訪問 2
破れた衣服を取り退ける、華奢で優しい指の感触に、オーガスタスは振り向くと、マディアンは横に屈み、傷を見て
「まあ…!」
と短く叫ぶのを聞く。
「大した傷じゃないでしょう?」
微笑ってそう尋ねるが、マディアンは悲しげに眉を下げる。
「結構深い傷だわ…!
こんなに広範囲に皮膚が破れて…痛かったでしょう…?」
心配げにその美女に言われ、オーガスタスの頬がまた、染まる。
ローフィスが隣から、オーガスタスに代わって言ってのける。
「オーガスタスは寝込む程の傷でやっと“傷”と言う。
そんな程度は傷の内に入らないと思ってる」
マディアンはオーガスタスを、悲しげに見つめ
「こんなに…ひどい傷なのに…?」
そう言って、瓶の薬草の液体を布に浸し、オーガスタスの傷をそっ…となぞった。
オーガスタスが眉しかめるのをチラと見ながら、それでも傷口を布で拭きながら、囁く。
「染みるけれど…とても良く効く薬草なの。
もう少し…我慢なさって?
この後水で流さないと…傷口に、泥が付いていますわ…」
オーガスタスは溜息を吐くと
「では上着を脱がないと」
そう言って、ローフィスをチラ…と見た。
ローフィスはその視線に気づくと
「…まさかシャツを、着てないとか?」
と小声で囁く。
オーガスタスは返答せず、マディアンの手が離れた隙に、一気に立ち上がると、屈んで微笑む。
「井戸の場所を教えて下さったら、傷を洗ってきます」
マディアンも咄嗟立ち上がり、言葉を返す。
「でも、お一人では上着が濡れてしまうわ!
ここで上着を、脱いでいかれた方が…」
オーガスタスは、心配するその麗しの淑女に、屈んで優しく微笑んだ。
「…私の体は傷だらけで汚いので…その、淑女に見せる訳にはいかない」
マディアンが、そっと囁く。
「ではご一緒して、私が上着を持っていますわ?」
「貴方も、淑女でしょう?」
その時戸口から、声。
「…あの、ど迫力の男らしい体見せて、一発でもっと彼女に惚れ込まれるのを、避けたいのか?」
オーガスタスだけで無く、ローフィス迄もが戸口からそう言う、ギュンターを見つめる。
ギュンターは二人に見つめられて、まだ言った。
「…あんた、汚いとか言うが、ひ弱な男からしたら、拝みたいくらい立派な体だぜ」
アンローラが横で、ギュンターの腕に腕を巻き付け、見上げる。
「ひ弱な男って、どなた?」
ギュンターが即答した。
「昔の、俺」
それを聞いてオーガスタスの、眉が寄る。
「あれがひ弱?
単に細かっただけで、切れないロープみたいに引き締まってたぞ?」
ローフィスも目を見開く。
「お前、昔拝んでたのか?
こいつの裸」
オーガスタスは折角無視したのに、わざわざ蒸し返すローフィスを、思わず睨んだ。
が、ギュンターはぼそり。と言い返す。
「睨んでた。
毎晩思い浮かべると、結果一日も休まず、腹筋と腕立てが出来たな」
ローフィスは呆れてオーガスタスを指差す。
「こいつみたいになろうと?」
「絶対成れないが、見劣りしない程度には、到達できるだろう?」
が、オーガスタスは朗らかに笑った。
「もう、見劣りしない。
立派な体格だ」
が、ギュンターはオーガスタスに褒められても表情を変えない。
「…先輩方に
『近衛にツバメが入隊して来たぞ!』
と笑い物にされるから、まだまだだ」
ローフィスは呆れて尋ねた。
「その先輩らに、言いたい放題させたのか?
お前が?」
オーガスタスも小声で囁く。
「…どうせ言ったヤツ全部、殴ったんだろう?」
マディアンとラロッタ、ギュンター横のアンローラは揃って皆、口をあんぐり開け、金髪の素晴らしい美貌の、長身の男を見上げた。
「宿舎ではマズい。と言われたから、その場では我慢して、酒場で会った時、伸した」
マディアンが見ていると、ローフィスはくすくす笑って
「喧嘩っ早いお前が、宿舎でそんな事言われて、よく我慢したな!」
と言い、ギュンターはその美貌の表情を変えず言い返す。
「オーガスタスにしつこく『左将軍に面倒かけるな!』
と言われてるからな」
オーガスタスは
『その通りだ』
とおもむろに頷いた。




