田辺との再会
それから二人は海軍省の公用車で旅館へ向かった。部屋に入ったところで、里井の怒りが爆発した。
「なんだあの野郎!無かったものとする?ふざけんのもたいがいにしろっつーの!」里井が思わず叫ぶと、
「まぁまぁ落ち着いて、あのクズのことは無視だ。」と山本が里井をなだめ、夕食を頼もうと女中を呼ぼうとした。そこへ
「失礼します。」と若い女中がやってきた。年は18ぐらいだろうと思われるその女中は部屋の中の二人に「海軍の里井大佐と山本閣下でございますか?」と聞いてきた。二人とも答えない理由もなかったので
そうですと答えると一枚の紙きれを近くにいた里井に手渡した。
「先ほど陸軍の方がこちらへ来られてお二人に渡すように言われまして」といった。
陸軍からということは田辺からかな?と思い紙切れに目をやると、
田辺独特の細い字で何か書いてあった。
「田辺君だったのかい?」と山本に聞かれた。女中の姿はもうなかった。
「はい。」
「なんて書いてあるかよみあげてくれ。」
「承知しました。ええっと
『連合艦隊長官山本閣下と里井大佐へ
会わせたい方がいるので、本日2300に旅館の外でお待ちください。車で参ります。
田辺』」
「2300か・・・」山本が言い、
「奴は誰に会わせる気でしょうか?」里井がつぶやく
それから二人は夕食を食べ、適当に時間をつぶし2300を迎えた。
約束の時間になったので、二人は旅館の外へ出た。12月も13日
出口を出た瞬間の寒さというものは耐えられないものだ。里井は歯をカチカチ言わせているが、山本は大丈夫なようだ。さすが新潟生まれと里井が思っていると、車のヘッドライトが山本と里井を照らした。
車は里井と山本の姿を認めると、二人の目の前で停車した。黒塗りの4人乗りのたぶん国産車。陸軍の公用車だ。停車すると車の助手席から陸軍の軍服が大変似合うほっそりした見知った男が出てきた。
「やぁ、里井さん。山本閣下も」そう、この男が大日本帝国陸軍特殊参謀田辺京介ある。
田辺は二人を後部座席に乗せると、あたりを見回して助手席に乗り、運転手に「だしてくれ」と短くいった。
「んで、会わせたい人ってのは?」と里井が聞くと、
「これから行く場所を見ればわかる。びっくりしないでくれよ。」と田辺は笑って答えた。
旅館を出てからどのくらいたっただろうか。窓に目をやって里井は目が点になった。
「おま・・・ここって・・・」
山本も『え?』という顔をしている。
そして田辺はこう言った。「この車は皇居に向かっている。」と
「・・・正確には宮城だろ」と里井は突っ込んだ。