左将軍ディアヴォロスの約束 1
近衛に出動がかかり、園遊会でもあちこちでその話題が人々の口に上るさ中、マディアンはようやく痛みと別れを告げ、人々の囁き合うひそひそ声を聞いていた。
「ギュンター様も、出動がかかったそうよ?」
「まだ新兵でいらっしゃるのに?!」
左将軍補佐…オーガスタスの噂はどこからも、聞こえて来ない。
噂では左将軍ディアヴォロスも…自分の部下らを偵察に出したと言われているのに…。
きっと左将軍の命令を伝えに…あのお方は走り回っていらっしゃるのね…。
マディアンは怪我を負った数日間、オーガスタスがずっと付き添ってくれていた夢のように楽しい日々が、遠ざかるのを感じた。
「アシュレイ婦人の夫は、大怪我を負って自宅に運び込まれたそうよ?!」
「けどまだ死人は、出ていないんでしょう…?」
マディアンはその話を聞いて、ぞっ…としたけれど、妹達…エレイスやアンローラが顔を青ざめさせ、震えているのを瞳にし、しゃん!とした気持ちを取り戻して囁く。
「ギュンター様はとても勇敢だと…オーガスタス様がおっしゃっていらしたわ」
「…でも、お怪我をされないとは限らないわ…?」
アンローラの言葉に、エレイスもが俯く。
けれどラロッタだけが
「きっと、格好いいでしょうねぇ…。
髪を靡かせて騎乗され…敵に剣を振るオーガスタス様やギュンター様…。
とても猛々(たけだけ)しいんだわ!」
と、頭に思い描いて囁いてる。
しょげていたエレイスとアンローラはそんな脳天気なラロッタに、呆れた視線を向けた。
次の日も何の連絡無く過ぎ…そしてその次の日、ようやくギュンターが顔を出す。
彼の美貌が、はっ!とする程男らしく見え、あれ程心配ばかり口にしていたエレイスとアンローラは、玄関から室内にずかずかと入って来るギュンターに、見惚れて声も出ない。
ギュンターは階段途中に居たマディアンが、転がるように寄り来るのを目にし、微笑む。
「良かった…!
もうすっかり、痛みませんか?」
マディアンは転がりかけてギュンターの腹の衣服にしがみつき、長身の彼を、見上げて尋ねる。
「オーガスタス様は…?!お怪我は?!」
言った途端、顔を下げたギュンターの、自分を見つめる瞳が見開かれ、マディアンは喰い入るように彼を見続ける。
「…あんたがどうしてるか、あいつは気になってて…けど、忙しくてオーガスタスもローフィスも顔出せないから…」
だが居間の戸口で、末っ子のアンリースが叫ぶ。
「噂は、本当なの…?!
ローフィス様の隊が、崖で孤立して敵に取り囲まれてて…オーガスタス様も一緒に、閉じ込められてるって!!!」
マディアンが直ぐ妹に振り向き、叫ぶ。
「どうしてそんな事、知ってるの?!」
アンリースは瞳を潤ませ、凝視する姉達を見回し…小声で呟いた。
「だっ…て…噂だったし…お姉様方が心配すると思って………」
マディアンはもう、しがみついたギュンターの衣服を、握り込んでその長身で美貌の青年を見上げ、叫ぶ。
「…本当ですか?!」
ギュンターは一瞬、苦しげに顔背け…そして今にも泣き出しそうなマディアンを見つめ、唇を噛むと囁く。
「…説明が聞きたければ…案内しろと言われた」
「誰に?」
背後からエレイスに声かけられ、ギュンターは振り向き、告げた。
「左将軍ディアヴォロス」




