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赤い獅子と芍薬の花 オーガスタスとマディアン  作者: 心響 (しのん)『滅多に書かない男女恋愛物なろう用ペンネーム』天野音色
三章
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エリングレンの告白



 ラロッタは恐縮しきって、横のマディアンを幾度も見た。

近衛宿舎三階の、エリングレンの私室。

大きな窓の手前。

明るい黄色の、洒落たソファに腰掛けて。


白と黄と茶色が基調の、こざっぱりし、適度に飾られた趣味の良い…落ち着いた部屋だった。


エリングレンは側仕えが持ってくるティー・セットの盆を受け取り、テーブルに置き…姉妹の向かいの一人がけ用椅子に座ると、ティーポットを取り上げ、カップにお茶を注ぎ始めた。


カップの乗った皿をマディアンに差し出し、顔を見つめ…そして俯くと、再び空のカップにお茶を注ぎ、ラロッタに手渡す。


「まあ味は保証出来る。

菓子…なんて、昔はいつも、君に焼いて貰ってたな」


そう言って…色々な種類のお菓子乗った、銀の皿が互い違いに高く詰まれる、ティアードトレイを二人の方へと押し出す。


ラロッタは横の、マディアンを見たが、マディアンは顔を、下げていた。


あれ程会いたかったオーガスタス…。

でもほんの短い時間の逢瀬は、余計に焦燥感を生んだ。

去る彼を、どうして引き留められないのかと…。

じれる心に掻き乱されそうになる。


けれど目前に居るエリングレンは、懐かしい…とても親しみを感じる存在で、彼の存在を感じた途端、焦燥感が薄れて行き…安心してる自分を見つけ、マディアンは自分に問う。


「(忘れたの?

楽しく輝く恋の時間の、その後…彼が去った後の、冬のように辛い時間を…)」


マディアンは顔を上げないまま、囁く。

「…解らないわ。

あの時…貴方は何も言わず、消えた……」


言って、咄嗟顔を上げる。

「王立騎士養成学校『教練』の試験に受かったって!

私、一緒に喜んだのに!

でももう暫くしてお別れだから…それ迄悲しいけれど、どうやって過ごそうって…色々考えてる間に、突然!」


エリングレンは決まり悪げにマディアンを上目使いで見つめ…視線を下げて囁く。


「あんたのお袋さんに…。

『娘の結婚相手は貴族しか、考えてません』

そう…きっぱり言われたと、親父が。

だから…貴族に成れないのに、万が一あんたを孕ませたりしたら…役人に突き出して、処刑して貰う。

なんて親父に脅されたから……」


言って、目を見開くマディアンをチラ、と視線上げて見つめる。

「でつまり…近衛に入ったって、手柄を上げなきゃ貴族に成れない。

更に…近衛に上がる前の『教練』は脱落者が多いし…俺だって、モノになるか解らない。

卒業できたって…軍に入れなきゃ駄目だしその…出動がかかって、いざ戦いで、実力発揮できなきゃ…死ぬ。

そんな…毎日で君に、必ず貴族に成るから、待っていてくれとは…とても、言えなくて」


そして、顔を上げて悲しげに見つめるマディアンを見つめ返す。

「幾度も…手紙を書こうとペンを、取り上げた。

けど文字をどうしても、記せなくて…」


マディアンはそれを聞いて、顔を下げた。

「…私…とても…とても悲しかった。

貴方を忘れられずに。

ずっと…辛くて………裏切られた気分だった。

貴方とは…心が通じ合ってると…思ってたから!」


エリングレンはそれを聞いて…顔を下げる。

「だがどの道、別れるしか無かった。

あのまま続けられる訳が…無かったし…」


マディアンは顔を上げて、叫ぶ。

「でもそう言ってくれれば…!

せめて、どうして突然いなくなったのか…!

私に告げてくれれば………!」


エリングレンは顔を傾け、マディアンから目を逸らすと囁く。

「…俺も…嫌だった。

別れるどころか、君を忘れるなんて………。

別れを、告げなければ君と、どこかでずっと…繋がっていられるかもと…。

そう…思い続け、どうしても言えなかった。

君に別れが」


エリングレンは言って、チラ…と、マディアンを見る。

マディアンは小刻みに顔を震わせ、膝に置いた両手で、取り出したハンケチを握り込む。


その…優しげな茶色の瞳が、悲しげに潤むのをエリングレンは見たが、言葉をそっと続けた。


「…けれど教練を何とか出て、近衛の実戦に出る度、思い知らされる。

近衛の奴らは皆軍人で…。

俺のような農民出とは、訳が違う…。

戦う相手は人間で、奴らはそれでも平気で剣で切り裂く…!

俺は…幾度も無理だと思い、けど死ぬのが嫌で…何とか必死に、乗り越えて来た…」


言って、そっ…とマディアンを見つめる。

マディアンは自分を見つめる、その懐かしいブルーグレーの瞳を見つめた。

時折陰ってグレーに見えるその瞳は、彼が嬉しかったりすると途端、とても綺麗な明るいブルーに輝く…。


今、エリングレンの瞳は、グレーに見えた…。


エリングレンは気づいたように目を伏せ、だが言葉を紡ぎ出す。


「…つまり、近衛の男は人殺し集団だ。

…貴族の爵位を貰って嬉しかった。

けど…人殺しの俺が君に…相応しいかは…………」


言って、エリングレンは深く、俯く。

「君はいつも無邪気で…人の善意を当たり前に信じ…。

優しいものや可愛らしいものを愛してた。

俺もだ。

けど今の俺はもう…以前とはまるで違う」


マディアンはがくん。

と顔が、揺れるのを感じた。


オーガスタスも、そうだった。

身を、引こうとしていた。


エリングレン同様、自分の手が、血に染まってると、知っていたから………。


横のラロッタが、そんな姉を見つめ、必死で叫ぶ。

「だって…!

相手が殺そうとするのなら、戦って殺さなきゃ!

貴方が死ぬんでしょう?!

それは…当たり前なんじゃ無いの?!」


エリングレンはラロッタを、優しい…けれど悲しげな眼差しで、見つめる。

「…そう。

俺にとっては。

けれど…君やマディアンの父上は作付けの指導者。

剣を振ったり人を殺したりはしない」


ラロッタは必死になって、エリングレンに言い返す。

「それでもお父様は、暴漢から農民を護る時…剣を、振ったわ!

剣士じゃなくても!

護らなきゃいけなかったから!!!

その時だって、近衛の騎士が助けてくれなかったら…お父様は大怪我をされて、私やお姉様は…浚われて国外に、売られていたかもしれない!!!

だって、必要でしょう?!

戦ってくれる騎士は!!!

頼もしい騎士は!!!」


ラロッタの悲鳴のような叫びを聞いても…エリングレンは俯いていた。

「だが…俺は夢で見る。

俺が殺した、男達の屍だ。

卑劣で冷酷な盗賊ならまだ…いい。

だが…敵国の騎士は…奴らには、家族がいる。

国王が攻め込む事を命じ、忠誠心からそれに従ってるだけで…それは、俺と同じだ。

つい…思ってしまう。

殺した男がその男で無く、俺なら?と。

奴らと俺は…変わらない。

戦いを命じられたから剣を向け…そして…殺される」


マディアンは…エリングレンを見た。

彼はやはり昔道理の…快活で生気に満ちあふれ…素敵な若者に見えた。

だがその顔に落ちる影は…とても深く、暗く感じる。



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