翼のある使者:パート1
たとえば、横暴な上司と、それに反抗する部下がいたとする。そして互いが、互いを潰しうる力を持っていたとすれば?
そんなわけで。
ここは、署の地下にある模擬戦室。
なぜ存在するのかは謎である。
その純白の正六面体の中には、拳銃を構える女と、背の低い女が向き合っていた。
経緯を説明しよう。
「サファ。お前の食事当番週三日な」
「なんでですかっ!?理不尽です!」
「お?やるか?」
「受けて立ちます!」
以上。
バカか、この人らは。
「さて、ルールは簡単」
観戦席に座って、スペランツァとともに、その様子を眺める。
申し遅れました。
語り手はサリバールでお送りしております。
「どっちかが降参するまで殴り合う。バディのサポートは無し。OK?」
『了解』
『わかりました』
試合開始。
……もう、なにもいうまい。
リビングメイル同士の殴り合いの開始だ。
(ready……)
『『SET‼︎』』
(GO‼︎)
model……G O L E M‼︎
model……B R A V E‼︎
両者ともに、ドレスが装着される……ってあれ?
『サファ……それ』
『へへーん、うらやましいでしょう?ミニスカート』
サファのリビングメイルが、リビルドされていた。
花弁のようなドレスと違って動きやすい、短いスカートへと。
『ゴーレムの特性は、自律と守護!最大限生かせるように改造しました!』
グラスの下の、目が笑う。
だが……。
「どっちも……下がってそう……?」
スペランツァが代弁してくれた。
そう思われてることを知ってか知らずか、サファは警棒を構える。
『恐れ慄きなさい!R魔法、ザン・カレスドリ!
と!ファマ・エアロハ!』
「ファマぁ!?」
素っ頓狂な声を上げた。
仕方ない、許してくれ。
ファマって。
「サファ、なにする気?」
「飛ぶ気……ですよ‼︎」
隣のスペランツァが興奮気味に言った。
「ただ身体能力を上げるだけじゃ……隊長には追いつけない。だから、飛べば……!」
『追いつけます!』
『ありか、そんなのォ‼︎』
互いの力が、衝突し、拮抗する。
ただ、早希はまだスキルを使っていなかった。
すなわち……。
早希が、押し負ける。
彼女の手元の拳銃は、ゴーレムの剣に弾き飛ばされた。
『……チィ‼︎』
早希が地を蹴り、距離を取る。
それを、ファマで追いかける!
『にが、しま、せ……ん‼︎』
加速が、増してゆく。
そのまま、まっすぐ、直進。
その速度についていくことは、たとえ勇者であれほとんど不可能だろう。
だが。
一直線に進むサファを迎撃するのは、容易いことでもある。
『愛を捧ぐ者‼︎』
早希が叫び、拳を振るう。
その瞬間、誰もが早希の勝利を確信した……サファを除いて。
サファは、スラスターとなった背中を、一気に天井へ向けた。
自分自身と同じように、真っ直ぐ飛ぶ早希の拳の軌道を、まるで最初からわかっていたかのように。
いいや、そこまではまだ、早希も予想の範囲だろう……飛び込むサファを次ぐ拳で迎え撃つ。
驚くべきは、そこからだ。
サファが、必中のはずの一撃を、表情も変えず回避した。
さらに、交差された腕の間を縫うように……一発、早希の顎に拳を入れた。
「……は!?」
信じられなかった。
人ができる動きの限界を超えている……!
「すごい……サファ、未来を……みてるみたい」
スペランツァが、興奮して言う。
その言葉に、合点がいった。
彼女は、サファはどうやら、亜人、すなわち魔物の一種でありながらも、スキルを持っているようだ。通常、魔物がスキルを持つことはないのだが……彼女は、人とのハーフ。「魔物」半分、「人」半分だ。
そのため、魔力を持ちながらスキルを覚醒させる、特異な存在となりえたのだろう。
問題はそのスキルだ。
彼女はいった。
「地図を思い浮かべる能力」だと。
それだけ聞けば、スキル「虚を埋める者」と同じようにも思える。
だが、違う。
全く違う。
「虚を埋める者」は、あくまで視野を広げる程度。どれほど才能のある人物が発現しても、燃える範囲は半径100メートル程度であり、大した能力ではない。
だが、彼女はどうだ。
世界を覆うほどの、巨大な「地図」。
そして……未来を見るかのような動き。
後者がスキルによるものであれば、「虚を埋める者」では、決してないのだ。
簡潔に言えば、サファのスキルは、四次元に干渉する能力。
縦、横、奥行き、そして時空。
万が一、この考察が当たっていれば。
これに匹敵しうるスキルなんて……。
「『キオクを描く者たち』ぐらいしか……ないじゃないか」
気がつくと、サファが、早希にもう一撃、入れていた。
早希は、防戦一方であった。
すでに壁側まで追い込まれており、丸腰の彼女に反撃する手立てはない。
彼女のスキルは「愛を捧ぐ者」。
一つの特殊を除けば、ただの肉体強化スキルである。
攻撃が当たらなければ、意味はないのだ。
そのうえ、彼女は人間であり、魔力を持たない。
一見、相性が悪い。
それでも。
スキルを使いこなしていたのは、経験を積んでいたのは……早希だ。
サファは、ほんの一瞬、顔をこわばらせると、思いっきり地球を蹴った。
ファマを噴射し、距離を取る。
サファに、余裕がないように見えた。
『……ああ、予想は合ってたようだな』
早希が、ゆっくりと自分の得物を拾いながら言う。
『どうやら、お前は未来が見えるらしい。ただ、それは確定した未来ではない。いくつかの可能性だろう。
さすがに、私が自爆しようとすれば、退くか』
「は……」
息が漏れる。
驚いてばかりだ、今日は。
自爆……魔力を持たない彼女の言う自爆とはすなわち、スキルの暴走だ。
その可能性が未来の一つとして示されたのはすなわち、暴走寸前まで能力を引き上げたのだろう。
間違いない。
この世界で、最強の2人がぶつかっている。
ただ、僕の脳が受け入れることを拒否しているのか……真っ先に出てきた言葉は。
「頭、わるっ」
ただの、暴言でしかなかったのだけど。
『……ファマ・エア……』
サファが再び、魔法を使おうとする。
……が。
『させるか』
早希はサファの元へ一瞬で近づき、弾丸をたたき込んだ。
リビングメイルは、ダメージは軽減するものの、当然幾分かの衝撃は抜けるし、痛覚もある。
たとえば、弾丸をゼロ距離で撃ち込まれたら?
……許容できない痛みに、人はフリーズするようで。
サファが、固まった。
瞬きすらできないほどの時間だ……だが、確実な隙である。
サファに蹴りを喰らわせ、さらに隙が大きくなったところに……展開したブレードを叩き込む!
そこから先は、先ほどまでの防戦一方とは逆に……早希が凄まじい勢いで斬撃を繰り出していった。
その最中、早希が呟く。
『……なるほど、物理には硬いのか』
息をきらせながら、サファが応えた。
『前も、聞きました……!今は、あの時のようにはいきません‼︎ゴーレム‼︎』
(RESET‼︎)
『ファマ・エアロハ‼︎』
サファが飛び上がった。
早希を飛び越え、その先で着地する。
『……っらぁ!』
そして、前のようにゴーレムを召喚した。
簡易的な自律コアを入れた、擬似ゴーレム。
だが……到底、そんなもので早希が止められるものか?
否。
そんなわけがない。
『……ふざけているのか』
『いいえ。ゴーレムもどきじゃ敵いませんから。……だったら、本来のゴーレムすら上回るような魔力の密度にしてしまえば』
唐突に。
サファが、ゴーレムに喰われた。
彼女をすっぽり覆うゴーレムは……その右手に、集結する。
『わたしの全力で、撃ち出せます』
完成したのは、右腕を呑む、石の巨大な拳だった。
『おもしろい。ならば全力で受けて立とう』
(RESET!)
『正面からな』
早希の得物が、光を放つ。
サファが構え直した。
どうやら、回避を諦めたようだ。
結局行き着く先は、読み合いのない、ただの殴り合い。
力の、ぶつけ合いである。
双方、全力。
双方、全開。
『ナクル……』
『レベルアップ……』
『スオラ……』
『オーバー……』
『カレスドリグッッ‼︎』
『ファイブッ‼︎』
鯨波。
貫け。
爆…………発‼︎
……画面が、黒に染まった。
地面が揺れる。
「れ、レベル4の魔法と……」
「スキルの限界を……」
ぶつけやがった、とまでは繋げなかった。
もう、わけがわからない。
「……早希、あいつ、無事か?」
「サファ……生きてる……?」
1分ほどして……ようやく、カメラが復活した。
そこに映されていたのは、ただ一人立つ、早希の姿である。
「決まった、かな」
「……ええ」
どうやら、勝ったのは。
『私だな、サファ』
『ああ、負けた』
二人の声が入ってくる。
……が。
「……サファ?」
スペランツァが、違和感を覚えた。
『だーかーらー、サファ、てめえが油断せずちゃんと相手の動きを読んでればなー』
と、言い出した。
……サファの声で。
『あぁ……どうした?』
彼女の目の前にいる早希が、訊ねる。
だが、それはサファの耳には入らなかったようだ。
『は!?あたしが戦えと!?戦おうにも体がないって何度言ったら……』
『……誰と話してる?』
『は?』
ようやくサファが反応した……サファのような何かが、反応した。
『……ん?』
体、視界の順で、彼女は見直した。
腕を回してみたり、走り回ってみたり。
やっと理解したサファ(?)が、汗だくで早希に向き合う。
『あー……えっと』
『うん』
『なにかありました?』
『無理がある!』
どうやら……
いよいよ頭がおかしくなったらしい。
今年はここまで。
新年間際ですが……良いお年をお迎えくださいませ。




