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第三十四章

急ぎ過ぎてる気はします。

 イートスは異形の魔物になっていた。

 レクシアは粘液に塗れた舌のようなものに身体を任せた。

 尖った角、四つの目、至る所に生えた棘、蛇のような鱗に覆われた身体。

 人の五倍はあるだろう背。

 どこを見ても魔物だ。

 だが、まだ愛しい。

 もっと恐ろしいイートスなら覚えている。

 私の頭蓋を踏み潰そうとしたイートス。

 雷雨の中で行進を続けた時。悪鬼のような顔だった。

 それ自体が罰のようなものだった。

「高地まで攻め上がる! 一瞬の妥協で死ぬぞ。他に生き残る手はない!」

 降り注ぐのは雨だけではなかった。

 無数の矢。

「知っているか? イートス。私は何度も合流したことがある。たった三十日ではない」

 【幸運】という名を抱いて生きていただけではない。

 互いに名を知らなかっただけだ。混乱の中で何度も会ってはいた。

「聞こえるか? イートス」

 答は舐め上げる舌だった。

 舌が締め上げるがきつくはない。

 媚薬にでも塗れているのか身体が火照る。

 イートスに喰われる。その予感だけで一回目の絶頂を与える。

 悲鳴のようにいつまでも続くように上げた嬌声も、勝手に聞けばいい。

 舌が乳房を伝う。苦痛にも似た快楽が駆け巡る。嵐のようだった。

 震える。狂いそうになる。聞くなら聞け。私はまた絶頂の声を上げる。

「喰い足りた……か?」喘ぎ声を抑えて言葉にする。

 声が上気しているのは、震えているのはどうしようもない。

「……もっと、か?」

 身体の震えが止まらない。

 四つの目が見詰めている。

 どうしたい? イートス。千人隊長だった者。

 私を引き裂けば満足するか? ならばそうしろ。

 もうレニアには渡さない。

 誰にも渡しはしない。

 視界が歪む。霞む。頭の中が真っ白に近付く。

「このまま私を壊す、か?」

 蠢く舌の感触で何度目かの絶頂を迎える。

 ああ、と長く響く声と余韻。

「これが、はぁっ、はぁ、我らの最後なのか?」


「見ていられないですっ」

 レニアはルフィアに訴えるように言う。

「目を閉じなさい。あの姿を見るから無残に見えるのですよ?」

 このままなら。二人は融合する。ルフィアは合一が加速するのを感じる。

 千の呪い。

 受けたまま生き延びるのは冥府に落ちるより辛いだろう。

 だが二人なら。

「今は邪魔をする時ではありません。皆、動かないで」


「今度は私からの贈り物だ」

 レクシアは抜剣すると四つの目に向ける。

「二つ有ればいいだろう? イートス」

 目に突き刺す。抵抗はない。

「ん、あっ。悪戯が過ぎるぞ」

 舌の蠢動が止まらない。

「これ以上おかしくなったら壊してしまう、ぞ」

 壊し合おう。イートス。それが最後だ。

 角を削ぎ落し余計な突起を斬り落とす。

「私の味だけで満足、か?」

 三千倍の快楽は美味いか?

 イートスは抵抗しない。私を味わっている。破れた目から血を流しながら。

 魔力が固まっているように見える場所は刺突で破る。

 全身から血をとめどなく流しながら、イートスはまだ私を味わっている。

「いつ、さようならと言わなければならない? イートス」

 飢えたままの心臓を突きたくはない。

 涙を流しているのは私も同じだ。

 不意に、周囲に炎が立つ。

 夜の闇を照らして余りある火力。

 魔物が燃え上がる。

 救援に来た皆を見る。炎は巻き込んではいない。

 正確に魔物だけを焼き尽くしている。

 森の出口に向けて、歩き始めたのだと分かった。

「合一はまだ解けていないな。しかも、まだ生きている」

 この上もなく安全な場所はここだと思える。

 城。

 そう言っていた。

 仮にイートスは死んでいても、誓いだけは生きている。

 レクシアは涙に濡れた目を閉じる。

 夜の濃い魔力を吸い込む。

「最後くらい魔力には頼りたくなかった」

 イートス。どこに居る?

 全力を振り絞ってイートスの欠片を探した。

「私はお前の剣に成る。そう誓ったな。イートス」

 千の呪いが何だ。片端から斬ってやる。

 戦う為だけにある者として。

 壊し尽くしてやる。


「……ルフィア様。助力はなさらないのですか?」

 耐えかねたようにセフィが言う。

「そうね……」

 レクシアは既にレベル8に達したと見做していい。女王レベルだ。

 呪いの結節点は7つ。慎重に事を運べば、破壊できる。

 その時はイートスは消えている可能性があるが。

「時には見守るだけ、というのも務めかも知れないと思っているの。どう?」

「痛々しくて……」

「私もどうしていいのかは分からない。ただ守るだけでは駄目な時もあるのよ。今がそう」

 確信はない。血塗れの魔物が森を出て行く。足跡は匂い立つほどの血溜まりだ。

 呪いが破れる度に他の呪いがイートスの姿を変えていく。

 だが皮膚を突き破って生えた、血に染まった牙だらけの口は決してレクシアを襲おうとはしない。

 飢えを絶えず満たされているからなのか。

 まだそこにいるイートスの欠片が止めているのか。


 もう何度、雷のような絶頂を与えただろう。楽しんだだろう。

 レクシアは底の知れない自分自身を笑う。

 涎を垂らし愉悦に歪んでいるだろう。

 確実な足取りで魔物は山を降りていく。

 燃え上がるものは全て魔物だ。逃げ惑う冒険者には被害はない。

 山を焼いたかのように炎は広がっていく。

 この道行きが終わってしまえば。

 確かな足取りが終わりを告げる音のように聞こえる。

「私はデランジェという女王紛いを斬った。死罪は免れないだろう」

 夜でも赤々と光る炎。炎の道だ。

「イートスは冒険者殺し。同じく死罪だ」

 火照った顔はさらに赤く見えるだろう。

「刺し違えようか。イートス。堂々と勝負してくれるなら願い通りだ」

 自己憐憫に駆られたのではない。

 屈辱を恐れるのでもない。

 勝負をするのならば捕縛される前だ。

 ゴブリンの群れが一瞬で燃え上がる。もうそんな場所か。

 麓はもう見えている。

 こうしていられるのも、あと僅かだ。

 身体に巻き付いていた舌が巻き上げられる。口に消える。

 肩に乗せられていた。

「もう、いいのか? 私には飽きたか?」

 込み上げるのは寂しさばかりだった。

 鱗ばかりの冷たい肌を叩いた。

「何か、言ってくれ。イートス」

 城に成ってくれるのもあと少しか。

 感慨に耽っている時間は無かった。

 森の入り口を分け入って、兵が大挙して踏み込んできている。

 デランジェが言った私兵か。

 紋章らしいものが一致している。

「さらに罪を重ねるか。行って来る」

 イートスの肩を飛び降りようとした時。

 僅かに前傾したイートスが地を蹴り、走る。

 しがみつけ、と言うのか左手が目の前にある。

 馬の比ではない。速い。バランスを保つのではなく手を掴んでいるのが限界だった。

 右手にはグロテスクなほどの巨大さに成った大剣があった。

 地を穿つほどの足音で兵が振り返る。

「弓兵!」

 号令が飛ぶ。

「……並みの矢が通じるか」

 レクシアは防御に魔装の全てを振り向ける。

 後退しながら射かけて来る矢に特段の工夫はない。

 魔装が弾く。

 イートスの皮膚を貫通できるものもないようだ。

 肩の上に居ては手出しが出来ない。

「そうか……弓」

 背嚢から革のベルトを取り出して腰に結んだ。肩の上でバランスも取れるように成ってきている。

「帝国の敗残兵二人! 見事ここで仕留めて見せるがいい」

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