園遊会 2
馬車が園遊会の開かれている屋敷の中に入り、止まると、一緒に付いて来たヨーンが途端、馬を止めて降りる。
止まった馬車からドレスの裾を引きながら降りて来る、姉妹達の中でも一番の楚々とした美女、長女マディアンに、帽子を取り会釈しながら言葉をかけようとし、横を無視して通り過ぎられた。
姉妹達も、視線を送られると途端にスケベな目付をするヨーンを、つん!と無視して次々、通り過ぎる。
そして昼の陽光差す美しい庭園へと進み、大勢が集まるテーブルへ辿り着くと、皆で噂してる金髪の新顔近衛騎士の、話に加わる。
「今日は、いらっしゃるって?!」
「主催者のアカルディア婦人が、胸を張ってお約束されたわ!
絶対、ご招待するって!」
「けど、ご一緒に左将軍補佐の方もいらっしゃるそうなの」
「そんな身分の高い方もご一緒?!」
「あら…」
その時、うきうきする彼女らの横に、赤毛で美女ぶりを誇っている、ユンデラが胸の大きく開いた深紅のドレス姿を現す。
「…ご存知無いのかしら…!
左将軍補佐の御方がこういう席においでの時は、お楽しみじゃないの。
近衛の騎士らが不摂生しないかの、見張り役よ。
貴方方お目当ての金髪の騎士とご一緒。
って事は…」
何気無く、言った言葉に皆が凄い目をして喰い付くので、ユンデラは一瞬驚いて言葉を途切れさせ…続きは?!
と視線で促され、小声で囁く。
「…その金髪の騎士は…たいそう喧嘩っ早いか、女にとても、だらしないんだわ」
が、女性達は一斉に怒鳴り出す。
「この間、あのお方に綺麗に無視されたから、そんな事おっしゃるの?」
「あんな優美な美貌の騎士が、喧嘩っ早いなんて有り得ないわ!」
「あの方を知りもしないのに、よくそんな事言えるわね?」
「第一昼の園遊会に、夜着るようなドレスを着てくるなんて、場違いもいいとこだとお思いにならないの?!」
一斉に反撃喰らい、ユンデラは怯みかけた。
が、それでも言い返す。
「あの方の事、あなた方どれだけ知っていらっしゃるのよ!
経歴だってロクに知らない癖に!」
「…今年入隊した新参者、ギュンターの、事ですか?」
女性の話題に、割って入ったのは女と見ればドレスの中身を想像し、ヨダレ垂らしてるスケベ面ヨーン。
彼はまるでその場に居る女性が全部、自分のもの。
と言うような視線で眺め回し、けど言葉だけは丁寧に、彼女達に告げる。
「…あの男は近衛でも問題児ですよ。
だから左将軍補佐同行じゃなきゃ、園遊会も来られない」
が、男達に開いた胸の谷間を見せたがるユンデラですら、その男のいやらしい視線に、咄嗟にドレスを引き上げ、胸を隠した。
それを合図のように女性達は一斉にその場を離れ、ユンデラは胸の布を、引き上げたと言うのにまだ、胸の谷間に視線送ってるヨーンから、つん!と顔を背け、最後にその場を離れた。
女性達はまた別の場所で集まると、、声をひそめながら一斉に喋り始める。
「どうしてあんなに、最悪なのかしら」
「女なら、誰でもいいのよ」
「どんな最低男もマシ。
と思えるぐらい史上最悪に最低だわ」
「あいつ(ヨーン)が来るまで嫌われ者だったサスですら、彼女が出来たのよ?
その彼女に、サスは何て言われたか知ってる?」
女性達は発言した女性の顔を見る。
「“ヨーンにそっくり。
って言われたいの?
少しは女をスケベな顔で見たり、やたら追いかけるのを止めたら?”」
「…それで?」
「サスはヨーンを見て初めて、自分が女達に、どれだけ嫌われてたか、解ったようよ」
一人が、つん。として言った。
「サスにとってヨーンは救世主でしょうけど」
女性達は口々に、ヨーンがどれだけ最低か。
を迸るように喋り続ける。
「まだ、一人を追いかけてるならマシだけど」
「寝たいだけなのよ」
「嫌われてるのも解らないなんて、どれだけ図太いんだか!」
「女の気持ちなんて、想像したことすら無いのよ!」
やがて音楽が奏でられ、主催者婦人が挨拶を述べ、皆が楽しく笑い合ってテーブルの、軽食を摘まみ談笑する。
あちこちに色とりどりの薔薇が植えられた美しい庭園。
その向こうには、池があり、ボートが浮かんでいて、侍従達が乗りたがる人々に手を貸していた。
ヨーンがしつこくマディアンの周囲に張り付き、彼女はうんざりし始めた。
けれどシェダーズがやって来ると、ヨーンのマディアンへと伸ばした腕を取る。
「彼女は嫌がってる」
マディアンはシェダーズを見た。
栗色の巻き毛をしていて青い瞳の、顔立ちも整い、そこそこの家柄の誠実で性格の良い、妹達に“お姉様にお似合いよ”と言われてる近衛騎士。
近衛の騎士。
と言えば王立軍で、ひとたび戦闘ともなれば命を落とすこともあったから、普段より給料も報奨金も高く、例え騎士の妻が未亡人となっても、その後生活に困る事が無い程の保証が施される。
けど戦績を上げれば、一気に格が上がり出世が早く、遙か高い身分に駆け上がれるチャンスが多いのも、近衛。
着るものにも困る貧乏領主の娘が、出世頭の近衛の男を掴まえ、一気に公爵夫人に成った例なんて、幾らでもある。
だから女性達は皆、近衛騎士を夫にしよう。
と目の色変えていた。
それに…近衛騎士の多くは、他の連隊の者よりも強く、逞しく、そして…整った美男が多く、格好も良かったから、女性達は『近衛の騎士』と聞くと、争奪戦を繰り広げる。
でも中には女性にモテるのをいい事に、遊んで捨てる最低の男も、趣味がど変態の男もいたから…。
左将軍補佐なんて高位の身分のお目付役が、問題を起こしそうな近衛の男がいないか。
を見張る為に、こういう園遊会に、タマに来ていたりする。
マディアンは自分を背後に庇う、背の高く誠実そうな騎士に素早く囁く。
「じき、左将軍補佐がいらっしゃるんでしょう?
お願いです。
こんな所で…剣を抜かないで下さい!」
シェダーズは背後を、振り向いた。
優しい栗色の髪と栗色の瞳の、恋い焦がれている貴婦人。
その華奢な感触が背に当たり、彼女を庇っている。
そんな高揚感に浸りながら目前の敵、ヨーンを睨み付けていたが、そう言われて彼女の顔を
『迷惑なのか?』
と振り向いて、心配げに見つめる。
が、マディアンの優しい茶色の瞳には
『お怪我をされては…』
と言う、自分への気遣いがあった。
シェダーズがマディアンのその様子に感激しているのは傍目から見ても明らかで、アンローラとエレイスが少し離れた場所から伺っていると、彼女らの横に居る、シェダーズが大好きなユンデラの顔が瞬間、沸騰して真っ赤に成った。
三女ラロッタが、すかさずユンデラに、止めを刺す。
「…残念ね。
貴方には庇ってくれる誠実な騎士が現れなくて」
その言葉に、ユンデラの顔は茹で蛸よりも赤く成ったが、その時だった。
園遊会に来ていた若い女性、全員の目当て。
近衛の金髪美貌の騎士が、大層長身の赤毛の左将軍補佐を伴って、姿を現したのは。