。
敵は、分かっていたのか、それとも凄まじく勘が良かったのか。
上空に、殺気を感じた。
「……む」
“ツァクラオ”と、口の中で転がして、回避した。
「うぐゥアァッ‼︎……”カイン……」
などと、阿呆のように再展開しようと企むヴァンパイアは、みすみすと攻撃を受ける羽目になる。
それは、巨大な爪。
漆黒の、爪。
「……“ザングルーズ”か」
ヴァンパイアの頸が、ヴァンパイアの腕が、ヴァンパイアの脚が、ヴァンパイアの頭が、脳が、骨が、脊髄が、神経が、指が、腰が、脹脛が、踵が……。
バラバラになって、転がった。
無傷にチョーカーも、そこに、同じようにあった。
「はッ、ははッ、はははッ、はーーッ‼︎」
高笑いが、嘲笑う。
下着姿の少女が、大穴の開いた天井から舞い降りた。
「君が、サカキバラか、少年‼︎」
「……少年?」
今の、この姿で、なぜ少年と?
……ほんの少し考えてより、すぐに察した。
「そうか。あなたが、サタンか」
「うん、そうだ」
「お会いできて光栄だ。覚醒なさったのだな。どうだ、その体は快適か」
「ダメだね、人間の体は。脆すぎるし、重いし。君が、選んだのか?」
「いかにも。才能があって、いい体のはずだ」
「……人の感覚は、よくわからない」
「慣れなさい。それで、用件はそれだけか。まさかそれだけのために、俺の僕と、住処を、こんな有様にしたわけじゃああるまいな」
「スキルが使えなくなった」
「……は」
「奪われた。呪殻が使えなくなった。ミュレイのキオクが、ここに来いと言ったんだ」
「新しいスキルを寄越せと?」
「そう、そういうこと」
彼女(中身はおそらく男性だろうから、彼というべきか)は、どうも、自分自身に興味関心、自信があって、その能力には愛着がないようだ。
ふつう、長きにわたって使ってきたスキルを、こんな簡単に手放せるものか。
この正直さ、純粋さは、尊敬、もしくは軽蔑に値する。
だからといって、だ。
「はいそうですか、と渡すわけにはいかないな」
「なんだって?」
「“ゼリルガンナ・バイド……“ツァクラオ・ノック”」
強烈な一撃。
蹴りを、サタンの顔面に撃ち込んだ。
近隣の建物をなぎ倒しながら、サタンは飛んでいく。
住民への被害など知ったものか。
人払いをしてまで、退いていなかった方が悪い……魔法を使ってから、攻撃開始までが短過ぎたにかもしれないが。
それ以上に、感情が、抑えられなかった。
「まさか、お前が魔王だからと、簡単に、タダで、渡すと思ったか」
表向きのそれは、怒り。
しかし、俺も、魔術師だ。
……強い相手と、戦いたい。
その欲だけは、人一倍強い自信があった。
チョーカーを雑に蹴り、ヴァンパイアの蘇生を始めさせる。
日光の当たる現在、『少々』再生は遅いかもしれないが、このまま腐らせておくよりはよっぽどマシだろう。
さて、周辺の建物はどうしようか。
……あいつに、直させようか。
そうだ。
屈服させてしまおう。
魔王を、平伏させよう。
それが、一番クールで、面白い。
来るぞ、未来の、二人目の僕が。
「“ザングルーズ”‼︎」
「……“リファイウェール”」
今回はここまで。




