自信過剰は救世主:part2
「すみません、急に呼びつけてしまって」
「いいのいいの!どうせ、暇だったし!」
と、陽気に返す、長身の……単眼の女性。
まさか、医者が、昨日の今日でここに来ることができるほど暇なわけないだろうに。
「本当、ありがとうございます」
「だから、いいって。だって、サタンの血が見れるんでしょ?」
「えっ」
「えっ?」
「あっ、いやっ、見れますよ、きっと」
「……んん〜?」
「見れます、見れます」
怪訝な顔を浮かべる、その女性。
ただ血を調べて欲しいだけだと、伝えてくれたはずなのだが。
……こんな時に限って、サリバールはこの場にいない。
まさか、あいつ、私の言ったこと曲解して伝えたわけじゃあるまいな。
「……サリバール、あいつ、なんてあなたに言いました?」
「ああ、あのね。困ってるから、助けて欲しいって。サタンの血が見れますよって。珍しく、キュルバール君の息子さんから連絡きたからさ、もう楽しみで楽しみで」
「肝心のそいつなんですけど……今、ちょっと、外してて」
「……ええっ⁉︎」
女性は、驚いた表情を見せ、それでも怒りもせず、にっこり笑って、
「ま、いいや。サタンの血も見れるんだし」
……騙しているみたいで、申し訳なくなる。
というか、たぶん、騙してしまっている。
再確認。
「サリバールから、今日の仕事、どんなものだと聞いてますか?」
「ん、えっと、採血して、調べてくれって。初めてだよ、サタンの血を調査するの」
「……サタンの血かどうか、調べて欲しいんです」
「……あっ」
*
「いいよ、ちゃんと聞いてなかった私が悪いんだし……どうせお仕事だし……」
と、女性は狭い部屋のさらに狭い隅で縮こまって言う。
「ま、まだ、サタンの血じゃないって決まったわけじゃないですから」
「だって‼︎アレの生き血がまだ残ってるって言うならさ、わくわくするじゃない‼︎」
「は、はぁ」
「んもぅ……」
まるで、子供のようないじけ方だったが、今回は、我々が悪だ。
ああ、なんでサリバールにあんな騙せと命ずるようなことを言ってしまったのだろうか。
そのとき、こんこん、と、ドアをノックする音がした。現れた小さな人影が、ちょこんと顔を出して、
「隊長、ミュレイちゃん、来ましたよぅ」
と言った。
「あら、サファちゃん。久しぶり」
顔を見たヘルネルが、驚いたような表情をした。
「久しぶり?えっと……」
「覚えてない?まあしょうがないわよね」
「…………?」
「後で話してやる。とりあえず、呼んでこい」
「あっ、はいっ、わかりました」
わけのわからぬまま、サファは部屋を出た。
コンコン。
再び扉が叩かれる。
単眼の女性がパッと表情を変え、私もまた、切り替えた。
「……入りなさい」
ノブが回った。
「失礼します」
ミュレイ・シンナが現れる。
「一人か」
「ええ、はい」
正面の椅子を指し示す。
ひとつだけのそれに、ミュレイは腰掛けた。
「……まるで、犯罪者みたいな扱いなんですね」
「お前の行動は、自首だ。嘘だとしても、立派な公務執行妨害だよ」
「そうですか」
呆気なく認めるその姿は、己の行く末がどうでもいいかのようだった。
「サタンの血が混じっていることが、虚言じゃないか、確認したい」
「これじゃ、ダメですか?」
三枚の紙が、机の上に並べられる。
血液検査の診断書のようだが、うち2枚は、診断不可、と大きく書かれていた。
……こんなものを、初めて見た。
「……ひゃあ、すごい。私、見たことないや、こんなの」
おそらく高位の医者である者ですら、初見らしい。
「ダメだ、あてにならん。直接、血を調べさせてもらってもいいか」
「別に、いいですけど」
小声で、そんなことしても意味ないのに、と聞こえた。
「ヘルネルさん、お願いできますか」
「りょーかいっ」
ようやく、名前を呼ばれた単眼の医者が、ミュレイの側に近寄る。
「注射嫌い?」
「……いえ、別に」
「そう。ならよかった」
パパッと手際よく、採血を済ませてしまうと、
「はい、おしまい!ちょっと、簡単に調べさせてもらうよ」
部屋から出て行ってしまった。
去り際にこそっと、
「気をつけて。この子、本物だよ」
とだけ言い残して。
「……なぜ、自分が他人を殺した、と、嘘をついた」
「?嘘じゃないですよ、殺したんですって」
「どれだけ調べても、君の高校の生徒が殺された、なんて情報は出てこなかった」
「……出てくるわけないじゃないですか」
「では、また違う奴か。それとも嘘か」
「学校の生徒、私の同級生ですよ。前までいましたけど、今はもういないんです」
「……いない?」
「存在しないんですよ、本当に」
ミュレイは、くすり、と笑った。
……こいつ、こんな奴だったろうか。
「ボクが消しましたから。存在ごと、まるごと」
ラチが開かない。
いっそ、話題を変えてしまおう。
「失礼ながら、と、前置きをしよう。君の学校では、虐めは存在するのか」
ミュレイは、初めて露骨に、感情を露わにした。
初めの、語りたがりではなく、縁起じみた主張ではなく、自分の本心の吐露だった。
「これは‼︎ボクの‼︎意思です‼︎」
……激昂したのだ。
椅子を跳ね除けて、身を乗り出す。
記録係、名も知らぬ監視員はびくりと肩を震わせたが、ここで焦っては警察の名折れだ。
……むしろ、こちらの方が引き出しやすい。
「ほう、意思と」
興味を示す……振りをし、自分から吐くことを待つ。
「……ボクが、サタン様の生まれ変わりなんだ。だからボクは……」
はっ、と、何かに気づいたミュレイが、すぐさま椅子を直し、思考し直し始めたようだ。
……しかし、もう、十分だ。
(本物、か)
なるほど、事後ではあるが、その言葉の意図を理解した。
そのあとの会話は、無益なものばかりで、そもそも、ミュレイの発言がずっと少なくなってしまった。
それでも、確信した。
……こいつは、やったのだ。
それも、極めて繊細で、ありがちな理由で。
*
「どうだった?」
驚くほどあっさり聞かれたが、その声は真剣そのものだった。
「……少しだけ、見えてきましたよ。詳しくはいえませんが、嫌な予感がしたので、今日はここに泊まっていってもらいます」
「ん、そう」
それ以上、ヘルネルが尋ねる事はなかった。
そもそも、これを行う前に、情報を外へ出すな、という契約書を幾枚か書かせていた。
それもあって、これ以上知っても意味がないと判断したのだろう。
「……じゃあ、こっちもちょっと、わかってきた事。報告ね」
まず指したのは、数字の列。
「これ、簡単な検査の結果。血液中の魔力の含有量、割合を示したものなんだけど、これが人間の正常値ね。でも、あの子……」
まさか同じ検査をしたとは思えないほどにかけ離れた数字を流し目で見て、ヘルネルは言い淀む。
「……魔力の含有量、割合が多すぎる。ヒトがこれだけ魔力を溜め込んでたら、きっと即死だろうね。この言い方は良くないのかもしれないけど、そこらへんの低級な魔物なんかよりずっと多い。ここの、第二小隊……だったっけ、そこの、隊長さん並みだよ」
「と言う事は、つまり」
「まだ可能性、ってだけ。サタンの血であればもっと多いかもしれないし、そもそもなんで肉体が保つのか、色々とパターンはあっても、どれかはわからない」
「パターン?」
「祖先に、魔物の血筋がいるとか。
臓器を亜人のものを流用しているとか。
ちょっとずつ慣らしていっても、体は誤認するから、大丈夫かも」
ただ、最後のものは可能性は低いかな。
と、測定不能と書かれた診断書をみて、言った。
「……ここにある設備では、これが限界。また何かあったら報告するよ」
「お願いします」
すっかり夜も遅くなってしまった。
もう戻るよ、と言ったヘルネル。
待ち受けていたかのように、稲妻が見えた。
たちまち、ざぁ、と、雨が建物を叩く音が流れ出してしまった。
「……この近場にホテルってある?できれば安いとこ」
「さあ……ミュレイと相部屋にでもします?」
「それはちょっとね」
冗談めいた言葉の後に……彼女は来た。
「隊長‼︎」
悲鳴のように声を張りを上げて、部屋に飛び込んできたのは、サファだ。
「あら、昼間の」
「隊長、大変です‼︎」
ヘルネルの言葉を無視して、私に強く呼びかける。
「ミュレイが……」
「……?ミュレイが、どうした」
「脱走しました」
今回はここまで。




