自信過剰は救世主:part4
「……さて、ネタばらしとしよう」
校門が見えてきた。
*
遡る。
「隊長、これ使いますよ」
と、サファは一枚の真っ白な紙を掲げる。
「……別に構わんが、どうしたんだ、それ」
「さっき使ってた取調室にあったんですよ。ほら、血液検査の書類の隣」
「ん、ああ……ん?」
……なにか、不信感を抱いたが、今は、そこは重要ではないと判断した。
まず、ミュレイの位置が特定できない。
次に、ミュレイの殺し方が特定できない。
二つ目に至っては、殺したかすら断定できてない。あいつの言葉から判断するに、確実に殺っているのだが、証拠がないのだ。
ミュレイの、あの性格で有れば、真っ先に、殺した証拠を提示するはず。
目的はわからないが、ただ、私たちに自分が殺したことを証明したければ、証拠を提示すればいいのだから。
だのに、言わなかった。
スペランツァとサファが、昨日丸一日かけても、死体も、それらしき魔力反応も、関連していそうな被害届、行方不明届すら出てこないのだ。
……脱走した時、あの場からは、禁忌級の魔力反応があった。
“オープン”を使えばいいものを、それすら使わず、壁を打ち破って逃げ出したのだ。結界すら、木っ端微塵に砕かれていた。
力を示すためか。
自分は殺ったのだ、と。
証拠の代わりに、躊躇なくできることを表したかったからか。
……その場に、誰もいないのに?
その時、驚くべきことに、見張りの一人もいなかった。
誰も、見張りを指示していなかったのである。
……いよいよ、本人の錯乱か、と思わざるを得ない。
それでも、あの魔力量。
それに、今の時点でかなりの罪を積んでいる。
確実に、捕まえなければならないのだ。
……なのに!
「サファ、逃げたあいつの、足跡を辿れるか?」
「今、やってます……ああっ、飛ぶな……っ!」
「……はぁ」
姿を表さずとも人を追える、追跡の専門家のような奴がいながら、場所も特定できない。
サファも、『向こう側』までは見れないのだ。
それに、範囲を広げれば広げるほど、体力を浪費するらしい。
「サファ、過去は、どうだ」
「ダメです、まず、人と接触してなさそうです」
「人と、接触してない?」
「それは……私が……」
スペランツァが手を上げた。
「……えっと、ですね。やっぱり……いなかったです。友達とか」
「トラブルは?」
「も……無さそうです」
「恋愛とか」
「……ゼロです」
「バイトは」
「やっていない……ようです」
「家族」
「いませんでした」
「……どうやって生きてきたんだ」
「……わかりません。わかりませんが……きっと上手いことやってきたのでしょう」
「待て、家族がいないってなんだ」
「なにって、存在がなかった……あれ」
……霞がかかったようで、思考が進まない。
なにかが、おかしいはずなのに。
「……生徒数、調べられるか」
「調べてあるよ、ありますよ」
サリバールが真っ先に声をあげる。言い直したのは、部下の前と気づいたからか。
「面白いよ、こりゃ」
あっという間に崩れた口調、そのわりに、いたって深刻そうな目が、データの異常性を示していた。
「……ミュレイ、いくつだったか」
「えっと、16だね。今、2年生」
「なんで、この年だけこんなに少ないんだ」
そう、やはり、というか。
ミュレイの学年のみ、数十人ほど、少ないのだ。
「さあ。入学者が少なかっただけじゃない」
「……そう、かもな」
と、納得する。
……その先の思考が、どうしても、出来ないのだ。
全てにおいて、合点がいく。
なぜだ。
……なにがおかしいんだ。
……なんで疑ってるんだ?
「なにがしたかったんだっけ……」
「はいはい、対策と逮捕でしょうが。見失ってるんじゃないよ」
「おかしいじゃないか。探せば探すほど、証拠から遠ざかる」
「うん。おかしなデータはあるけど証拠から遠ざかる」
「……は?」
「ん?」
「そもそもなんで、ファーストコンタクトで逃したんだ。せめて、親を呼べば……」
「だから、親いないんだってば」
「ああ、そうか」
「うん」
「…………は?」
何故か、何故だかわからないが、考えれば考えるほど、遠ざかっている気がする。
「……あー、確認してもいいか」
「うん」
「私は、なんで、この事件に集中してた」
「さあ。急に必死になって」
「そこだ。まずそこは変だ」
「……?」
「証拠もない段階で、疑い、その挙げ句逃してるじゃないか」
靄のかからない方向から、アプローチを仕掛ける。
これ以上、あの方向からやっていては、発狂しそうだった。
それに……考えられるので有れば、使った能力が違うのだ。
余計に手間がかかるか……もしくは、手がかりになるかもしれない。
「……ああ、サカキバラの“人払い”の類を疑ってるのかい」
「可能性だ。可能性だよ」
「わかってる。調べてみよう」
*
「サファ、大丈夫か」
「………」
「サファ?」
「ん、あ、大丈夫です」
サファが、あくびをこぼす。
「眠いんです、ちょっと」
「一晩中付き合わせてしまって、悪いな」
「いえいえ。全然」
それだけ言って、また悩むような表情を見せた。
かと思うと、紙に何かを書き留める。
なにしてるんだ、と訊ねようとしたら、
「……あっ!」
スペランツァが、驚きの声を上げた。
彼女には、サリバールと共に、魔術式の分析を任せていた。
「ちょっ……これです、これ」
ノートパソコンに強引に視点を合わせられる。
スペランツァにしては珍しく、慌てていた。
画面に映っていたのは、魔力放出量のデータのようだ。
「これ、ミュレイが“オープン”を使った時の記録なんですけど、ここ……この先の、ところ。ほんの少しだけ……飛び出てるでしょう?」
「……誤差にしか見えないが」
「誤差なんです……でも、ここに飛び出るのは、普通の、学生魔術士並なら……絶対にあり得ないんです。修正できる、誤差なんです」
「それを修正しないとどうなるんだ」
「チカラが出せなくなります……存分に」
「というと?」
「ほら……例えば、ボールを投げるとするじゃないですか。正しく投げればよく飛ぶボールでも……下手にチカラを込めれば、全く違う方向に飛んだり、全く飛ばなかったりします。これは、まさにそれです」
“エーヒ”と、スペランツァが唱える。
すると、彼女の掌の上に火の球が生成された。
「……んっ」
顔を硬らせ力んで見せると、安定していた魔法は、いともたやすく崩壊、解けて消えた。
「これは少し……過剰な例です。これはもっと……複雑です。エラーの上に、エラーを置いてる……そのエラーだって、完璧すぎる魔力放出の裏に隠れて、ほとんど見えなくなってる。外から認知するのは、絶対に無理でしょう」
「?話を聞いている限り、修正できる要素が全く見つからないのだが」
「……外部からは無理、と言ったのです。それが自分が扱う魔法だったら……全く別の話。正しさを追求する魔法使いは、魔法がちょっと違うだけでも……気持ち悪い」
それは、先ほど必死に力んでようやくレベル1の魔法を崩壊させたスペランツァが示していた。
思考の根底にあるのが、正しさなのだ。
そこから少し逸れることすら、許そうとしないように「なっている」……のかもしれない。
「……魔法が使えない人間からしたら、全く、よくわからない感覚だ」
「そこ。そこが、ミソです」
いつになく強気に、スペランツァは言い切った。
「ウチの推測では……あの子、全く魔法の勉強してなかったんじゃないかと思います」
「……魔法の専門学校に通ってるんだぞ」
「桐上隊長、”ゼリルガンナ“という禁忌魔法があることを知ってるかい?」
サリバールが、話に割り込んできた。
「……ゼリルガンナ?人払いの、あれか」
「ちょっと違うけどね。本来の役割は、意識改編。記憶をちょっといじるのに使ったりしていた魔法さ……今からやることは、他言無用ね」
サリバールは、スペランツァの真似をするように、小声で”ゼリルガンナ・リジェクタリ“と、唱えた。
「ちょ、お前……あれ?」
「どうしたの」
「……いや、なんでもない」
「僕は今、ゼリルガンナを唱えたよ」
「……なあスペランツァ、こいつ嘘をつきだしたぞ」
「いや……ちゃんと唱えましたよ……って、あれ?」
「忘れちゃったでしょ」
「……なるほど、これですか」
一人、合点のいったようで、スペランツァが頷いた。ついて行けない私に、スペランツァが説明する。
「実は、ゼリルガンナをはじめとする禁忌魔法って、ストッパーがかかってることが多いんです。ゼリルガンナの場合、ストッパーがないと……欠けた意識が伝染します」
「聞いたことないぞ」
「絶対的な秘密ですから……悪用された日には、人類崩壊待ったなしです」
魔法のことになると、饒舌になるらしい。絶対的な秘密、といったことを、あっさり暴露した。
「……ね、スペランツァ」
魔法使いとして先輩であろうサリバールから、戒めるような視線を向けられて、スペランツァは焦った。
「あっ、あー……ゼリルガン」
「おい、よせ」
せっかくの時間が無駄になりかねなかった。
*
「話を戻すよ。なんでゼリルガンナの話を出したかだ」
サリバールが、言い直す。
「それもこれも、この魔法の中に、あるんだよ。ゼリルガンナ」
「……どういうことだ」
「この小さい突起。さっき言った誤差ね。この中に、組み込まれてる」
真剣な顔だった。
……深刻さを、訴えていた。
「……こんなの、僕だってできるかわからない」
「うちは……絶対にできません」
この二人は、間違いなく最高クラスの魔術師だろう。その二人すらできないこと……それをやってのける、存在。
……思い出したくもない存在が、脳裏をよぎった。
「サカキバラ……っ‼︎」
「彼なら、ゼリルガンナのストッパーを外した時どうなるか、知っているだろうね。魔法の基礎もないミュレイに“オープン”を教えたのだって、きっと彼だ。その時に仕組んだのだとすれば……」
「……くそ、また、あいつか」
……何も知らない、ただ意欲だけあるミュレイは、さぞ動かしやすい駒だったろう。
意図は、我々を消すためか。
「……余計厄介なことになったな」
「でも、はっきりしたよ」
サリバールは、まとめた推測を述べ始めた。
「まず、サカキバラから、なんらかの方法で魔力と魔法を授かった。賀納谷魔導高等専門学校に、入学しているという嘘をでっち上げ、侵入しては殺し、ゼリルガンナで隠した。そして、経験を積んでから、最終目的の僕たちを消すために、ここを訪れた……ってとこかい」
説得力はあった。
だが、何かが足りない気がした。
他の意見を聞こうと、サファに声をかけた。
……返答がなかった。
「……サファ?」
そしてサファは。
椅子から落ちた。
*
「被害者の存在を消したのは、スキルだ」
断言した。
「スキル?……それに、存在を消したって?」
サリバールが聞き返す。
「なんで親がいないんだ。明らかに、おかしい」
言われてみれば当然で。
それでも、気がつかなかった。
……きっかけは、サファのたったの一文。思考が霞に消える前に書き留めておこうと思ったのか、乱雑に「親がいないって何?」と書かれていたのだ。
もしかしたら……生徒を殺したのも、スキルかもしれない。
もしかしたら、見張りの存在を消したのもスキルかもしれない。
それでも、証拠……明らかにおかしい、というわけではなかった。
でも、親だけは、どうにもならなかった。
理解した時、戦慄した。
……まさか、親まで手にかけたのか。
「……スキルであれば、魔力もなく消せる。ただし、死体まで消えてしまうのだろう。だから、言い出せなかった。自分が人を殺した証拠を、出せなかった」
「そのスキルって一体」
「”浄化する者“。サタンが持っていたとされるスキルだ」
サリバールが唖然とした。
「……もちろん、これだって証明はできなかった。だから、伝説上なんだ」
……でも。
と否定した。
「仮に、サタンのスキルが存在したならば……私は、あの栄光を誇ったサタンが、死んだ方法を何も知らない。私は、今まで病死か寿命だと思っていたが。これだと、暗殺だな」
「……殺されたんて、あり得ない」
「サタン・チップ」
……サリバールが、絶句した。
「……が、もしあったとすれば。今回のこと、全て納得いくだろう。ミュレイのあの無尽蔵な魔力も、スキルも、サタンの生まれ変わりだってぶっ飛んだ主張にだって、説明がつく」
ミュレイの魔力は成長を続けている。
サタン・チップに適応してきているのかもしれない。
「なら、どうして使いこなせているんだ。それこそ変じゃないか」
サリバールは、明確に怒っていた。
サリバールたち魔物にとって、サタンとは配偶者であり、崇拝者だ。
冒涜されれば、気分は良い者ではないだろう。
「どうなんだ、早希‼︎」
「リビングメイルだ」
「……なんだって?」
「あの制服だよ。何も鎧だけが、リビングメイルじゃない」
今思い返せば違和感しかない。
……なぜ、休日だというのに、制服を着ていたんだろうな?
気づくべきだった。
「”カイン“を使える存在さえいれば、誰でも装着できる。スライム・モーブの時、新田との戦闘の時だって……当然、チップの主に飲まれるリスクがある。新田は、そう、だった。今のミュレイも、そうなんじゃないか」
さもなくば……自身がサタンの生まれ変わりなんて妄言が飛び出してくるなんて。
……考えたくなかった。
もしかしたら、あの一人称だって。
「それは、個人的な性格に面もあるのかもしれないが」
「…………」
サリバールは、応えず、黙ってしまった。
「だが、ひとつだけ疑問がある」
「……?」
「リビングメイルにしては、学生証のつくりが精巧過ぎたな」
「それは、作らせたから……」
「まさか、ほんのちょっとの傷や、擦れまで再現できるわけではあるまい。学校自体に在籍していたのは、事実だろう。転科しただけじゃないか。なにも、魔法を使うだけが、魔法学校じゃあないだろ」
それでも……魔法を使うことの憧れが、捨てきれなかった。
……だから、リビングメイルにまで頼って。
身を、堕とした。
「まとめると、こうだ。
魔法使いに憧れる、人間女の子が1人いた。
女の子は魔法学校に入っても、魔法は使えない。なんとしてでも、魔法を使いたがった。
サカキバラが、目をつけて、女の子に接近……リビングメイルを授けると、魔法が使えるようになった女の子は、喜んで魔法を使う。
……その間にも、彼女の学校全体にゼリルガンナが施されていき、彼女自身もオーバースキルとチップの弊害で、自我を失っていく。
それを見たサカキバラ、女の子の同級生を消させ、空いた枠に魔法科に転科させる。
……そして、準備完了。
違和感のない『違和感』が、完成。
私たちを、彼女と衝突するようにすれば、後は任せておけば邪魔な私たちは勝手に消える」
……暗殺、という手を取らなかったのは、たぶん、サカキバラなりの美学だ。
彼やその仲間は、逃走することはあっても、戦闘をしないことはなかった。
サカキバラだって……歪んだ形であれど、自分の力を誇示したい、子どもらしい魔術師なのかもしれない。
「なんで、ここで待ち伏せたの?」
「親も、友人も居なくなったミュレイの、世界とのつながりは、いつ現れるかもわからないサカキバラ、自分を追いつめる警察……それに、学校だ。サファが必死に書き残したミュレイの位置情報、あれを見てればわかる……ミュレイは、絶対に、この世界から、街から、逃げようとしなかった」
それは、今のミュレイの高い理想のせいかもしれない。
プライド、自信のせいかもしれない。
ただ、言われたことに従っているだけかもしれない。
でも、私は、未練だと……過去のミュレイの、純粋な意思だと思うのだ。
仕掛けておいたアラームが鳴った。
登校時間だ。
「スペランツァ、避難は完了したか」
『ええ……職員はもう、その場には居ないと』
念のため、署に居てもらったスペランツァ。
避難させるよう頼んでいた。
『……来ますでしょうか』
「心配しなくていい。ちょうど、今。来た」
深淵が開く。
「……行こうか、サリバール」
「僕にやらせてくれ」
力強く、サリバールは言った。
「彼女だって、どんな形であろうと、1人の魔術師なんだ。魔術師として、相手してやりたい」
「……相手は、リビングメイルを着ているんだぞ」
「だったら、僕も着ればいい」
サリバールは、車から降りた。
「許可を」
「……許す」
「ありがとう、早希」
取り出した一枚のチップ。
異形の獣が、描かれていた。
「兄様、チカラを貸してください」
折りたたみ式のデバイスにチップを差し込み、告げる。
……戦闘開始の、合図。
「……SET」
『Start livingmail』
今回はここまで。




