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世話焼きさんと、一大行事

作者: 三宝すずめ

「ねぇマキちゃん、聞いてよ! 酷いんだってば」


 頭の上から煩い声がする。永い付き合いで慣れたが、ユウちゃんは本日もトラブルに見舞われているらしい。ここ数日、かなりの時間を割いて検討した筈なのだけれども……


 幼馴染みの悩みよりも、今は眠気の方が強い。私は机に頭を置いたまま無言を貫いた。


「ねーねー、お馬さーん!」

「……何?」


 考え過ぎる性分なので、起きているとアレコレ要らぬことまで気を回してしまう。出来れば授業まで机に突っ伏しておきたかったけれども、ポニーテールを引っ張られると、寝てもいられない。


「起きた。お馬さんて言われるの嫌なら、髪型変えたら?」


 綺麗に染められた茶髪にボリュームのある睫毛、ネイルもバッチリ。そんなユウちゃんは、不思議な生き物でも見るような目で私を見ている。高校入学以後、私が学校に化粧して行ったことがないと知っているんだから、もういい加減諦めてくれ。


 というより、相談を持ちかけた相手にその目はないでしょうよ。寝不足の頭の中に、ここ数日の出来事が飛び交い始める。今更ながら、髪くらい切っておきたかったと思えば、恨めしくもあるぞ。


「誰かさんのおかげで、美容院に電話する時間もなかったからねー」

「へー、大変だね。マキちゃん面倒見がいいから、その内にモテるよ。やったね!」

「同性にモテモテよ。破天荒なあんたの世話焼くから、大抵の人の相談には乗れるわ」


 他人事のように語る幼馴染みを半眼で睨んでみるも、ぐっと拳を握るジェスチャーだけが帰ってきた。何だそれは。むしろ貴女の方が不思議な生き物でしてよ? そうも言ってやりたいが、主言語が肉体言語な人には無駄かと諦める。


 今朝も髪が上手くまとまらなかった。短くしてしまおうかと思っていたのだが、生憎と自分にかまける時間がございませんでした。通話アプリから引っ切り無しに呼び出しを受けていたんだから、無理ですよ。


 スマホの電源を切ったら、家電にまで掛けてきやがった。おかげでこっちは寝不足だ。


「伸びたねぇ……私が予約しておこうか?」

「いい。ユウちゃんが行く店は高い」

「いいんですか? 早速予約を――」

「結構でございます。お断りしておりましてよ……おま、大体わかるだろ!」


 ユウちゃんは思いっきり首を傾げてくれている。いつでも思いつきで喋る彼女の相手をしていると、時折無性に叫びたくなる。お気に入りのバンドのツアーに行こう、そこでまとめて叫ぼう。


 言い訳臭いけど、誰が見ている訳でも、見せる相手がいる訳でもないのです。髪は適当に縛って放ったらかしたまま。ついたあだ名は馬の人――世話焼きの噂が先行して、他のクラスの名前も知らない人間からも相談を受けるようになってしまった。ところで、馬の世話人って書いたら、牧場主に見えませんか。見えませんね。


 それにしても、ポニーテールだからって馬はないでしょうに……それ以外、私に特徴がないからかもしれないが。髪でも染める? 似合わないから嫌ですとも。


「で、このお馬さんに何の用よ? 連日計画練ったでしょ。もう渡したんでしょ?」

「あ、そうそう――思い出してムカついてきた。彼氏がさぁ、酷いのよ!」


 結局、舵を戻してユウちゃんの話を聞いてしまう私。


 全く不本意だけど、何と言うか、困っている人を見たら放っておけない体質だから、諦めるしかない。天国のばあちゃんが「人のためになることをしなせぇ」そんな風に言ったのが悪いんだ。


 ユウちゃんの話は本日の一大イベントに関するものだった。チョコレートを通学前に彼氏に渡したが、すっごい不機嫌な顔して受け取りやがった、ですって。


 寝不足な上に朝からこんな話を聞かされるとか、恨むぜ、ばあちゃん! そういえば、ばあちゃんの口癖は「人の所為にするな」もあった。ごめん、ばあちゃん。


「聞いてる? 酷くない? マキちゃんに手伝ってもらった傑作だったのにさ、こうパァっとした感じの。包装は地味だけど、中身はキラっとしてるのに……酷くない?」

「あー、へー、ふーん……」


 気のない返事をしているが、とっ散らかった話を整理するのに必死なんだよ。擬音を使われるとニュアンスが掴みづらい、そこを噛み砕きながら、何がいけなかったか思い返すのに忙しい。


 人が勉強してる最中に「カラオケ行ったよー」だとかラブラブな写メ送ってきやがったな。鬱陶しい程にラブラブだった二人に……ラブラブって死語かしら。今朝も彼氏と学校行くからー、と言っておきながら通学途中に電話してきやがって。迷惑だ。


 擬音多めの話と、バシバシと肩を叩かれる肉体言語に苦戦する。聞いているつもりが、眠気に引かれて頭が上手く回らない。


 数日間のことを思い出しつつ、問題点を整理するのは結構大変で――そう言えば、同時並行の作業って脳に負担がかかるってテレビで言ってたっけか。テレビと言えば、今朝も特集されていましたな。“需要あるの? 高級な義理チョコ特集”でしたか……義理に高級とか、お返しする人も大変だろうに。もうその文化は廃れてしまえ。


 気を抜くと、あちらこちらに意識が飛んでしまう。興味のない話題には集中が続かないのは、悪い癖だ。それでも一人連想ゲームをしている内に、パズルのピースは揃ったように思う。


「……彼氏さんさ、開封した?」

「開けてない。だから腹立つの!」

「ははぁ、じゃあ今から呼び出して二人で開けておいでよ」

「ピコっと閃いた? よ、お馬探偵!」


 晴れやかな顔を浮かべるユウちゃんに、私は頷いてみせた――何となく繋がったので、確認を取りながら整理した。探偵と呼ばれる程の名推理だと思うが、馬は余計だ。このポニーテールでしばいてやろうか。


 ここ数日はチョコの準備で、ユウちゃんは私にベッタリだった。普段から彼女にベッタリだった彼氏くんは、さぞご不満だったんだろうと推察。


 更にチョコは手が込み過ぎて、数は五十三個――付き合いだしてからの日数らしいが、クリスマスに成立したカップルなんて、爆発四散してしまえとしか思わない。


 私情はさておき。大量につくられたミニチョコは、コンビニで売られている安物のチョコとまったく同じ包装がされている。サプライズらしいが、何の驚きかは私には理解出来ない。


「だから開けて、食べるまでが一セットだって言ったろうが!」

「だってー、渡した途端に怖い顔したんだもん。今のマキちゃんくらい怖い顔」


 目が切れ長なんです。日本人らしいんです、放っておいてください。


 ともかく、二人で一緒に食べたら解決する筈だ。眠りたい私は、行け行けと手を払うが、ユウちゃんにはまだ不満が残っているようだった。顎元に指を当てて可愛くしなを作るな、早く行け!


「何で怖い顔してたかわからないから、怖くて行けない」

「……それも大体わかってる。謝らなくていいから、誤解だけは解いておきなよ」


 机に額を当てると、冷やかな感触があって気持ちいい。もう寝たいから、最後に推理を一つ披露。


「今朝私に電話してきたでしょ、何て言ったか覚えてる?」

「準備万端だよ、でもギリだよ、ギリ」

「……それだと思う。義理チョコだと思い込んだんじゃない? あんたの彼氏さんは、割とサプライズ好きだから、しばらく会えなかったのも今日何かあるってワクワクしてたんでしょうよ――」


 まだ話の途中だったけど、ドタドタと獣が走るような音がして、すぐに遠のいていった。まぁ、これで解決だろう。


 ギリギリ間に合ったと言えばこんな誤解もなかった。日頃からフルセンテンスで話せという、私の忠告を聞かないのが悪い。何でコンビニで売ってるチョコと同じ包装にするのか……疑問は残るばかりだ。


 後ついでに、安物のチョコを渡されたと思ったにしろ、その場で怒ってどっか行く彼氏、そんなもんとは別れた方がいいんじゃないか。心配七割、僻み三割で思ったりもした。


 取り敢えず、瞼を落とすと授業の始まりまでは仮眠出来る。これといったトラブルは他になく、私は今日も平穏無事です。帰ったら、推理小説の新刊の続きを読もう。読書はいい、没頭していたら無駄なことを考えずに済む。


 特にイベント事があると、何かと周囲がざわついて面倒だ。賑やかなものが苦手な私は、何事もなく過ごすのです。バレンタインデー……何それ、食えるのか?




 放課後、鞄に教科書を押し込む私のところへ、ドタドタと大きな影が迫って来た。無事だって言ったところじゃないですか、もうユウちゃんの締まりのない笑顔でお腹一杯ですよ。


 朝の一件以後、何かと幼馴染みが惚気てきて面倒だった。チョコを渡す相手もいないんだ、放っておいてくれまいか――このように言ったら、以前ボランティアで一緒だった人は? などと言われる。同じ学校らしいが、生憎と覚えておりませぬ。


 何か、格好よかったように思うけど、リア充でない私にはそんなことはとてもとても。目線を合わせることすら苦手なコミュ障ですので、覚える以前にきちんと顔も見ておりません。


「お母さん、お母さーん!」

「はいはい何ですか、騒々し――お母さん違います」

「ナイスノリツッコミ!」


 走り込んできたサキちゃんへ、淡々と言葉を返す。いつものお寒いノリだが、割と相手は気に入っているようだ。


 高身長で、この時期でも日に焼けている彼女は、確かソフトボール部だったと思う。偏見もいいところだけど、性格は体育会系らしい真っ直ぐでわかり易いものなので、ユウに比べると遥かに付き合い易い。まぁ、その付き合いも相談事が主なので、面倒に違いないが。


「お母さん聞いてよー」

「あんたのが私より大きいけどな。んで、何よ。恋愛相談なら他を当たる、いいね?」

「チョコを渡したんだが、変なことになってしまった」

「聞いてないなこいつ。変って何、変って」


 制服の端を掴んで涙を堪える……可愛いっちゃ可愛いが、自分より遥かに体格の大きな人に泣かれると困る。弱った。サキちゃんは後で恨み事を言うタイプではないが、こんな顔を見せられたら枕を高く出来ないじゃないか。


 幼馴染みに言われたとおり、日に二回も相談を持ちかけられるとは……我ながらモテモテだ。やったね、チキショーめ。


「いや、もう付き合ってるも同然なんだが、二組のあいつよ」

「えーっと、話が見えない。前にデートだとか何だとか言ってたけど?」


 年明けから、何やら相談されていたことを思い出す。私に恋愛相談とか、正気か? そんな風に思いもしたが、最近見て面白かった映画や雰囲気のいい喫茶店くらいなら、教えても構わないと思った。その後、何も聞かされてないけど。


「ああ、前に映画何見たらいいか、相談乗ってもらって報告出来てなかったけど、まぁそういうことよ。で、で、で――それで、昼休みにチョコ渡したら、変な顔して受け取ってもらえなかった。どういうこと?」


 何だろう、既視感を覚える。今朝も似たようなことがあったぞ、と。ところでデジャブの反対がメジャブって、案外みんな知らないよね――どうでもいいわ。


「チョコ渡す時、何て言ったのさ?」

「やーー、私ってそういうの柄じゃない人でしょ?」

「うん、そうか。んで?」


 知らねぇよと言いたくもなるが、ぐっと堪えて話を促す。まぁ、大体予想はつくが。


「だけど、先日映画に付き合ってもらった義理があるから、義理だけどと言いながら――」

「それだよ、それがいけないんだよ!」


 ブルータス、お前もか。頭を抱える私に向かい、サキちゃんは「どーどー」とうろたえながら、手を上げる――馬扱い、やめてください。お前もポニーテールにしてやろうか。


 デートに行った女の子に呼び出され、浮かれて行ったら義理だとチョコを渡される。考えろ、考えろよ。今の時代に義理人情って言葉がすんなり出てくる高校生がいるかよ――私はじいちゃんの任侠もの好きに巻き込まれて知っているが。


「そうか、そうだったのか。ところで、何て言って渡したらよかったの?」

「恋愛事を私に聞くなと……気の利いた言葉が浮かばないなら、黙って相手が喋るまで待っときなよ」

「わかった! 今からもう一回渡すから、ついて来て」

「なんでやっ!」


 チョコを渡す、そんな人の恋路にノコノコついて行けと? 何故に馬に蹴られるようなことをせなならんのかと――ああ、また裾を掴んで泣きそうな顔をして……この子はまったく。


「ほんと、ついて行くだけだからな!」

「ありがとう、お母さん!」


 瞳を潤ませながら、手を握り締められる。感謝されることは素直に嬉しいものだけど、何とも釈然としない。友達連れてチョコ渡すとか、女子中学生かよ、と。段々と心の中のボヤきが強くなってきたが、声に出してないんだ、許せ。


 とは言え、自分の意志の弱さに完敗。馬に蹴られること決定ですね。その馬、白馬だったりしませんか。上に王子様が乗って……今の時代、そんな古典的な王子様に交際申し込まれたら、格調高過ぎて庶民にゃついて行けんか。


 電話をかける体育会系を横目に、私はしばし空想に耽っていた。


 ええ、昔から大人や歳上の兄ちゃん姉ちゃんに遊んでもらっていたから、多少人の話を聴けるってのが裏目ですよ。こうして厄介事に巻き込ま――もとい、首を突っ込んでしまうことになる。


 ばあちゃんが「受けた恩は、別の人に返すもんだ」なんて言うから、すっかり世話焼き体質です。自分のことはさておいて、バレンタインデーに人の世話を焼くとか、私も立派なオカンですね。


 鞄を手にした途端、結構な力で引っ張られる私。風景が横に流れていくが、どいつもこいつも幸せそうねと。そりゃぁ、こんな日の放課後に校内に残るっていったら、まぁ一大イベントが待っているんでしょうよ。


 へへへーっと、人々の顔を見ながら気づけば裏口へ。告白する生徒たちで賑わっていたらどうしようかとも思っていたが、上手い具合に人気なし。よし、さっさと済ませて帰ろう。週末までに本を読み終えたいんだよ。


「あー、緊張す――来た!」

「私、もう帰って……て、おいいぃ!!」

「え、何、何で俺叫ばれてるの?」


 思わず、指を差して叫び声を上げた私。驚いた表情をしているが、そのキミ、胸に手を当てて冷静に考えてくれまいか。


 裏口からサキちゃん意中の彼がと思えば、少年がもう一人。キョトンとした顔であちらとこちらを見比べている。お顔立ちは素敵でいいことだが、そこのお前さんは何の為にいるんだね?


 お前らも男子中学生か! わかるだろ、こんな日に呼び出されたら、告白ってこと、わかるだろ! さてはあれだな、そこのお前も馬に蹴られるつもりだな? いいさ、私も馬子さんと呼ばれて久しい、蹴ってやろうじゃないか――などと怒りが頭を巡った。ですが今の私は傍観者だ、実際に怒ったりはしないさ。


「……お母さん」

「もじもじせんと行きなはれ。早ぅせんと、お母さん帰りますえ?」


 無駄にエセ京都弁で煽っておいた。おふさげでもしていないと、やってられない。何が悲しゅうて朝から二件も人の恋を見守らなならんのか。年明けに引いた御神籤、結構良かったのにねぇ。


「何だよ、サキ……」

「あ、あの、あの! 義理と人情で――」

「その話はやめい、繰り返す気か! 本命、本命です!」


 思わずキツめのツッコミを入れたが、観念したサキちゃんは黙ってチョコを渡した。まぁ、後は相手の男が喋るのに任せりゃいいでしょ、と私はすっとフェードアウトしていく。


 ようやく片付いたと、裏門目指して歩き始める私。今日のこの日の出来事は、義理チョコ事件と名付けよう。あーもう、義理チョコって風習がいけないんだ。私は今後、断固として義理チョコに反対する。義理チョコ配る女がいたら、蹴る。堅い決意を胸に、自宅を目指す。


「あ、ちょっとマキちゃん!」

「んあ?」


 不意に呼ばれたものだから、大変お間抜けな返事をしてしまった。だがサキちゃんの彼氏? キミにマキちゃん呼ばわりされる言われはないのだが。


「サキと一緒に、マキちゃんが来るって聞いたから――こいつが! ああ、ほら行けよ」


 どん、と押されて少年が前に出てくる。いや、確か同じ学年だから歳は変わらないのだけども。暑苦しくない、むしろ爽やかな人だったので、つい少年と表現してしまう。やー、好きな漫画の主人公によく似てるんだよ――私の好みは得てして否定されるので、誰にも話さないが。


「何すか、私帰るんすけど」

「きょ、今日は――」

「はい、本日はお日柄もよく」


 じゃ、と手を上げて帰ろうとする私。


「あ、あの!」


 顔を真っ赤にして、少年が声をかける。こんな日にもじもじしやがって。さては女にチョコをもらえなかった組だな? しゃーねぇなぁ、と私は鞄の中から幼馴染みと作ったコンビニで売られているようなチョコを投げてやる。


「ほれ、私からもらって嬉しいかはわからんけど、女子からのチョコだぞ。ありがたく思――」

「あ、ありがとう!」

「お前、やったな!」

「マキちゃん、やったね!」


 一堂感激の様子だが、まるで状況がわかりません。チョコ一つで何を盛り上がってるんだ、こいつらは。


「今、彼から聞いたんだけど。この人、去年マキちゃんと同じボランティア先に行ってたんだってね」

「……はぁ」


 急に饒舌になったサキちゃん――恋が実れば当然か――が、ずずいと近づいて来るが、残念ながら何を言いたいかはイマイチわからない。


「あの、マキちゃんって名前しか知らなくて、その、学校では化粧してないんだね?」

「ええ、まぁ。毎日するのは面倒なんで……ところで、ファーストネームで呼ぶのは気安くねぇすか?」

「ごめん……その、下の名前しか教えてくれなかったから」

「あー、そうでしたか。苗字嫌いだから、外では下の名前しか名乗ってなかったすね。すんません」


 少年が必死に言っているが、もじもじしていて何が言いたいかさっぱりだ。よくよく考えてみたら、義理チョコ反対してたのに、あげちまったよ。義理チョコ反対を撤廃だ。


「流石に可哀想になってきた。この人、ずっとマキちゃんのこと探してたんだって」

「へぇ……へ?」

「下の名前しかわからないから、からかわれているのだとばっかり思ってたけど、まさかチョコレートをもらえるなんて……これ、手作りでしょ? クラスのやつが彼女からもらったって言ってたのと同じだよ!」

「へぇ……」


 何か、妙に感動してて、申し訳なくなってきた――と同時に顔が熱くなる。人様の話を聴くのは得意な方だが、自分のことはからきし。というよりも、自分にそういうことがあるとは思ってもみなくて。


 バレンタインデーに、名前もきちんと知らない女の子探して、その子からチョコもらう? 一体何なのさ。や、そもそも、この人の名前もわからない。キミの名は? と尋ねたいところだけど、聞ける雰囲気じゃないわ。


「こんなこと想像してなかったので、何て言ったらいいかわからないんだ。まずは友達から!」

「あ、あはは……」


 伸ばされた手を掴んで、苦笑いを浮かべるだけ浮かべてみた。今更義理なんて言えないので、やはり義理チョコは廃止すべしだと思った。


 握手する相手を見ないのは流石に失礼かと思い顔を上げる。そこにははにかむ美少年、かどうかはともかくとして、困ったことに私好みのお顔がありました。


「ごめんね、緊張しまくってて、上手くしゃべれなくて」

「ああ、いえ、こちらこそ……」


 謝るのはこちらなのだが。聞き上手だとしても、私、人見知りしてしまう口下手なもんで。ばっちゃんが「人のためになることをしなせぇ」と言うからボランティアには行くが、大体はぼっちで活動してますとも。よくもまぁ、無愛想な女を態々探してくれたもんだ。


「と、取り敢えず、電話番号交換しませんか?」


 ガチガチに緊張しているようですが、悪い人ではなさそうでした。義理チョコ事件は連続事件の様相も呈してきまして……さて、この難解な事件をどう解こうかと。


「いいですけど、その前に――私のどこがいいんすか?」


 意を決して尋ねてみたら、あら不思議。この人、ポニーテールが好きなんですってね。髪型変えなくてよかったじゃない。


 情けは人の為ならずとは言いますが……モテると予言していた友達に、こっそりと感謝を捧げることにしてみます。




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