自信過剰は救世主(?):part6
姿も捉えられないその戦闘は、もはや、気配同士の接触である。
「くは、ははっ、なんだ、これ」
奇妙な笑いが零れるほど、可笑しい光景だった。
魔術師が、肉弾戦を繰り広げていた。
なるほど、手を出せないわけだ。
「……“レベルアップ”」
人の目では、もう追えなかった。
故に、スキルを用いたのだが、それでも、かろうじて見える程度だ。
奥歯を噛み締めて、拳銃を構え直した。
これは、保険。
もし。
万が一、だ。
魔術師としてのプライドが、サリバールには確かにある。
……だが、死んでしまっては、意味を成さない。
せめて、捕まえるまで。
職務を遂行するまで、くたばるんじゃない。
*
「はッ!ははッ、はははッ‼︎はーーーーッッ‼︎」
愉悦に浸った笑い声が、攻撃に遅れてやってくる。
ミュレイは、狂乱し、享楽に溺れていた。
「“ツァクラオ”‼︎“ツァクラオ”‼︎‼︎堕ちろっ、堕ちてしまえっ……“ザングルーズ”‼︎」
「ファング……オンッ‼︎」
互いの得物が、罅を生じた。
呆気なく、潰える音。
半ばから無くなってしまった武器、それでも、微かな刃を信じて、前に出た。
きりきり、擦れる不快な音。
耳をついて、離れなかった。
「…………」
「…………っ‼︎」
無言。
……それでも、十分だった。
『GOAT』
右肩の装飾に、触れた。
……間に合えッ!
ばぐん、と、破裂音が響いた。
……無言詠唱。
先ほどから、詠唱という『きっかけ』ありで魔法を放っていてばかりだったから、油断していた。
こいつは、まだ、禁忌しか使っていない。
簡単な術式など、詠唱なしで放てるのだろう。
完璧な不意打ちだった。
……しかし、それも、阻まれる。
「……えぇ、あぁ、つまらないことするんだね、サリー」
「はぁ、ははッ……僕だってまだ、死にたく、ないから、ね」
それは、山羊を模した盾だった。
爆破魔法を前にして、傷ひとつつかない、巨大な盾。地面に突き刺さり、ミュレイに立ちはだかる。
「“オープン”」
当然、ほんの少しの妨害にしかならない。
縦の裏に転移したミュレイは、“ザングルーズ”を唱えなおす。
しかし、十分だ。
『LION』
ほんの一瞬、時間稼ぎ。
「マグナム・オン‼︎」
跳躍して、狙いを定めるには、あまりにも時間がありすぎた。
……掌の中に生み出された、獅子の鬣を模した猟銃。
胸元にあしらわれた獅子の顔、その瞳が、ぎらついた。
気配を察知したミュレイが、天を仰ぐ。
煽るが如く、ニヤリと笑い、立て続けに三回、引鉄を引いた。
見事、全弾ミュレイに命中し、火花を散らして、彼女を後ずらせる。
反動で、ミュレイから大きく離れた地点に降り立つ。
「……集え、獣ども」
蛇。
山羊。
獅子。
三頭の幻獣が、再度、集結した。
『LION,GOTE,SNAKE.COMBINATION ATTACK!!』
幻影の存在、光を纏った三頭が、容赦なくミュレイに襲いかかる。
平静さを失ったミュレイ、だが、圧倒的な力の前に呆気なく、幻獣たちはなぎ倒されていく。
……それでも。
それこそ。
……狙い通りだ‼︎
ミュレイが怨念を込めた瞳で、僕を睨んだ。
すぐさまその目は、焦りに変わる。
きっと、おぞましい光景が見えたのだ。
今僕が展開している、一直線に並んだ魔法陣だったりとか。
ミュレイは、“オープン”で逃れようとしたのだろう、必死に思考を始め……カクンと、頭を真横に倒した。
奇妙な動きだったが、原因だけははっきりしていた。
失敗したのだ。
ミュレイの中身……サタンは理解していないようだったが、それは初歩的で、明快だった。
いかに中身の才能があれど、その体は、子供なのだ。
そんな急激な禁忌の発動に、耐えられるはずがない。
……むしろ、よく今まで耐えたものだ。
才能だ。
だからこそ、こうなってしまったのが、本当に残念だった。
『RETUNE……C I M A I R A ‼︎‼︎』
「……オール、オン」
決着のとき。
「“ヴォルカリス”」
禁忌を……撃ち、放った。
紫の光球が、魔法陣の門をくぐり、ミュレイに一直線に飛ぶ。
動けぬミュレイはなすすべなく、攻撃をその身で受けた。
着弾の瞬間、爆発した。
……ミュレイは、煙に、消えた。
*
「早希、あ、いや、桐上隊長‼︎そっちからみて何か動いているかい?」
「全く。何も。大丈夫そうだ……死んでなければな」
構えたままで、ゆっくりと近づいた。
あのリビングメイルだ。
もしかしたら、まだ破壊されていないかもしれない。
もしかしたら、だ。
……するり、と足に巻きつく感覚があった。
まるで、蛇のような……
「……!?サリバール‼︎」
それは、蔦だった。
「まだ動いて……」
そのまま、強い力にひきづり込まれていく。
錯乱、混乱。
何度も、引き金を引き絞った。
「早希‼︎」
発砲音と、サリバールの声。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎‼︎‼︎‼︎」
そして、ミュレイの高笑いが響いた。
*
「すぅっ……バァッ‼︎」
煙が晴れた。
ミュレイが、全て吸ったのだ。
彼女の傍には、太い蔦に吊り下げられる早希がいた。
「……痛いじゃあ、ないの」
彼女の制服……すなわち、リビングメイルはズタズタになっていた。
合間から、彼女の白い肌や、下着……そして、赤黒い血が、顔を覗かせる。
ミュレイの額を、一筋の血が滴った。
「ねえ、痛いよ」
「……化物」
「痛いよう、死んじゃうよう」
そうだ。
こんなに、傷が大きいわけがない。
殺さないように、調整した筈だ。
……こいつ、ミュレイに自分のこと庇わせたな……っ!?
「この娘ぉ、サリーの大事な子ぉ?」
それは、拘束された早希を指した言葉だった。
嬲るような指が、彼女の体を走る。
「RE……」
もう一度、放とうかと思い、その直前で思いとどまった。
……今撃てば、ミュレイが死ぬ。
かといって、やらなければ早希が危険だ。
どうする。
魔力はあるぞ。
術式も組んである。
今撃てば、ミュレイだけを狙い撃てる。
……なんて、なんてやりやすい‼︎
「TU……」
「サリバール‼︎」
ついに撃とうとした僕に、早希が怒鳴った。
そして、笑った。
……任せておけ、と言いたいかのように。
ミュレイの。
容赦のない、決死の攻撃が。
刺さった。
早希が、おびただしい量の血を吹き出しながら、吹き飛ばされていった。
「……早希ィィッッ‼︎」
『COMBINATION ATTACK!!』
「よくもォッ‼︎」
幻獣が、襲いかかる……が。
「邪魔」
ミュレイがそう言っただけ。
全て、消しとんだ。
「!?」
「まばたきするの?まだ戦ってる最中なのにサ」
自分の、すぐ近くから、少女の声がした。
一瞬のうちに、詰め寄られていたのだ。
その細い腕からは想像できないほど強い力で、喉元締め上げられる。
「……が」
「消えろ」
一層、首を締める力が強くなったかと思うと、ミュレイは告げた。
「“浄化する者”」
……しかし。
しかし。
なにも……怒らなかった。
首を傾げ、二度、三度、繰り返した後、悟ったようで、毒づいた。
「あいつ……あの、盗人‼︎やりやがったな……‼︎」
その時だった。
きらり、光って、流星の如く、槍が飛来した。
ミュレイが鮮やかに躱し、”オープン“と唱え、撤退していく。
「ちっ……今日は退く。次は、絶対に、取り戻す」
言い残して。
*
早希を救えなかった。
ミュレイを救えなかった。
敗北した。
事実が、現実が、残った。
解けるように、鎧が消える。
「…………くそ」
チップを握りつぶすほど、掌を強く握った。
鎧が消え去った後の体は、嫌になる程綺麗だった。
……ほとんど、無傷なのだ。
二人を傷つけておいて。
誰とも知らぬ奴に助けられ。
無傷。
「…………弱い、ままじゃ、ないか。僕は、まだ」
その時、気づいた。
僕を助けたのは、いったい誰なんだ?
槍が刺さっている筈の場所を見た。
すでに槍はなく……そこに、血塗れの早希がいた。
「!?なんで」
考えている暇はない。
すぐさま駆け寄り、息を確認した。
……よかった。
今にも消えそうではあったが、まだ、生きてる……!
知識の限り、延命を施す。
その時、掌が開かれた。
……何かと思えば、それは、砕けたシーフ・チップ。
そして……聖職者が彫られた、小さな、かけら。
すぐに、わかった。
これは、ミュレイのスキルだ。
シーフのスキルで、盗んだんだ……あの一瞬で、リビングメイルをまとい。
シーフ・チップを犠牲にして。
……なにもできなかった自分が、情けなかった。
自信過剰。
驕り。
僕は。
……なんて。
今回はここまで。




