自信過剰は救世主:part5
『”open“ the 3rdWorld.ready ……』
光の奥より、現れし鎧。
それは、獅子を模す。
それは、山羊を模す
それは、蛇を模す。
「TURN」
『GO‼︎』
僕たちは、テューポーンとエキドナの間に生まれた仔の末裔。
獣人となって、臨界。
三位一体の獣……
『model……C H I M A I R A!!!!』
「僕はもう、退かないぞ」
*
『えっ……キマイラ⁉︎』
スペランツァが驚きの声を上げる。
「そうだ。あいつの兄は、キマイラの獣人だった。あいつ本人も、それだよ」
獣人は、自分が何の獣人であるかを、自らの口から語りたがらない。獣人の世界にも、まだ確かに弱肉強食の理念は存在していて、己の存在を明かすことは、死につながりかねないそうだ。
だから、時にして獣人は己の種を偽る。
ひどいところでは、角や牙を折ってしまう種族もいるらしい。
その中でも、ランドゲル家は異質だった。
魔物の、獣人。
二重にもかけられたベール、その奥の存在がまさか、キマイラの獣人だなんて誰も思わないだろう。
獅子と山羊を混ぜたような顔つき、隠してはいる尾には、蛇がいる。
「獣人の中では有名らしい。面白いよな、キマイラの獣人。お、始まるぞ」
*
「”浄化する者“……“ボル・エーヒガル”!」
「……カウンターアタック、”ウォル・フルム・ガズルゴバ“」
火球が飛来し、生成された土の壁に着弾。
壁の向こうの火の球から、嫌な『気』を感じた。
なるほど、”浄化する者“との絡め手か。
「”リグ“”ブラボ・エーヒガル‼︎‼︎」
勢いに任せた、ど基礎の接続。
火属性の魔法は、爆破に転じやすい。
簡単だが、強力な魔法だ。
……ならば。
「”リグ“」
同じもので返そう。
だが……
「”ファマ・リグ・ウォル・スオラ・エアロハル」
見栄は張りたいものだ。
先輩として。
魔術師として。
なかなかお目にかかれない、複雑な呪文。
土属性から風属性への主属性の転換。
初めから組み直さねばならず、少しばかり面倒だが、まあ、いい授業になっただろう。
強風に押し返された爆炎、その向こうに、唖然とするミュレイを捉えた。
だが、もう終わったと思っているようで、次の魔法を必死に考え始めている。
……あまりにも、遅かった。
これが決闘であれば、もう死んでいるだろうに。
だが、運がいい。
悪しき文化、少年法に守られているうちは、殺すまでしては怒られる。
だから、圧倒的なチカラで屈服させればいい。
「”リグ“”ボル・エーヒガル……」
三段接続。
そして。
「”リグ“”ブラボ・エーヒガルド‼︎‼︎」
……四段接続!
「……あっ、」
唱え終わってから、気づいた。
勢いに任せて、滅多にやらない四段接続なんてするものだから、組み立てがいい加減になっていた。
勢い余って放たれたレベル4……エーヒガルド。半端な場所で破裂したとは言え、女子高校生の身体を飛ばすには十分すぎる火力だった。
ミュレイは、二度、三度、バウンドして、仰向けに倒れ、動かなくなってしまった。
「……まあ、リビングメイルが砕けていないうちは死んでないだろうし。授業料代わりさ、うん」
適当な言い訳で不安を鎮め、ゆっくりと近寄る。
すっかり気絶してしまっているようだったが、血色はよく、まだ息もあった。
「……チェック・メイト」
*
「終わったか。早かったな」
拳銃からマガジンを引き抜いた。
特殊な形状のマガジンに仕組んでいたのは、銃弾と……『リジェクト・チップ』。
最近ようやく入手した、最後の手段だった。
それも、出番なく終わりそうで、安堵した。
「おい、サリバール。さっさと捕まえて……」
その時だった。
黒い刃が、天に突き抜けた。
明確に、サリバールを狙ったその一突。
必死に躱したサリバールを嘲笑する様に、高笑いが轟いた。
「“ザングルーズ”⁉︎」
直感だった。
しかし、確信だった。
私は一度、あれを剣で受けたことがある。
禁忌。
被弾すれば、スキルが“浄化する者”だろうがそうでなかろうが即死だろう……巨大な、爪。
「っチぃ‼︎」
再び構え直した。
狙いをミュレイに合わせ、引き金に指をかける。
……だが。
私はどうしても、これを引けなかった。
撃てば、全て、終わるのに。
魔術師たちの視線は、私を捉えて、逃さなかった。
ーー手を出すな。
ーーさもなくば、殺す。
彼らの眼は、語っていた。
*
「ハロー!元気ぃ?」
横になったまま、ミュレイは歪んだ笑みをこちらに突きつけてきた。
声音はミュレイの、少女のもののまま……しかし、その気迫。
「……サタン‼︎覚醒したのか……‼︎」
「良い目をするねぇ、サリー。強くなったねぇ、サリー」
かっ、と、頭に血が上った。
「……その名で、僕を、呼ぶなッ‼︎」
“ネグズ・リグ・ファマ・ヴェドルゴラ”
咄嗟に放った棒状の『レベル4』魔法。
最大火力の魔法……だと、いうのに。
「“オープン”」
直線的な攻撃は、当然、読まれる。
……現れた虚空に、光は消えた。
“オープン”だって、禁忌魔法のはずだ。
魔力をよく食う、すなわち、複雑化した術式は、即時発動を許さない……はずだ。
ましてや、初心者であるミュレイが使えるはずもない。
なのにミュレイは、いともたやすく発動した。
……もはやミュレイがミュレイではない、証だった。
「さぁ、振り返ってみなされ」
その一言、すべてを察した。
入り口のある『穴』。当然、出口が存在する。
真後ろだ。
「‼︎‼︎」
掠ることも許されない。
“浄化する者”があるのだから。
頭で術式を組みつつ、気配で躱す。
……もっと、加速できたはずだ。
舐められている。
その事実が、僕の怒りをさらに煽った。
「「“オープン”」」
同時に放たれ、深淵に消える。
距離を置いて、向き直した。
「……ははっ、いいじゃないの。ボクが選んだだけあるねぇ、サリー」
「何度言ったら、わかる……ッ⁉︎」
ばちり、と、空気が撥ねた。
空間に満ちた魔力の慣れ果てが、怒りのままに放たれた魔法未満の『なにか』に反応したのだ。
暴走した感情の、反射であった。
「……それを。口に、するんじゃない」
「どうしてぇ、駄目なんだい?強いトキの名前なのにサ?」
「強い?違うよ、ミュレイ。あの時、僕は、限りなく弱かった」
サタンに向けた言葉ではなかった。
「自分を、奪われたからじゃない。倒されてしまったからじゃない。なにもできず、友達を、仲間を、傷つけて、忘れてしまったから……贖罪すら、できなかった。でも、君は、違うだろう?」
瞼を、閉じた。
影が見えた。
僕の、救世主だ。
名前も思い出せない。
顔すら、覚えていない。
……でも、きっと、空想の存在ではない。
「君の救世主に、僕はなりたい。なにも、全部終わったわけじゃない。これから先も、人生だ。
……だから、絶対に、逮捕する」
『SNAKE』
左肩、蛇の装飾に触れた。
手の甲に、毒牙を模した武装が現れる。
「ファング・オン」
「“ザングルーズ”」
返すミュレイは、禁忌魔法。
正面からの打ち合いは苦手だった。
……それでも、引き下がってたまるか。
「”ナクル・スオラ・カレスドリグ‼︎‼︎」
「”ツァクラオ“」
全身、全霊、全魔力。
全てをもって、交叉した。
今回はここまで。
魔術戦もう二度とやらん。




