始まりの誕生会 3
程無く、招待もされていないのに、近衛で鼻つまみ者のヨーンが、濃紺の近衛隊服で現れる。
自分の黒髪は、「左の王家」の遠い血を引いている。
と王族の血が流れ、名門の出をアピールしている。
が、正真正銘「左の王家」の出の、ディングレーに聞かせたら、鼻で笑うに違いない。
なぜなら「左の王家」の男は皆、誇り高く激しい気性。
確かに好色な部分、だけはヨーンと被る。
しかし「左の王家」は皆、剣豪だらけ。
ヨーンのように、剣も乱闘も…およそ暴力沙汰は苦手で、戦闘免除にしてもらって、近衛に在籍…なんてしようものなら「「左の王家」の名折れ!
と同族に批難囂々。
恥でしか無い。
けれどヨーンは実際は「左の王家」と全然関係無いから…どこ吹く風で、今日も気に入った美女に寄って行っては
「自分の黒髪は…」
と始めてる。
女達は、剣が強く出世が早く、いい男揃いの近衛の隊服を着てる男に、目の色変えて色めき立つから…。
それを狙って、モテようとしてるのは明白。
だがどの園遊会でも、ただの虚言吐きで、どスケベ。
と正体がバレて以来、女達はひそひそと眉間寄せ、話してる。
ヨーンはそれでも女性の方に寄って行くので、貴婦人らは、さっ!と避ける。
それでもしつこくつきまとおうとして、女性に嫌悪も露わに睨み付けられ…。
まだ尚引く様子無く、頻りに話しかけようと、すり寄る。
…とうとうオーガスタスが寄って行くのを、ギュンターは見た。
ヨーンは新兵ギュンターからしたら近衛の先輩だったが、華やかな場所でしか、見た事が無い。
つまり大公家のコネで、実際の近衛での隊務には一切関わらず、籍だけ置き、隊服だけを着て、華やかな場所に出まくって女を口説きまくってる、サイテーな不届き者だ。
ギュンターはその噂を知っていたし、見知りの女に
“ヨーンにつきまとわれて不愉快だった”
と聞いていたので、いつかどこかで殴ってやろう。
と心に決めていた。
が、自分よりデカくて強く、更に左将軍補佐なんて身分高いオーガスタスが立ち塞がった途端、ヨーンがびびりまくり、逃げ腰になる様を見て、笑った。
「(俺よりあいつに殴られる方が、よっぽど怖いだろうからな)」
つい…オーガスタスが見ていた栗毛の楚々とした美女マディアンが、オーガスタスの頼もしい姿に、感嘆し見惚れてるのが視界に入る。
「(そういえばオーガスタスはどういう訳か、昔から…大人しげな品のいい美女に、なぜかモテてたな)」
オーガスタスの登場で…ヨーンはそそくさとその場から姿を消し、オーガスタスは女性達に、更なる賞賛の視線を浴びていた。
だが
「どうぞ続き、お楽しみを」
と言うオーガスタスの言葉で、皆自分の楽しみに笑顔で戻って行く。
その後オーガスタスは、彼の頼もしげな様子を褒め称える老公爵に捕まり、賞賛の言葉を控えめに聞いていた。
ギュンターは
「(…付き合いって大変だな…)」
と思いつつも…自分を取り巻く少女らに視線を移す。
「(…俺もか…)」
思わず洩れる溜息をこらえ、気づく。
相変わらずオーガスタスが惚れてるらしい、マディアンは、自分を取り巻く女に加わることも無く…取り巻く少女らの一員の、妹をほぼずっと、少し離れた場所から見守っていた。
マディアンの妹に頻りと話しかけられながらマディアンを盗み見て、ギュンターはなぜか、彼女迄もが自分を取り巻かず、ほっ…とした。
オーガスタスが一瞬彼女に投げる視線が…とても…切なげに、見えたから。
オーガスタスのそんな表情を、見た事無くて目を、擦りそうに成ったが。
だがオーガスタスが、夕暮れが迫り園遊会が終わろうとしても彼女と一言も話す様子無く、また彼女もオーガスタスに、寄って行く様も見られず、ギュンターは相変わらず入れ替わり立ち替わり目前にやって来ては話しかけ、自分の気を引こう。
と必死な少女達を、差し障りの無い言葉で期待持たせないように捌きながら、伺い続けた。
いつの間にか、ディングレーとローフィスの姿も消えていて、リーラスもどこかの美女と消えていた。
ギュンターは別れの挨拶をする養父に寄り添う、オーガスタスを見た。
人はまばらになっていき、マディアンの妹が寄って来て
「もう…帰りますの。
また…お会いできるかしら?」
と聞かれ、彼女の背後を見る。
やはり…離れた位置から栗毛の淑女、マディアンは微笑んでいて…ギュンターは言った。
「機会が、あれば」
それは…よく考えたら素っ気無い言葉だったけれど、そう言われた事が嬉しいように、マディアンの妹、アンローラは微笑んだ。
彼女が姉、マディアンと背を向け、馬車へと歩いて行く姿をギュンターは見送り、オーガスタスに振り返る。
オーガスタスは養父の横で、養父の昔なじみの客と別れの挨拶を交わしていて…つい、ギュンターは背を向け、去って行くマディアンをもう一度、振り向いて見た。
再びオーガスタスに振り向くが…オーガスタスは彼女が、帰って行く事に、気づかなかった。
ギュンターは溜息を吐いていた。
オーガスタスのあの、切なげな瞳。
あれは…どう考えても相手を乞う視線。
恋をした者の…瞳。
が、見ている自分に気づくと、オーガスタスは寄って来る。
いつもの…大らかな笑顔で。
「いい子でいたじゃないか。
この後酒でもどうだ?
良い銘柄のが取ってある。
女はいないが…たまには良いだろう?」
ギュンターは頷き…もう一度背後…もうとっくに消えたマディアンの姿がそこに無いのを見つめ…促すオーガスタスと共に、屋敷の中へと、歩を進め始めた。




