心の深く、獣の思考:part1
放火事件。
至って簡単で、一見、僕たち『警察庁警備部魔術一課』には関係のないように思える。
だが、もし。
明らかに、不可解な点があったとすれば。
……今回は、そんなお話。
*
僕たちの第一小隊は、壊滅した。
正確には、半壊だ。
4人のうち、2人も病院送りになってしまった。
早希は目を覚まさない。
サファは、目は覚めるものの、すぐに発作が出る。彼女の場合、よっぽどひどいスキルの使い方をしたのだろう、と、ヘルネルは推測していた。
そうだ、ヘルネル。
血液を調べてもらった結果が、事後であれ、ようやく出たのだ。
結果は、白でも、黒でもなく、「グレー」だった。
「サタンの血の成分は検出されなかったよ。前、小指のミイラを診たことがあったから、きっと間違いない。ああ、でもね。魔力の組成式まで成分とするなら……居たよ、サタン。あんなねじ曲がった組成式、常人の体にあってたまるもんですか。だから、あの子の体には、サタンが関係してる。気をつけて……って、もう、遅いか」
ヘルネルの視線の先には、早希がいた。
「……ミュレイの戦い方は、悪魔のものだよ。実力に感けて、強い魔法を連発するんだ。あの自信満々な性格も、それの現れかもね。直接見てきたから、わかると思うけど……だから、どうしても油断ができる。本当だったら、それが弱点なんだ。でも、あの子、人間だから、それに、一撃思いっきり喰らっちゃってるから、警戒心はずっと強くなってる……総合的に見ると、めちゃくちゃに、強い」
気をつけて。
二度目は、さらに深刻そうであった。
*
これが、一昨日の会話。
今日、活動能力を失った僕ら。
「ようこそ、第二小隊へ」
リザードマンが、出迎えた。
「エヴゲ・オカトフ・フェイア隊長、よろしくお願いします」
「……お願い、します」
僕に続いて、スペランツァが頭を下げた。
僕たちは、第二小隊へ編隊されることになった。
ただし、そうは言っても、一時だけ。
今ここにはいない彼女達が、退院し、復帰するまでの、(おそらく)短い期間のみの編属だ。
表舞台に立って暴れまわる第一小隊。
裏方の仕事を淡々と処理する第二小隊。
部隊が違うのみで、その仕事もがらりと変わる。
実は、ほんの少しだけ、いいや、だいぶ、心が踊っていた。
上辺のみの情報は度々耳に入るが、深い所までは、知らなかった。
第二小隊の状況が知れれば、あわよくば、比較の末に待遇が上がるかもしれない。
常に死が隣にある過酷な環境下だ、きっとそうだ。
そうに違いない。
そんな淡い期待を抱きながら、菓子折を差し出そうとした、その時だった。
『火災発生、繰り返す、火災発生。座標送る……第二小隊は至急現場に向かうように』
けたたましい鐘とともに、命令が下された。
あまりのタイミングの悪さに動けずにいた僕らに目もくれず、不審火か、またか、とざわつきながらも、すぐさま準備を整える、第二小隊の面々。
「ああ、君らもこい。うちの隊の仕事は、現地で伝えるから」
エヴゲは常に、淡々としていた。
「……そうか、そうだよね、当たり前だ」
そもそも、部隊がひとつない現状で、環境が改善されるわけがない……むしろ、悪化するだろうに。
音を立てて……幻想と、やけに値のはった菓子折が、崩れ落ちた。
*
彼は、火災現場で、笑っていた。
鎮火し、拘束された今も尚、笑っている。
「はーっ、はっ、はっ、はっ、はーーーっ」
感情の起伏のない、薄っぺらな笑い声。
だのに、満面の笑みだ。
おぞましいとすら思った。
「……あれが、犯人……?」
あまりの不気味さに、スペランツァもたじろいだ。
車両に乗せられている最中に、ぐるりと、犯人は首を回し、見開いた瞳で、僕らに笑いかけた。
くる、ぐる、ぐるり。
駆けつけた消防隊員やら、第二小隊の面々を見渡した後、支離滅裂な、そして、素敵で奇妙で不敵な……妄言を、戯言を、垂れはじめた。
「ここは、星の王子様の、巣窟だ。きら、キラ、恒星が、画竜点睛っぽく、だーっと、走り回るんだ……」
*
連れて行かれた後も、奇抜な戯言と、呻くかのような笑い声が、耳をついて離れなかった。
……薬か。
それとも、洗脳か?
あれほど酷い発狂は、久しく見ていない。
また、サカキバラの仕業か?
「そんな、まさかね」
あらぬ方向へと飛んでいた思考諫める言葉が、ついうっかり洩れてしまった。
耳のいいエヴゲに、一喝された。
「ランドゲル巡査部長。無駄なことを考える必要はない。我々は、警備しているだけでいいんだ。いいな」
「……了解」
クソ真面目め、と、子供のような反抗心が湧き立つ。
そもそも、ここに長時間突っ立っていること自体、難しいのだ。
自分たちは鉄砲玉のような……ただのあらくれもの、武装集団であったことを痛感させられる。
よっぽどのことがない限り、警備部らしいことをやってこなかったのだ。
それは当然、反感を買うだろう。
そんな腐った性根を叩き直すためか、この場には僕とスペランツァとエヴゲと……それだけだ。
他は帰ってしまった。
エヴゲがわざわざ残ったのは、監視のためか。
……「僕らの」監視、という不名誉なおまけ付き。
「……巡査部長」
スペランツァが、こっそり話しかけてきた。
「どうしたの」
「……今回の、あの人なんですけど」
「あの人?」
エヴゲを振り返ろうとすると、スペランツァが慌てて止めた。
「いえ……いえ、違います。そっちじゃなくて……容疑者です」
「ああ、なるほど」
スペランツァにしても、ショックは大きかったようだ。
「なにか、思うことがあるのかい?」
「……ウチ、あれが薬だとは、思えないんです」
「……つまり、他の推測が?」
「あります」
その断言は、確信のものだろう。
背中を指すエヴゲの視線を感じた。
それでも、思考は止められない。
行動を戒めたのみでは、考えることをやめさせることはできない。
そもそもエヴゲが見ている中で話してきたんだ、ろくでもない結論に至ったに違いない。
「へえ、そうかい。少し話してみなよ」
「……いいんですけど、その、ですね」
「どうしたのさ」
「巡査部長にとっては、不快に感じる話かも、しれません」
「……へえ?」
「えっと、ですね
……魔物生活保護法に、触れかねないんですけど」
今回はここまで。




