ちびっこ警官の引き継ぎ会:Second
「警部補……!」
えげつない音を立てて、扉が開け放たれた。
蝶番が一個外れたが……その、サリバールの切羽詰まった顔を見て、無理に意識の外に追いやる。
「桐上警部補……奴らが、モーブが現れました」
「またか。私が出ると伝えろ」
「ですが、署長出るなと」
「なに?それはまたどうして」
「それが、第二小隊が出るからと……いえ、隠しても無駄ですね」
一拍おいて、息を軽く吸い込んだ。額の汗が、頬を伝う。
「サファが、そこに。出現地にいるようです」
「な!?」
椅子を倒して、跳ね上がった。
「なぜ、あいつが!」
「知りませんよ、そんなこと!」
「もういい。行ってくる」
止めもしないサリバールを通り抜け、取れかかった扉を閉めようとすると、もう一方の蝶番すら外れた。忌々しげに舌打ちをし、蹴り飛ばす。
地に伏した扉を足蹴にして、走っていった。
残ったサリバールは、彼女がいったのを確認し、手の黒いチップを上に投げてはキャッチする。
「よくもまあ」
懐から、折りたたみ式のゲーム機のようなものを取り出す。横から引き抜かれたタッチペンが、画面の上を行き来した。
「何も考えずに動けるもんだ……だけど、ここで止まってもらうぜ?」
『open the 1st World』
黒い穴が、開いた。
その穴の先にも、重なるようにそれがある。黒の中に、チップを投げ込んだ。
「頼んだよ、少しだけ止めてくれ」
穴の中から、曇った声が聞こえた。
『……!!!……M O O B』
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「ちょ、なんですかあれ!」
逃げ惑う人だかりの中、1人立ち向かおうと腰の警棒に手を伸ばしました。
しかし……指は虚しく空をつかみました。
「あ、警棒忘れた」
ズゴン!
そんな呆然としているまもなく、轟音が響き渡りました。ゴブリンが手に持った小刀を振るったのです。しかし、それだけで。
「……ッ!地面が……」
大きく、裂けていました。
「被害者は……!」
急いであたりを見渡しますが、周囲にはすでに人も魔物もいませんでした。
いいえ、わたしと、ゴブリン。
そして、男性がその場にいました。
「……え?」
男性?ともう一度見直しました。見間違いであるように、願いを込めて。しかし、決してそんなことはありませんでした。残念なことに、本当に彼はそこにいたのです。
ふと、足に目が行きました。それもそのはず、そこには白い包帯が巻かれていたのですから。そのせいで逃げ遅れたのでしょう。彼の目は、まだ若い、大学生ほどの彼の目は、おびえ切ったいました。
唐突に、背後からの強い視線を感じ、背筋が強張りました。ゴブリンも、彼を見ていたのです。
「間に合って!」
スオラ・カレス!と私が叫ぶのと、ゴブリンが踏み込むのとがほとんど同時でした。
そのため、少しだけ彼に近かった私が有利でした。ただ、一つ問題点を挙げるとすれば。
逃げる時間がないことでしょうか。
警棒を持っていれば、あるいはあと一秒行動が早ければ結果は変わっていたでしょうが……しかし、そんなことを考えても意味なんてなくって。
背中を火であぶったかのような、熱が線を引きました。
「…………っあ」
背中から血が噴き出しました。
「あ、ああ……」
と彼が情けない声を上げます。
でも、ここは。安心を、させないと。
「大丈夫、大丈夫ですから」
正直大丈夫なんかじゃありませんでした。視界がぼやけて、意識が遠くなります。でも、それでも。
「安心して、ください。だからはやく」
とそこで、次いで背中に小刀が突き刺さりました。声にならない悲鳴が、口から漏れます。
「そうでしたね、足を怪我していたのでしたね」
ふと気が付き、手に全身のかすかに残っていた魔力を、血とともに流れ出した魔力の残骸を寄せ集めました。これだけあれば一人は生き残れるでしょう。ただ、残ったわたしがどうなるかは……じわじわ殺すゴブリンのことなので、想像したくもないですが。
「ほら、泣かないで」
もう、子供をあやすようにそういうしかありませんでした。
ただ、願うことはただ一つ。
おねがい。いきのびて。
「ウォル・エアロ」
小さな風の塊が、彼を突き飛ばしました。それとほぼ同時にゴブリンが襲い掛かり……そして、穴が開きました。よく知った暗い穴ではなく、光で満ちた穴が。
「え」
その中から、黒いチップが飛んできました。
チップから先ほどと同じように、黒い泥が漏れ出し魔物を形作ります。
ゴーレム。
そう呼ばれる魔物を。
黒い土の巨人は、拳を振りかざしました。ただし、わたしではなくゴブリンに向かって。ゴブリンは茫然としたまま、一撃で屠られました。
「うっそぉ……」
と、そこで口から血があふれ出ました。背中がずき、と痛み、血の海に倒れこみました。意識が……朦朧とします。
(まずい、しぬかも)
しかし、体は動きません。
ゴーレムが私に向き合う気配がしました。同時に、黒いそれが……穴が。浮き上がるのも。再びチップが穴から出てきて、今度は二体のゴブリンを生み出します。ゴーレムはそれに気づけず……腕を落とされ、腹を裂かれました。
それでも。ゴーレムはわたしと向き合うのをやめません。
ゴブリンは私に語り掛けます。
……久しぶり、サファ。
覚えてるかい?
いや覚えてなくともいいんだ。
君を救うことさえできれば。
君も消えそうなんだろう……あの時の俺と同じように。
ただ、消えるのは俺だけでいい。
その代わり、戦ってほしい。
……とんでもない代償だな。
でも、君にしか託せない。
この力は、君でこそ使いこなせるはずだ。
頼んだぞ。
サファ。
『ready……』
「……set」
『go!』
『model……G O L E M !!!』
今回はここまで
頑張れ俺……




