花祭り 8
帰り際、見送る奥方と娘達に、オーガスタスは振り向いて告げる。
「…私に失恋したなどと、マディアン様は錯覚しておられる様子だ」
その言葉に、ラロッタも末っ子アンリースも、母親も、色めき立って長身のオーガスタスを、揃って見上げる。
「…彼女のような淑女に、私のような乱暴者は似合わないと…彼女は気づいていない」
次の言葉に、ラロッタもアンリースも…母迄もが項垂れる。
ラロッタが、いとまを告げて背を向ける、オーガスタスに怒鳴る。
「女心がちっとも、お分かりにならないのね!」
オーガスタスはチラと振り向くが、ローフィスと連れだって玄関を、離れた。
ローフィスの視線がずっと注がれ続け、とうとうオーガスタスは
「何だ!」
と怒鳴る。
ローフィスは肩竦めると
「俺の言いたいことは既に、ラロッタがお前に怒鳴った」
と言い、さっ。とオーガスタスから顔を背けるもんだから、オーガスタスを更に、睨み顔にした。
その夜、ローフィスは左将軍ディアヴォロスに呼び出され、左将軍官舎に足を運ぶ。
私室のソファでガウンを着て寛ぐディアヴォロスは、ローフィスが召使いに部屋に通されて姿を見せると、ソファから立ち上がり、うっとりするような綺麗な微笑を見せた。
「流石の君でも、手こずってる様子だ」
ローフィスは肩を竦める。
「相手の女性を見て、どうするかは俺が決めて良い。
とあんたは言った。
…実際マディアン嬢の様子を見てると…」
「オーガスタスよりも、彼女の味方に付きたくなるんだな?」
長椅子の背から顔を突き出してそう告げるギュンターを、ローフィスは見る。
「呼んだのか?」
尋ねると、目前のディアヴォロスは微笑む。
「君を明日公務から外そうと思ったんだが…。
隊長会議にどうしても、顔を出せと言われてね。
君の所の副隊長は、君の代理が出来ない」
「…悪かったな!」
ギュンターの横に座るディングレーも、長椅子の背から顔を出して、振り向いて唸る。
ローフィスは一つ、溜息を吐く。
「…はっきり言うと、あいつ(オーガスタス)…端から押さないと、態度は柔らかだが彼女にたいそう、つれないぜ?」
ディアヴォロスはローフィスを、ソファに導く。
ローフィスは連れだって歩き出し、ソファの前でディアヴォロスから、グラスを受け取り注がれた酒を見る。
ディアヴォロスはにっこり笑う。
ローフィスはグラスをディアヴォロスに差し上げ、呟く。
「労ってくれて嬉しい…。
が、今俺が抜けると…」
そして、長椅子にグラス片手に座るギュンターとディングレーを見ながら、一人掛けのソファに腰掛ける。
「…俺の代理に…ギュンター?」
ディアヴォロスは頷きながら、横のソファに座る。
そして、ローフィスに促すような視線を送る。
ローフィスは気づくと、ギュンターに顔を向けて喋り出そうとし…。
が先に、ギュンターが素早く告げる。
「あんたみたいに俺にやれと言われても、出来ない」
ローフィスは頷く。
「俺も、やれとは言わないから安心しろ」
ディングレーが、横に座るギュンターを見る。
「どっちみち、妹が四人もいるんだろう?
どうせお前は妹に取り巻かれて、オーガスタスを取り持つどころじゃないと思うな」
ギュンターが、横のディングレーをじっ。と見る。
「…あんたが副隊長の職務を全うし、ローフィスの代理で隊長会議に、一人で、出かけられたら、俺の出番は無かった」
ディングレーの、眉が寄る。
「お前らしくない、回りくどい言い回しだな。
…何が言いたい」
ディアヴォロスはくすくす笑う。
「君が有能だから。
ローフィス。
あちこちで君が必要で、困るな」
ディングレーは溜息を吐く。
「…だって隊長会議って、敵対勢力のいけすかない奴らが雁首揃えてるんだぜ?
俺が一人で出て…どうせ奴ら、年上だとかで横柄な態度で見下してくる。
…乱闘になってもいい。
と言うんなら、俺一人で出るが」
ディアヴォロスとローフィスが、即座に揃って素っ気無く言う。
「駄目だ」
「…困る」
年上の敬愛する二人に言われて、ディングレーはギュンターに肩竦めて見せる。
ギュンターは高級酒が入ったグラスを口元で傾け、呟く。
「…で、俺の出番?」
ディアヴォロス、ローフィス、ディングレーの三人が、頷く。
ローフィスが、即座に言った。
「父親は仕事で居ず、女性ばかりだから絶対!
暴力沙汰は御法度!
態度も控えろ!
猛獣ぶりはなるべく、淑女達の前では見せるな!
凄く、怖がられるからな!」
ギュンターは、しょげて言った。
「…だって、オーガスタスが一緒だろう?
俺が暴力沙汰したらどうせ止めるし…あいつがいれば、俺が牙剥く必要も無い」
ディアヴォロスは頷くと、にっこり微笑って言った。
「…後は務めて…直接話法は控えて、上品にね」
ディングレーが、ギュンターにとっての無理難題に思わず横を向き、ギュンターは
『それが一番苦手だ』
と言うように、項垂れきって、溜息を吐いた。




