園遊会 3
流れるようにくねる金の髪が胸元に垂れ、整いきった美貌の、紫色の切れ長の瞳。
背もすらりと高く、優美な美貌なのに肩も胸も逞しく、他の近衛騎士らと比べて、体格も良い。
一斉に、女性達が色めき立って先を争い、彼の元を目指す。
最初は早足だったのに次第に競争相手を出し抜こうと、もっと早足になり、その内一人が走り出すと、一斉に女性の群れは駆け出していた。
シェダーズもヨーンも、自分の敵を睨み付けるのも忘れ、その滅多に無い、淑女らが徒競走する様子を、呆然。と見守る。
更に二人が争う原因となった、マディアン迄もが…気づくと彼らからいつの間にか離れ、押しかける女性の群れの後ろへと続き、やって来る長身の二人の、会場中に注目されている近衛の騎士らの元へと、歩き出していた。
シェダーズもヨーンも暫く、マディアンの姿を声も無く、見守る。
がやがて、あっ。と言う間に女性に回りをびっしり取り囲まれた、金髪美貌の長身の近衛騎士の背後。
赤毛で堂とした体格の、左将軍補佐の前にマディアンが進むのを見て、二人一斉に安堵の吐息を、吐き出した。
が、ヨーンは直ぐ、気を取り直すと、滅多に見られない若い女性だらけのその場所へと、意気揚々(いきようよう)と乗り込んで行く。
マディアンはその赤毛の大男を見上げた。
「(お名前は、確か…)
左将軍補佐の…オーガスタス様…でいらっしゃいます?」
彼は感じ良く微笑って
「ええ」
と返す。
「私、デミン家の長女、マディアンと申します。
それで…」
オーガスタスは高い背を一層屈め、伺うように見つめて来る。
先日どなたかの誕生を祝う園遊会で初めて彼を見かけた時…遠目だったけれど、彼はヨーンが女性に絡むのを、止めていた。
だから…彼に言えばきっと…。
自分に気のあるシェダーズに、無体な希望を持たせずに、ヨーンを追い払える筈だった。
彼に言葉を待つように見つめられ、その顔が自分に真っ直ぐ向けられ初めて、マディアンは彼が…とても小顔で男前なんだ。
と言う事が解った。
鼻筋が通り、その体格に似合わずつるん。とした卵形の輪郭で、通った鼻筋のその鼻の形もゴツくなく、すんなりしていて、唇もさ程厚くなくて小さめだった。
彼は見つめるマディアンに、少し困ったように眉を優しげに寄せる。
その鳶色の瞳は光に透けて、時折金に見えた。
マディアンが見つめたままなので、左将軍補佐…オーガスタスは、苦笑して囁く。
「彼…への、苦言ですか?」
視線を女性に取り囲まれている、彼の連れの金髪美貌の青年に向ける。
その時、マディアンは
『近衛の騎士は殆どが両刀。男性を恋人にする者もいる』
の噂を思い出し、頬を赤らめた。
金髪の美青年は大層長身で体付も引き締まっていたが、この左将軍補佐は彼より更に長身で大柄。
二人が並んで、“お似合いの恋人同士”に見えなくも無い。
「あの…ごめんなさい。
私てっきり…貴方が、近衛騎士の素行を見張る為にいらっしゃったんだと」
「…………………」
オーガスタスは暫く、誤解されてる。と察して、返答が出来なかった。
が、言った。
「…彼は私の恋人では無く、友人です」
言われて勘違いしていたマディアンは、真っ赤に頬を染めて、俯いた。
オーガスタスの声はそれでも低く響き、優しげだった。
「私に何か、ご用でしたでしょうか?」
けれど、声。
「何勘違いしてるんだか知らないが、女性達は嫌がってる。
さっさとどっか、行ってくれないか?」
低く、怒気含む金髪の美貌の青年…ギュンターの。
が、からかい見下すようなヨーンの返答。
「お前は後輩だろう?
俺に、意見出来る立場なのか?」
オーガスタスはマディアンに屈む、そのままの姿勢で一つ、吐息吐くと、やれやれ。と身を起こし、さっさと連れと睨み合う、近衛騎士の元へとその長い足の、歩を運ぶ。
ギュンターの背後に、近衛の誰より高い背の、赤毛の左将軍補佐オーガスタスが姿を見せると、途端ヨーンが逃げ腰になる。
ギュンターはその様子に気づき、背後に振り向くと、オーガスタスに告げた。
「別に、手を借りなくても俺一人で対処出来る」
オーガスタスは即答した。
「拳でか?
ここは近衛宿舎じゃない」
オーガスタスに言われ、ギュンターはむさい猛者たむろう近衛宿舎とはうって変わって、優雅、この上無いレースやリボン。
色とりどりの花々を髪に飾る、赤や黄色やピンクの華やかな装いの貴婦人だらけの、その場を見渡す。
「喧嘩、売られてるのに俺に、引けと?」
ギュンターが憮然。と言い、ヨーンもすかさず言った。
「この新入りに、先輩は敬えと、教えてくれないのか?!」
マディアンが見ていると、オーガスタスは二人の直訴聞いて、参ってるように、見えた。
オーガスタスはまず、金髪の美青年に顔向ける。
「ここで喧嘩なんてしてみろ。
後で俺が相手になる」
そしてその言葉に頷き笑う、ヨーンに振り向く。
「先輩だろうが、気に入らなきゃ平気で殴り倒す男だから、言っても無駄だ。
ここでは俺の権限で、こいつに拳は振らせない。
が喧嘩の出来る場所で、お前の顔が無事でいられると思うな」
「…なぜ、顔が無事じゃない」
「ギュンターに、聞いてみろ」
「殴るからに決まってる!」
オーガスタスは即答聞いて顔揺らし、尚も金髪の美青年に言い含める。
「近衛宿舎では、絶対止めろ。
入隊したてのお前の処分差し止めるのは、ディアヴォロス(左将軍)だって大変だ。
彼に苦労かけるな!」
「…つまり処分されない場でここ以外なら、殴ってもいいんだな?」
オーガスタスの、仕方なさげな頷きに、ヨーンは真っ青になった。
「それが新兵の教育か?!」
が、オーガスタスは尚もヨーンに言い含める。
「無礼は君の方だ。
いい加減、後ろ盾があるから。と言って戦闘免除で近衛の制服着続けたりせず、とっとと辞めろ。
君を殴りたい。と言ってる男を何人、俺が止めてると思う?
他は止めていられるが、この男は無理だ。
殴れる場所で顔合わせたが最後、止める間もなく即座に拳振るからな」
その場の皆は、それを聞いてびっくりした。
マディアンはつい、背後から赤毛の左将軍補佐に尋ねた。
「彼の、素行を監視しに、いらしたんでなくて?」
オーガスタスは彼女に振り向く。
「喧嘩をするな。
と言う脅しだけは出来る。
この場限定で。
言って聞く男じゃないから、俺が出来るのはその程度だ」
マディアンはつい、左将軍補佐をマジマジと見た。
栗色に近い赤毛が光を浴び、彼の周囲を赤く彩る。
広い肩幅。広い胸…。
ここに来ている、どの近衛騎士より抜きんでて、逞しいその男。