園遊会 1
午前の陽光差し込む、若い女性の華やかな室内。
マディアンはこれから園遊会に出かける。とはしゃぐ、二人のかしましい妹達の身支度を手伝いながら、溜息を吐いた。
「今日はあの方、いらっしゃるかしら?」
「金髪の、近衛の騎士?」
「そう!ギュンター様!
今迄お見かけしなかったから、今年入隊したばかりじゃないかって!」
「じゃ、マディアン姉様と同じくらいの年齢?」
二人はようやくそこで長姉の存在を思い出し、同時に振り向く。
マディアンは二人の背後でドレスを整えていた手を止め、見つめ返した。
がまた、二人の妹達は髪留めを幾つも髪に当てては鏡台に戻し、口を開く。
「…素晴らしい美青年だったわね?」
「競争率がそれは高いわ。
あの嫌味な赤毛のユンデラが、彼の視線を自分に向けられなくて、顔しかめたぐらいだから」
二人はまたそこで思い返し、くすくすと笑う。
マディアンはもう、口を挟もうとしていた。
が、妹達のおしゃべりは続く。
「恋い焦がれてた近衛の騎士が、姉様に夢中で振られたばかりだから、余計よ…!」
次女エレイスが振り向く。
「姉様、ユンデラが狙っていた近衛騎士のシェダーズ様に、口説かれたんでしょう?」
マディアンは次女エレイスの、ドレスの裏返ったレースを戻しながら囁く。
「だから、何?」
全部で五人姉妹。
その中でも、一番愛らしい顔立ちの四女、アンローラが振り向く。
「だって…シェダーズ様って…近衛騎士にしては身持ちも固くて誠実そうで…素敵な方だわ」
次女のエレイスが、直ぐに口を挟む。
「金髪の彼よりは、かなり劣るけど?」
二人はまた、数日前の園遊会で見かけた、新顔の目立つ美貌の近衛騎士を思い浮かべ、きゃあっ!と声上げる。
一番冷静な男まさりの三女、濃い栗毛のラロッタが戸口から、ちっとも仕度の終わらないかしましい次女と四女を見つめ、口開く。
「どっちみち、園遊会に来る近衛騎士ほぼ全員と寝てる、ユンデラすら振り向かせられない美男なんだから」
二人はきっ!と同時に、ラロッタに振り向いて喰ってかかった。
「だから、何?」
「私達には無理だって言うの?」
ラロッタは四女アンローラの後ろのリボンを結んでる、一番理性的な長女、マディアンに肩竦めて見せる。
マディアンは
「動かないで!」
と注意を叫びながら、だれかけたリボンをたぐり寄せた。
そこに、彼女らの母が姿を見せる。
戸口にいた横の三女に視線をくべると
「もっと女らしいドレスにしたら?」
と言い、次女と四女の仕上がりに、満足げに頷く。
「幾ら近衛の騎士だからと言って、不実な男は駄目よ。
例え浮気性でも、最低ちゃんと愛人待遇してくれる男を選びなさい。
マディアン。
二人をお願いしたわね?」
長女が頷くのも待たず、二人に視線送ると言って聞かせる。
「それくらい綺麗なら、少しくらいランクを落とし、ちゃんと妻に迎えてくれる誠実な騎士を選ぶのが利口よ!
…でも恋に、のぼせ上がっちゃダメ。
私みたいに、財産も殆ど無い男の妻に収まっちゃ、ロクに楽しみも無いわ」
そう言って、母は溜息を吐く。
アンローラは鏡台から櫛を持ち上げ、姉妹達の中で一番艶のある自慢の髪をとかすと、言った。
「例え愛人とはいえ、大公の愛人ならそこらの妻より余程、贅沢?」
母は良く解ってる娘に、頷く。
マディアンは右に左に動く腰にようやく、リボンを縛り上げて形を素早く整えながら警告する。
「焚き付けないで。お母様。
園遊会で近衛の騎士が現れると女性達は争奪戦で…。
誰が不誠実かなんて、判断してる間なんて殆ど、無いんだから」
母が横の三女を見ると、ラロッタは『その通りよ』
と両手横に広げて長女に同意した。
馬車に乗り込んだ頃、ラロッタはすっかりくたびれ果ててる長女マディアンが、向かいの席でぐったりする様子を見つめる。
その時、門から駆け込んで来る馬が、これから出ようとする馬車の横に滑り込む。
「失礼。お嬢様方。
マディアン殿は…」
馬車の中の女性達は一斉に、近衛の騎士の中でも一番不人気な、女と見ればヨダレを垂らすどスケベなヨーンから顔背けてる中、気丈な三女が告げる。
「あら。
確かこの間、シェダーズ様と姉様を争って、決闘なすったんじゃございません?
それでもう、姉様には近づかれないかと思いましたわ!」
「ああ、身の程知らずにも貴方に言い寄っていた、シェダーズとの決闘の事ですか?
どうして私があいつに負ける。と思うんです?」
ラロッタはびっくりして言った。
「貴方があの御方に、勝ったんですか?!」
「じゃなきゃこうして、ここにお迎えに現れませんよ」
姉妹達は皆、長姉に言い寄ってはいるけど、隙あらば姉妹全部と寝たい。
と画策してるどスケベ面の、黒髪の間延びしたやたら縦に長くデカい顔の最低男ヨーンから、思い切りつん!として顔を背ける。
マディアンがきっぱり言った。
「女性を戦利品のように、決闘で所有者を決めようだなんて!
貴方が勝たれても私には、一切関係ございませんわ!
早く!馬車を出して!」
妹達は、一見それは優しげな長姉の、そのきっぱりした態度に感嘆の視線を、揺れる馬車の中で黙して向け続けた。
暫くした後、次女エレイスがぼそり。と言う。
「…けどお姉様がシェダーズ様に色よいお返事をしていたら…決闘は無い筈だわ?」
三女、ラロッタもつぶやく。
「…赤毛のユンデラですら振った、数少ない誠実な近衛騎士のシェダーズ様を…お姉様まさか…!
…お断りになったの?!」
四女、アンローラも畳みかける。
「言っとくけど、近衛の騎士の中でも最低最悪な、まだしつこく付いて来るあのどスケベのヨーンより、数千倍マシだと思うわ!!!」
マディアンは妹達に凝視され、言い淀んだが口を開く。
「じゃ、あのどんな男も断らないユンデラですら振る、身持ちの堅いシェダーズ様と、『最低の近衛男』ヨーンをかわす為、好きでも無いのにお付き合いしろ。と?
誠実なあの御方を、ヨーン避けに利用する気なんて無いわ」
姉妹達はたおやかな美女。に見える姉の剛胆さに、一斉に溜息を吐いた。