翼のある使者:パート4
……またか、と、言いたくなる。
幸い、口には出なかったようだが、顔には出たようで、目の前にいる、いや、私たち以外でこの周辺にいる唯一の人間である男は表情を曇らせた。
目は口程にものを、ともいうが、ただ、向こうも同じ感情を抱いただけかもしれない。
男というのは、サカキバラである。
そう、凶悪犯罪者であり、討伐対象のサカキバラ。
絶対に戦闘は避けられないのは確かなのだが、相手が相手だけに、できれば出会いたくない……そう考えていた。
ほんの少し見ない間に、また禁忌のレパートリーが増える可能性があるからだ。
前は、互角に戦えた……いや、以前でもなお、押し負けた。
それなのに時間があいた時、一体どうなるのか。
考えたくもない。
……だが、この期間。
ほんの少しの時で、禁忌が増えるはずがない。
この期間でもしひとつでも作れていたとすれば、それはもう、魔王ですら単体で倒しうる程の天才なのだから。
そうなると……警戒心が、一気に薄れ。
真っ先に出てきた感情が、倦怠のそれになったのだ。
「あぁー……こんなことなら、格好をつけて出てくるもんじゃあなかった。どう思う?ミスター、サカキバラ」
拳銃を手の中で転がし遊びながら、彼に言う
「そっちは出てきた得物を叩けばいいだけだろう、ミズ、キリカミ」
「ほう、名が割れたか」
「このぐらいは、お手のものよ」
「それもそうだろうな……さて、なぜ、こんなに早く出てきた」
「わざわざ言うわけが」
「おっと」
弄んでいた拳銃を、彼に向ける。
さっと、いつもどおりに。
「お前に黙秘権は、ない」
「……これが、日本の警察ってやつか。面倒なやろうだ……だが、それでも言えない約束なんでね。依頼主が、化け物すぎて。万が一の口を滑らせたら、俺の首が飛ぶだろうよ」
「言え」
引き金を引いた。
弾は、彼の頭のすぐ横を通り抜ける。
だが、それでもサカキバラは、不気味に笑って返した。
「無理だ」
と。
ひとつ、ため息をついた。
手の中の銃はそのままに、無線を切って、サリバールを退かせる。
「いいのかい?」
と、言ってくる獣人だが、目線を送ると、やれやれ、と言った風に、彼は穴の向こう側に消えていってしまった。
そしてまた、繰り返す。
「言え」
「マーキュリーだ」
外部との通信手段を一切断った途端にあっさり、彼は口を開く。
「……なに?」
「知らないのか……」
呆れたように、首を振る。
「しょうがない、今ここで、彼が誰だか伝わらなければ意味がないからな。……魔王軍には、7人の幹部がいる。頭領マーズをそのトップに据え、ヴィーナス、ジュピター、サターン、ウラヌス、ネプチューン、そしてマーキュリー。それぞれが、それぞれの名を冠した、呪殻をまとえる」
「呪殻?」
「手前らで言えば、リビングアーマーだの、リビングメイルだの言われるあれだ。ぶっ飛んだスキルと桁違いの魔力をもって初めてまとえる、アレ」
「……だが、その、幹部ってのは」
「当然、魔物だ。今頃驚くか?お前の部下だって、魔物のくせに着ているじゃないか。呪殻……リビングメイルをまとえるものは、純人間より、魔物の方が多い……彼らは、特別だが。当然、民間が彼らを知ることはない。その様子だと、日本側の政府機関ですら隠蔽しているな」
「特別?」
「おっと、うっかり」
わざとかのように、首を振る彼。
「これ以上言うと殺される。彼は勘が鋭い」
余裕そうに続けた……銃口を向けられているにもかかわらず、だ。
突然、彼が一歩引いた。
とっさに身構えるが、もう遅かった……さらにもう一歩、もう一歩。
「待て‼︎」
トリガーを引き絞った。
鉛の弾丸が、サカキバラに飛ぶ……が。
まるで、球が遅すぎるかと言わんばかりに、のそっと回避された。
「……⁉︎」
「そんなわけで、退散させてもらおう」
「っちィ‼︎」
舌打ちをして、拳銃の中にマガジンを叩き込む。
『READY……』と機械音声が終わる前に、SET、と叫んで飛び出していた。
勇者のドレスが纏われ、拳銃が剣へと変貌していく間にも、彼は穴を開き、その中へと入ってゆく。
『RESET!』
「愛を捧ぐ者ッ‼︎」
勢いに任せて、剣を振るった。
放たれた斬撃が、飛ぶ。
敵を両断するように……そして。
もうひとつ、現れた穴に。
吸い込まれた。
「遅かったな」
と、サカキバラは言った。
直後、彼の穴が閉じる。
「サリー、追跡‼︎」
叫ぶと、(人使いが荒いね!)と、空間の向こうから聞こえた。
しょうがない、私は穴を開けることはできない。
あいつに任せるしかないのだ。
さて。
もうひとり。
穴の向こうから、気配がする。
「……誰だ」
現れたのは、仮面で顔を覆い、パーカーを羽織り、フードを被り……その下に、鎧を纏った男だった。
いつか聞いた声で、彼は答える。
「……VANPIRE」
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「ああ、がぁっ、なん、かいめだ、こんなことになんのは……」
おそらく3回目でしょう……もっと多いかもしれません。
腹に突き刺さった槍を、乱暴に引き抜きました。
放り投げられた槍が、コンクリの地面に転がります。
「スペランツァ……」
言い終わる前に、スペランツァは行動に移っていました。
回復?
いいえ。
「防御を……ッ!急いで‼︎」
「わかってる……‼︎」
二人が、ドーム状の薄暗い膜に覆われた直後。
水でできた無数の槍が、その盾に四方八方から襲い掛かったのです。
この……壁を越えて伝わる、衝撃‼︎
彼女だって、レベル4相当の魔法や禁忌すら自在に操る人間……いえ、魔法使い、と言った方が正しいでしょう。
そう、人でありながら、魔法使い以上の魔力をスペランツァは持っているのです。
ではなぜ、ここまで衝撃が突き抜けるのでしょうか?
魔法の相性が悪いから?
魔力を温存してるから?
魔力が足りないから?
……いいえ。
その全ては、ありえません。
魔法において、最も大事なものが足りなかったのです。
……魔力の量じゃない。
……相性じゃない。
それは、美しさ。
つまり……決定的に、そして致命的に、魔法を操る「技術」が足りないのです。
その証拠に、ほら。
ヒビが。
「掴まれ!」
「……今、集中を切ったら……‼︎」
「大丈夫、信じろ‼︎」
返答も待たず腕を思いっきり引っ張って、全力で離脱しました。
流星に願いを注ぐのよりもはるかに短い時のあと、壁は崩され、ドームがあったはずの場所には、巨大なクレーターができていました。
私たちは、なんとか逃れらました。
なんとか。
スペランツァを庇ったおかげで、ダメージがとんでもないことになってますけど。
手元のランスで支えてやっと立てるぐらい。
わからない?
じゃあもっと簡潔に。
足の感覚が全くなし。
折れたか……もしくは、もげたか。
確認するパワーも残ってませんけど。
「……‼︎ヒールを」
「いい……奴は」
その時、クレーターの向こう側に、揺らぐ人形が見えました。
上半身と下半身を分断したはずなのに……生きていました。
その体は、ゆらゆらと、液体のように歪みます。
「残念だったなァ、こちとらちゃっかりウンディーネなもんでよォ、かァいそォになァ、せっかくそんなになったのに、残念、そんぐれェじゃ死なねェんだわ」
煽るように、彼は言った。
「……ッ!」
「スペランツァ、抑えろ」
「……でも!」
「策がある。一か八かの、ゴリ押しの策が」
ゴリ押し?
そう聞くと、返答が返ってきます。
……笑って。
「ああ、そうだ。見せてやるよ。あたしのスキル!
……RESET‼︎キオクを描く者たちッ‼︎」
どっと、疲労感に近いものが体にのしかかりました。
隣にいるスペランツァも同じように、軽く顔をしかめています。
しかし……何故か、体力が、身体が、蘇ってゆくのです。
奇跡のように。
魔法のように。
……違う。
そんなのじゃないんです、これは。
キオクを描く者たち。
わたしと同じ……スキル。
「そうだ、お前と同じ、ただし能力の違うスキルだ。人のキオクを食って効果を発揮するキオクを描く者たちの中でも、わかりやすい方だと思っているが。そう。あたしの能力は、
誰かがあたしのことを覚えている限り、不滅。
お前と同じ、不死だよ。
……思い出した、お前、たしか。
魔王の幹部、裏切りの人間側。
……よくのこのこと出てこれたな。
マーキュリー……いや
……メディアッ‼︎」
「……チィッッ‼︎」
マーキュリーと呼ばれた男が、槍に手を伸ばしました。
それを……容赦なく。
なぎ払いました。
再生される前に、ランスにある孔に一角獣のチップを叩き込みます。
『START Livingmail』
「……教えてやろう」
『Open the 3rdworld』
「あたしの今の名は、シンシャ」
『Ready』
「……昔の名は」
『GO』
全身に鎧が纏われてようやく、笑みを、消して。
「……シャルロッテ。
わかったか?SARRY・DIE-O・KAINを殺した、勇者だよ」
『model……U N I C O R N』
「さあ、はじめよう。なつかしい戦いを」
ランスを、構えて。
「手加減はしない」
今回はここまで




