過去を臨く、reject:後編
一撃のもとに、少女を撃退した。
なんてことはない、ただ、力の赴くままに、「手を前に突き出しただけ」。
それだけで、少女は大きく飛ばされ、全速力で何処かへ逃げていってしまった。
追うのかと思いきや、期待は大きく裏切られる。
少年は、鎧を手放し、倒れた。
*********
お久しぶりです。
声をかけると、その男は振り返って、
「……桐上か」
と、返した。
「一年ぶりですね」
「ほかに、会う機会もない。たまには三人で……他愛ない話でも、しようじゃないか」
男の視線の先に、石碑があった。
漆黒、そして真ん中に名が彫られている。
ーーーー新田安良汰
……遺体は、ない。
あの時、チリとなって消えてしまったのだから。
それでも、至って日本らしい、真っ当な弔い方であった。
サリバールは、「文化じゃない」と言って、ここを訪れることはない。
魔物は遺体が残らないので、遺品に弔い、転生を願うのが主流だ。
……だが、どうにも私には、サリバールがここを訪れない理由はもっと別のところにあるような、そんな気がしていた。
まるで……申し訳なさを感じているような。
あいつのことだ、もしかしたら、ここに立つ資格はないとまで思っているのかもしれない。
あいつは、責任感が強い男だから。
あの時も……最後まで、約束を守って、手を出さなかった……らしい。
*********
私の能力は、使うたびに成長するらしい。
それで誰かを傷つければ、もっといえば、殺して仕舞えば、ますます育つようだ。
それに気付いてからは早かった。
この戦争状態は、経験値が大量に稼げた……戦いにおいて素人である私が、鍛えられた軍人を一瞬で屠ることができるほどの「戦い方」を覚えることもできた。
敵の簡易前線基地をひとつ潰したあたりから、魔物にも、人間にも警戒されるようになった。
魔物どもが多勢を率いて討伐に来ることさえあった……それも全部、ただの経験値に過ぎなかった。
もはや、人を殺してもいいとまで考えていた。
……そう、すでに、目的を見失っていた。
復讐から、やつを、裏切り者を倒すことへと。
そして……戦争の終盤、横槍が入らない頃になって、私は再び。
あの地を、襲撃した。
*********
気づけば、包帯に巻かれた教え子を殴っていた。
「……もう一回、戦う?話だと、危険なやつなんだろ……死にに行くのか」
「……ち、ちげぇ……俺は、守るために」
「お前みたいなガキに守られる筋合いは、ない」
許せなかった。
けむくじゃらの話を聞いて……危険な存在と分かった上で、俺の教え子は、こんなボロボロの体でまだ戦おうとしている。
「また、あれは来る……次は、みんな殺される。抵抗できるのは、俺しかいねぇ」
「ふざけるなよ……!」
再び手をあげようとした時、けむくじゃらの手につかまれた。
サリバール、と名乗った、状況の説明を行った奴。
「……やめましょう、先生。ここで争っても無駄なだけです。今、僕の父が終戦させようと走り回っています。あと、1日、2日で終わるでしょう……それまでにあれが来なければいいだけの話。もし来た時……アラタがいなければ、僕たちは皆、惨殺されてしまいます」
「……‼︎……そもそも、あんたらが手を出さなければ、戦争にはならなかった!」
「センセ、違う。先に手を出したのは、火種をつくったのは、俺らだ」
殴られた頬をさすりながら、新田が言った。
「……なんだって」
「俺らが、害獣駆除、という名目で先に攻撃したんだよ……こいつから、いや、ここにいる人間からも、聞いた。平和に接触しよう、先住民とともに歩もう、希望を持ってやってきた魔物を、無差別に攻撃した。それが、俺たちだ」
嘘をついているような顔でもなく、サリバールの顔を覗いても、騙す時の顔ではなく。
「…………」
「遠慮もなく立ち入った、僕らが悪いのです。大丈夫、戦闘になったら、僕たちも全力でサポートしますから」
「サリー、手を出すな」
新田がサリバールを止める。
「……どうして?」
「また戦って仕舞えば、戦争が長引くかもしれない。それに……俺はお前達にできれば戦って欲しくない」
新田は、自分の手の中にあるチップを見て、握りしめた。
そして、彼女は現れる。
一本の剣を携え、ボロボロの身体で……狂気を纏って。
*********
「あの剣は……あれは、あんな女の子が持ってていいものじゃ……違う、殺して回ったんだ。前よりずっと、成長してる……アラタ、気をつけて‼︎」
「……おう」
サリーが遠巻きから警告する。
正面に漆黒のチップを構えた。
『MOOB‼︎RESET MOOB‼︎G O L E M‼︎‼︎‼︎……REJECT』
鎧を纏い、身構えた。
瓦礫の向こうの少女が、笑う。
「化け物は散々壊したが、人を殺すのは初めてなんだ。殺す前に、名前を聞きたい」
「……安良汰。新田、安良汰」
「私は早希。桐上早希」
鞘に収まったままの剣先を、向けられる。
木製の鞘すらからも、奇妙な力を感じた。
「殺す」
ドグン、と心臓が脈打つと思うと、反射的に、鎧から溢れ出た影で何層もの壁を作っていた。
しかし次の瞬間には空中に打ち上げられている。
……遠巻きに、壁の残骸が見えた。
一瞬で打ち砕かれたのだと、理解する前に、空中であるはずなのに、目の前に桐上が現れる。
「……愛を捧ぐ者」
鞘が胴体の真ん中に突き立てられたかと思うと、地面に叩きつけられていた。
土煙の中で立ち上がると、筋肉が擦れ、口から血が湧いた。
殴られた鎧に触れると、ちょうどそこが粉々に砕けている……触れることさえできなかった彼女が、鎧を砕くまでに力を強めたのだ。
「う、ぐォ、オ、ア゛ア゛ア゛ッ‼︎」
右拳を握りしめ、影で剣を生成する。
重量に足を取られ倒れるのを、その剣を立てておさえ、もう一方の手にも剣を作った。
「オォォォォォオ‼︎」
咆哮を上げ、桐上の元へと全力で走る。
しかし、桐上は一歩も動こうとしない。
圧倒的な力故の余裕か……と、思うと、しかし、次の瞬間には、その予測は覆される。
桐上が、ぐらり、と揺れた。
その目は虚で……意識がそこにないように思える。
容赦なく斬撃を叩き込むと、桐上はたじろぎ、傷口から灰色の煙を出しながら、睨んだ。
「……はあ……はぁ……は、はは」
疲労と、高揚と、入り混じった呻きを発して、そして彼女は、ようやく……
抜刀した。
「にぃーいったぁぁぁぁぁぁ……」
「……やはり、オリハルコン‼︎」
サリーが悲鳴を上げる。
「アラタ、受けちゃダメだ!その剣は、君の鎧も切り裂く……‼︎」
「うるせ」
注告を、聞き流す。
どうせ避けられないのだ、意味なんてない。
「……リセット」
だったら正面から迎え撃って……相討ちになれば、それでいい。
背中から、魔力を加速させる巨大な翼が伸びる。
錆びついた魔力回路の中を、凄まじい勢いでチカラが駆け巡り、全身が激痛で満ちた。
「……ォォォ」
それでも、両手の武器を取り落とさなかった。
それでも、相手から目を逸さなかった。
「……キリカミィィィィィィィィィィ‼︎‼︎‼︎」
「アァァァァァァァァアアアア‼︎くたばれエエェェェェェェッ‼︎‼︎新田ァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」
たとえ朽ち果てようとも構わない……終わりにしよう。
*********
その時だった。
一つの通信が、横にいた兄の耳に入った。
それは予定通りで……しかし、あまりにもタイミングが悪すぎて、安堵の報告のはずが、絶望の報告へと変わってしまった。
見る見るうちに、兄の顔色が悪くなる。
尋ねる前に、兄は、身を乗り出して叫んでいた。
「……戦いをやめろ二人とも‼︎‼︎今、たった今……戦争は、終わったッッ‼︎‼︎‼︎」
なんだって、
耳を疑う。
実は、開戦からずっと終戦条約の締結のために走り回っている男がいた……僕たちの父である。
その努力が、今このとき、ようやく実を結んだ……こんな最悪なタイミングで。
もう少し早ければ、戦いは起きなかった、かも知れない。
もう少し遅ければ、まだ諦められたかも知れない。
だが二人の間に、戦いを止める気配は一切見えなかった……それどころか、次の衝突で二人とも死に至るだろう。
……この期に及んで、諦めが悪かった。
「兄様」
「お前が手ェ出すんじゃない、あほんだら。約束だっただろ、新田との。あとは頼んだ」
兄は、何か小さいものを僕に差し出した。
受け取り、それを確認して……絶句。
「にいさ」
兄の姿はなかった。
「……ま」
そのとき渡されたものを、今でも大事に持ち続けている。
……それは、絵の刻まれた、一枚のチップ。
兄の力の集合体……それを抽出された魔物は、しばらくおいて、「死に至る」
僕の兄は、僕に、自分のチカラ、意思、決意、そして命……全てを託し、ほんの少し、残された最後の力を振り絞って、兄は。
……兄は、二人を。
*********
庇うようにして、人影がひとつ、「穴」より降りてきた。
その人影を認知する頃には、俺と、桐上の剣が、彼を切り裂いていた。
「サリーの……兄さん⁉︎」
「skill・jack」
まるで……まるで子供を撫でるかのように、頭に手を置くと、すぐさま魔法を発動。
全身の力が抜けて……鎧が剥がれた。
桐上も同じだったようで、剣を落とし、膝から崩れた。
サリーの兄は、満足げに笑うと、全身がチリとなって崩れ始める。
最後の瞬間、彼は耳元で、
「先に、進め」
とだけ言って……消えた。
死んだ。
俺が、殺した。
「…………そん、な」
もう、考えることもできなかった。
他人を殺すこと、覚悟はできていたはずなのに、いざ、自分の手で、殺したことを自覚すると、どうしようもなく、苦しかった。
「あぁ……」
嗚咽と、涙が、溢れていた。
それを遮るように、絶叫が聞こえた。
「にぃッたァァァッ‼︎」
襲いかかる桐上に押し倒される。
手には、砕け、鋭利なガラスが握られており、とっさに切っ先を掴むと、俺のものか、桐上のものかわからない血が、顔に滴り落ちた。
「ハっ、アア゛ッ、新田ッ、くたばれッ」
「もうやめろっ!なんで、なんでまだ……っ!」
「お前を、殺さないと、私はっ……!」
「復讐か⁉︎それとも理由もなく殺したいだけか⁉︎」
「……どっちもだ」
力が、弱まった。
涙が血に混ざり、ぽつり、ぽつりと降ってくる。
「私……なんで戦ってるんだっけ……」
「……もう、やめよう。俺たちはこれ以上……」
「あ、あああああぁぁぁぁぁ……」
あとはもう、虚しく嗚咽が残るだけだった。
血塗れの子供が二人、戦場のど真ん中で、殺しあい、そして、殺して……慰め合い。
無数の犠牲を生み、生き残ってしまった。
俺たちにとっては……いいや、もう俺は、この世界にいないのだから、桐上と、そして、サリーにとっては、これからずっと、人を救って生きていくことが、地獄なんだ。
*********
「……拓海さん。お話が、あります」
男の方に向き直る。
「新田が殺された、あの事件。バックの存在がが掴めたんです。そして……これを」
大蟹の絵が刻まれたチップを、懐から取り出す。
「これは、主犯の成れの果てです。問い詰めようと思ったら、すでに……」
「……ああ」
彼は、目を伏せる。
表情は見えずとも、察することは容易だった。
「そうか、主犯は逃げたか。ある程度、すっきりした」
「拓海さん。すみません。裏の奴は……」
「いい、かまわん。お前が、あのときみたいに復讐にとらわれなければ、それで十分」
「……ありがとうございます」
新田の教師であった拓海は、ある種、私の恩師のようにもなっていた。
精神的に不安定だった私がまともな人間まで戻れたのは、サリバールや、新田の力もあるのだろうが、この人の力もまた大きかった。
……そして、彼を前にして、過去を思い出し、忌々しい、あの事件すら思い出し、ひとりの女の子のことを、伝えていないことに気がついた。
「そういえば。あいつが助けた女の子、うちの課に来ましたよ。少し……マヌケですが、勇気がある子です」
「……なんか。いや、こういう言い方は、好きじゃないが……似てるな」
「憧れなんです、って」
彼女が、警察官の役職を指す、フェイア、という名前を提げて訪れたときは、仰天したものだ。
そして……今でもたまに、サファの姿と、新田の姿が重なることがある。
どこか、魂の深いところが似てるのだろう。
「……新田が来てた鎧、あれまで、ちゃっかり受け継いでしまって」
「そうか。強い子なんだな」
拓海が、自分のポケットの中を漁る。
そしてその中から一枚のチップを取り出した。
……見覚えのある、漆黒の……
「‼︎これは、リジェクトチップ⁉︎」
「気づいたら持ってたんだ。せっかくだし、持ってきたら、興味深い話をするものだから……お前に託すよ。桐上、お前が使うでもいい。その子に使わせるでもいい。もっと違う、誰かでもいい。いっそのこと、捨ててしまってもいい。ただし、あのときみたいな、戦争のためには使うな」
「……わかりました」
きっと、それは叶わないだろう。
これを捨てる度胸はない……かといって、ずっと置いておくことも無理だろう。
相手が、相手だ。
これを使うことのない、そんな未来など、ありえないだろう。
だがもし……ほんの少しでも可能性があるなら。
「信じてみたい……な」
「ああ、俺も、信じるよ」
ついうっかり口に出してしまったようで、彼の前で、私は、ひどく赤面した。
今回はここまで。




