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3話:水も滴る沿岸警備隊長“マリーベル”大尉の疑念

 鮮黄色の燐光をその身に収めつつ、素肌に金の長髪をなびかせるギギ少年は海面を見下ろす。

 その視線の先には、海中から浮かび上がってくる幾つもの影があった。

 ギギは海上に飛び出さんとする彼女らに――中でも一等早く海面に昇ってきた者に、意気揚々と慇懃に話しかける。


「ふふふ。やあやあやあ、セイレーンの『マリーベル大尉』、上がってくるのが随分と遅かったじゃあないですか」


「……」


 ざぁ、と海中から、水族館のイルカがショーで飛び上がるようにして、麗しい人魚が飛び出てきた。

 ギギは彼女をマリーベルと呼んだ。

 沿岸警備隊(コーストガード)のマリーベル大尉。海上都市と陸地を行き来するものの間では、堅物だが凄腕の人物として有名な女傑でもある。


 その人魚――マリーベル大尉は、飛び上がった海上でまるで天使のように背から翼を広げ、滞空する。


 セイレーンのマリーベル。彼女もまた、異形と化すタイプの超越者(オーバード)だ。

 海鳥の翼と魚の尾鰭。いずれも深い青に染まっている。

 彼女が身にまとう水兵(セーラー)服の背から広がった翼が、ざっとはためき、海水の飛沫を払う。

 それを見たギギの顔が笑みに裂ける。


「これからまたデートと洒落こみましょうよぅ、大尉殿」


 さっき叩き落とされて今の今まで気絶でもしていたんですかあ? とギギが煽る。

 ギリッ、とマリーベルの歯が屈辱に軋む。


「……」


「だんまりですかい、大尉。俺みたいな暴翔族(犯罪者)とは口も利きたくないんですかね」


「……貴様、ヤツを逃したな?」


「ヤツ? 何のことで?」


 肩をすくめるギギ。

 それをマリーベルは睨めつける。


「あの密輸人だ。貴様のせいで、貴様のおかげで、ヤツの痕跡はすべて海の藻屑だ。何もかも」


「……そりゃそうですとも。狙ってやったんだから。俺ってばツンデレなんでね、顔見知りが捕まるのは忍びなくてねぇ。優しいでしょう?」 


 一度はとぼけた割に、実にあっさりとギギは認めた。

 カイルをぶちのめして水平線の向こうへと放り投げたのは、顔見知りであるあの魚人(カイル)をかばってのことなのだ、と。

 ひひひ、と偽悪的にギギは笑う。空を踏んで笑う。

 もちろんギギはただでカイルを助けただけではない、きっちりとお代(積荷)は回収している。非常に傍迷惑で独善的な、親切の押しつけであった。


 ギギの笑みを見てマリーベルは忌々しげに眉間に皺を寄せる。

 マリーベルの後ろでは、次々とマリーベルと同じような姿をしたセイレーンたちが海中から空へと上がってきている。


「貴様が邪魔せねば、名をカイルと言ったか、ヤツを捕らえることもできただろう。私たちの進路上に貴様が割り込まなければな」


 そうよそうよ、とマリーベルの背後に隊伍を為すセイレーンたちが囀る。

 それをギギは鼻で笑う。


「ふん、だぁからそうならねーように、わざわざ邪魔しに来たんじゃあねえか。なあ、マリーベルの姐さんよぅ、コーストガードのセイレーンさんたちよぅ」


 ほとんど全裸の姿の妖艶なギギは、その全身から鮮黄色の粒子を再び溢れさせながら答える。

 偽悪的に吐き捨てる。


「はっ、知り合い助けて何が悪いってんだ」


「本気で言ってるなら、貴様はとんだ野蛮人だな。法と秩序の何たるかを知るがいい」


ルリィエ(海上都市)の法と秩序にどれだけの意味があるってんだ。超越者(オーバード)だらけの街のくせして、自由に空も飛べやしねえ」


「不満があるなら法に則って法を変えるべきだ、法を破っていい理由にはならん。今日の標的は貴様ではなかったが、かといって、この期に及んで見逃すわけにはいかん。余罪も山とあるが、とりあえずは、公務執行妨害の現行犯で確保する」


 おとなしく縛について法の下に裁きを受けよ、とセイレーン部隊がマリーベルを筆頭に突撃してくる。

 十名ほどの有翼半魚の美人たち。コーストガードのセイレーン部隊。

 だが美人とはいえ、やはり人外。その表情は恐ろしい物がある。

 夜叉。般若。恐ろしき超越者(オーバード)の乙女たち。


 彼女らは嵐を切り裂く水先案内人。海上都市に正規ルートで荷を運ぶ者たちにとって、彼女らの案内は必須だ。

 そしてまたセイレーンたちは、無法者を捕らえる、法の番人でもある。

 海上都市を封鎖している嵐のただ中でさえも飛び回れるだけの風の加護を受けた、海上都市の守護者たち。その一端。


「おお、怖い怖い。でもそれ以上に心が踊らぁな。そうだろう? マリーベル大尉。もう一度、追いかけっこ(デート)しましょうぜ」


「――逮捕する。総員掛かれ」


「ひひひ、鬼さんこちらってな! Hey(ほら)Catch(つか) me() if() you() can(みな)!」


 ギギが威嚇するように犬歯を見せて笑い、再びあの不可思議な超加速を行う。

 時に弧を描き、時に鋭角に跳ねて、どんなに不規則な軌道をとっても少しも減速しない、あの超常の加速を。何よりもその加速の程度が異常だ。弾丸でも、ここまで一瞬では加速しまい。

 あっという間にギギは、海上都市間近の凪の海域から、その都市を覆う防壁たる大嵐の結界の只中へと突っ込んでいく。


 獲物が逃げれば、狩人は当然それを追う。


「逃すな! 行くぞ!」


「はい、大尉!」


 嵐へ突っ込むギギを追って、マリーベル大尉を先頭にして、水兵服のような制服の背から天使のような羽を生やしたセイレーンたちが飛ぶ。

 それと同時に彼女らの行く手の嵐が弱まる。風の加護が彼女らを助けているのだ。

 文字通りに嵐を裂いて人魚の天使が飛ぶ。


 この大嵐の中はマリーベル大尉らセイレーンの領域だ。

 都市に所属する彼女らには、この大嵐をある程度操作できる権限が与えられているのだ。嵐を弱め、または強める権限だ。

 普段は商船の誘導や海難救助などにあたって用いられるその権限は、いまは無法者を落とさんとギギの行く先の嵐を強めている。


 だがしかし、そんな嵐もギギの飛行に何ら影響を与えていない。

 無人の野を行く如く、ギギが嵐の中を飛ぶ。


「ひぃぃぁあぁっはぁっ、嵐の中で、デートと洒落込もうぜぇ! マリーベル大尉ぃ! Come'on!! ひぁっほう!」


 速度に酔い狂って愉快げなギギを追って、口を引き結んだマリーベル大尉を筆頭としたセイレーン部隊が飛ぶ。

 荒れる海面。大粒の雨。めちゃくちゃに吹き荒れる暴風。空の光を遮る分厚い積乱雲。

 嵐の全てが彼らの追いかけっこを覆い隠す。


 この都市を囲む嵐は晴れない。決して晴れない。

 そして嵐が隠すものは、ギギたちの逃走劇/追跡劇だけではない。


 そもそもこの大嵐は海上都市の守りにして檻なのだ。

 そうまでして隠したいものが、隠さねばならないものが、外に逃がしてはならないものが、この海上都市 ルリィエ/瑠璃家にはあるのだ。

 ゆえに都市に隠されたその秘密を狙う者たちもまた多い。空を舞うギギも当然その一人――。


 ――ひぃっヒヒひっ、ひぃっひぁっはぁっ――とギギの高笑いが轟々と吹く風の向こうから不気味に響き渡る。



  ◆◇◆



 部下たちを先導して嵐の中を飛びながら、マリーベルは考えていた。

 

(捕まえると啖呵を切ったは良いが、実際には難しいだろう)


 先を飛ぶ鮮黄色の暴走小僧ギギは、最近ますます実力を上げてきている。

 艦砲射撃並みの大規模な遠距離攻撃能力を持ち、飛翔する最高速度も旋回性能も、()()()()部下たちの誰よりも優っている。

 持っている能力のタネも割れておらず、弱点をつくのも難しい。


 そして何より、ギギの持つ諜報能力が不可解だ。


(確かに今日の業務は、あの密輸人の摘発だった。だが、ギギのヤツは、一体どこでそれを知ったんだ)


 カイルとかいう密輸人の侵入ルートと日時を把握し、さらにそれを沿岸警備隊が摘発しようと狙っているのをどこからか知り、マリーベルたちを妨害して獲物をかっさらう。

 単なる暴翔族のチンピラのやることではないし、普通はやろうと思ってもできることではない。

 そもそも、マリーベルたちは、ギギが普段どこで何をしているか、その足取りすらつかめていない。陸での捜査は管轄外だから仕方ないとしても、ギギがどこから海の上に現れ、どこに向かって帰っていくのかを、海岸警備隊の管制ですらいまだに把握できないのは、はっきり言って異常だ。


(裏にどこかの組織がついているのかとも思うが、どうもその線も薄そうだ。ギギのヤツが、大人しく言うことを聞くようなタマだとは思えんし)


 傍若無人唯我独尊を地で行くようなギギが、大人しくどこかの組織の構成員に甘んじるとは到底思えない。

 そんな堪え性があるのなら、沿岸警備隊の超越者(オーバード)の一隊をあしらえるほどの異能を持つのだから、もっと真っ当な働き口くらいいくらでもあるはずだ。あるいは、定職は別に持っていて、ストレス発散のために夜に暴れているとかいうこともあるかもしれないが……。


「考え事なんてしないでくださいよ、大尉殿ォ! 『スターレイン』!」


「っ! 『魔力弾』だっ、散開して回避!」


 マリーベルの目の前へと、ギギが放った攻撃が迫る。

 鮮黄色のオーラでできた弾が、螺旋に渦巻きながら、風雨を裂いて幾条も殺到する。

 セイレーン部隊は、マリーベルの警告に従って嵐の中へと方向転換して回避。

 狙いの外れたギギの攻撃が、嵐の雲や海面を大きく穿つ。


「まだまだ! 一緒にダンスしましょうぜ、天使の姉さん方! もういっちょ『スターレイン』!」


 さらにギギの攻撃は続く。宙を行くギギの周囲で、鮮黄色のオーラが無数に凝り固まって瞬き、後ろから追いすがるセイレーンたちに向かってバラ撒かれる。弾雨の反作用でギギはさらに加速。さながら流星雨のようにオーラの弾丸を放ち、その輝跡をたなびかせる様は、ギギ自体がまるで鮮黄色の箒星になったかのようだ。


 ギギが放っているのは『魔力弾』や『気弾』あるいは『オーラ砲』などとして括られる種類の攻撃だ。

 超越者(オーバード)が扱うこの世ならざる法則のエネルギー――人によって呼び方は様々だが総じて『魔力』という呼び名が一般化しているそれ――を用いた現象の中では、単純基本にして最終究極の破壊的攻撃手段だともいわれるものである。


 だが、魔力を使った攻撃法は、魔力弾には限られない。

 魔力にある種の指向性や構造を与えることで発現する汎用技術としての『魔法』。

 魔力を消費して特殊な効果を引き起こす属人的で千差万別の『異能』――『オーバード能力』。


 流星雨のようなギギの魔力弾を、セイレーン部隊の女水兵たちの魔法が迎撃する。

 迎撃し、逆に食い破ってギギを追い落とすことを期待して。


「『風壁』!」 「『幕電』!」 「『雹弾』!」 「『水鞭』!」


 突風の壁、広範囲の放電、雹の散弾、水の百裂鞭――セイレーンたちが使った魔法が、ギギの魔力弾と衝突し、攻撃を相殺する。

 そして相殺することまでしかできなかった。ギギまで攻撃は届かず、彼はそのまま飛び続けている。

 一方、迎撃のために、セイレーンたちはその翼を止めてしまった。


「遅い遅い遅いぃィィイイイ! 遅すぎる! こりゃ今夜のレースも俺の一人勝ちだなあ!?」


 追いすがるセイレーン部隊と、ギギとの差が開く――迎撃ではなく回避を選んで加速していたただ一人を除いて。


「――逃さんぞっ、ギギッ!」


「くははっ、流石だぜ、マリーベル大尉殿ォ!」


 魔力弾と魔法がかき消しあった燐光の残滓の中から現れたのは、やはり、青い翼と鱗を持つマリーベルだった。マリーベルの水兵服がはためいて、金髪をなびかせるギギに追いすがる。


「『天津風(あまつかぜ)』よ! 雲路(くもじ)鎖せ(とざせ)!」


 マリーベルの風の魔法が、流体を操る彼女自身のオーバード能力と、都市から与えられた嵐雲結界操作の権限と組み合わさって、恐ろしいまでの効力を発揮する。

 ギギの進路すべてを押しつぶさんとする魔法の顕現。

 不可視のはずの風すら色を持つほどの魔力干渉。見渡す限りの空が、マリーベルの魔力光である青に染まる。

 風や水を司る超越者(オーバード)の中でも、これほどの現象を瞬時に巻き起こせるのは、海上都市においてもマリーベル以外には数人もいないだろう。


 しかし大魔法(それ)を見てもなお、ギギの余裕は崩れなかった。


 次の瞬間、辺り一面の夜空を覆う嵐雲のすべてが青い魔力とともに殺到し、ギギが居た場所を塗りつぶした。



  ◆◇◆



「……逃げられたか」


 マリーベルは、澄み渡った夜空の下でそうつぶやいた。

 収束し炸裂し暴威と化した嵐雲は、その役目を終えて消え去っていた。


 ともすれば都市一つを機能停止させられるほどの攻撃だったはずだ。

 だが、それをもってしても、ギギを捉えたという手応えのようなものが感じられなかった。

 得体の知れなさだけが、マリーベルの心に残った。


「くっ、いったい何者なんだ、ギギというのは……」


 その素性は、目的は、能力のカラクリはいったい――マリーベルの脳裏には、ギギに関わる疑念が渦巻いていたが、頭をふって切り替える。


「いや、今日のところはここまでか。奴にばかりかまってもいられないしな」


 マリーベルが、ザッと背の翼をはためかせると、それに合わせて夜空が再び嵐に閉ざされる。

 嵐雲結界が修復されるのを見れば、後ろに置き去りにされる形でマリーベルの大魔法から退避していたセイレーン部隊の部下たちも集まってくるはずだ。

 法の番人たる彼女たちの相手は、ギギだけではないのだ。


 海上都市 瑠璃家/ルリィエを守る彼女らの夜は長いのだから。

■『魔力弾』『気弾』『オーラ砲』

 オーバードたちが自身の超常の力を練り上げて放つ攻撃。概ねビーム。単純だが、単純故にその威力には上限がないとされる。脳筋御用達。


■『魔法』

 オーバードが持つエネルギーを様々な現象に変換したもの。それは機械的な回路によるものかもしれないし、詠唱によるものかもしれないし、魔法陣によるものかもしれないし、それ以外の未知の形式によるものかもしれない。が、どちらかというと理論立っており、再現性が高い。


■『オーバード能力』

 オーバード自身の魂・精神・肉体そのものの構造が回路となって発現する特殊能力。本人以外でも再現可能なまでに解析されたものは、汎用化され『魔法』と呼ばれるようになる。とはいえ、概ねはよく分からない機序で能力が発現するため、ほとんどのオーバード能力は解析されるには至っていない。千差万別なうえ、成長変異する。オーバードが超越者たる所以の能力である。

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[一言] きっと何時か予告されていた新作が出ると信じて、 ずっとお気に入り作者にセットしたままの貴方の名前がヒットした時の私の感情を述べよ(配点:裸ネクタイ
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