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赤い獅子と芍薬の花 オーガスタスとマディアン  作者: 心響 (しのん)『滅多に書かない男女恋愛物なろう用ペンネーム』天野音色
一章 プロローグと出会い
3/144

プロローグ 思い出の館ヴィラヴィクス邸(オーガスタスの養父ゼッデネスの独白)




 俺は我が儘だった。

家柄もそこそこ良く、旧家で広く美しい邸宅に、住んでいた…。


母はこのヴィラヴィクス邸が自慢で…心からこの館を愛していた。


緑生い茂る中に歴史を感じさせる、茶レンガの二つの塔そびえる重厚な外観。

自然溢れる美しい庭園。

テラスで朝日浴び、良く母と父と共に食事を取った…。


落ち着き…品のある屋敷で、調度は全て時代ものの手の込んだ装飾で飾られていた。

多くの身分高い大物達が、この落ち着いて品の良い邸宅を訪れる事を楽しみにし、母はそれを…自慢にしていた…。


良く口にしていたのは

「女の子が欲しかった」

授かったのは俺一人。


一人っ子だったから、母も父も俺には甘く…それで我が儘を、当たり前の事と受け取ってた。


そして俺は…幼い頃から剣の講師にその腕を認められ、更に教練で学年一位を取り、天狗だった…。


四年の時、一学年下の北領地[シェンダー・ラーデン]の大公子息に黄金のグリフォンを奪われはしたが…それでも教練では二位。


卒業では校長の言葉を直に受けた唯一の卒業生だった…。

だから…近衛に入り、新兵となってのし上がるのに夢中。


出動が楽しみで、腕を振るい認められ、隊長候補に示唆され有頂天だった。

そんな時だった。

両親の訃報を受け取ったのは…。


アシャンテ婦人の夕食会に出向く途中、岩に車輪を取られ崖下へ。

崖は大した高さは無かったが、馬車がひっくり返った拍子に二人共体を強打し、父は数時間息があったが結局…亡くなったと………。


葬式に帰った時、がらん…としたその屋敷を見回す。

母の幻が屋敷のそこらかしこに見える。


いつも…微笑っていた。

この家を愛していた母が居ない。

それだけで…この屋敷は価値を無くした。

寂しくて、暫く遊び回り深酒もした。

そんな俺を見かねて、叔父が俺を舞踏会に誘いそこで…一人の女と出会った…。

少し…笑顔が母に、似ていた。


彼女はヴィラヴィクス邸を気に入り、この家の女主人に成りたいと言った。

彼女と過ごす屋敷での日々は、母や父が居た頃のように…輝いていた。


近衛の出動がかかると俺は…だがそんな安らぎを忘れる。

暴れ、戦う事を心から…楽しんだ。

生きてる気がした。

敵を斬り裂き、味方の力と成る事が。


皆が俺の存在を、頼もしいと思っているのが解ったし、実際俺を頼ってた。

婚約者が出来てから、付き合いやすくなったと言われ、友も増えた。


両親の事を思い出すと胸が痛んだが…。

…幸せだった。

彼女との結婚の準備をし、隊長に昇級もし…近衛でも一目置かれる存在と成った…。


戦う事が楽しかったし、准将に成れる器と言われ、自分でもそれを疑わなかった。


だから…あの戦闘の際もまさか…。

と思った。

だが背後の岩から突然六人程降って湧き、背を斬られ傷を庇い戦ったが、背後の崖に、足滑らせ転げ落ちた。


途中…右足を強打し、ひどい激痛に呻きながら転げそのまま…あまりの痛みに気絶した。


味方が駆けつけてくれなかったら、狼に食われていたかもしれない。

ともかく戸板に乗せられ、寝台に運ばれけれど右足は…膝下から粉々に砕け…元には戻らないと…。

切らずに済むのはそれでも…幸いな事だと………。


俺は自分でもどうしようも無かった…。

立ち上がれず自分では歩けず…愛した女に当たり散らし女は…去って行った。


荒れまくり友も去り…近衛の職も名誉も失った。

何も…無くなったが右足が動かず、自在に動き回れた頃を思い返すと涙が溢れた。

もう一度…あんな風に動き回れたら…魂を悪魔にだって、引き渡しても良かった。


目をかけてくれた准将の一人が、俺の荒れように“障気”が付いたのでは?

と疑ったのか…俺は東の聖地。

神聖騎士宿舎に付きそわれ連れて行かれた。


その光の結界の中で…暫く俺は癒やされ、“障気”では無く原因は足の痛みだと…言われ、一週間の滞在を許された。


じんわりと…暖かさが傷を包み、痛みは遠のき、時折…つくんつくんと微かな痛みが湧き出る。


激痛は無くなっていたが、指先すら動かせなかったのが、指先程度は動くように成った。


骨は再生したようだがどうしても…塞がらない神経があって、足は満足に動かせないだろうと…。


動く度に痛みが走っていたから…そして光溢れる結界の中のせいか、痛みが無いだけでも有り難いと、癒やし手に告げる事が出来た。


不思議な場所だった。

空気の中に、じんわりと体と心を癒やす暖かさがあって…心地良く、不安も不満も消え去って行く。


そこでふ…と思い出した。

あの戦闘の前日…右足を挫いていた。

岩にぶつけ…部下に

「手当てを」

と言われ、断った。


そうだ俺は…いつもいつも…断って来た。

気遣われる事が大嫌いだった。

弱く見られる事を誰より嫌い…自分をいつも強く見せようと…。


どの場面も浮かんだが、俺は自分の強さを人々に誇示し続けた。

涙が、浮かんだ。

馬鹿な奴だな。

今こんなに成ると解ってたら…そんな風に

「自分は強い。

これくらいの怪我は何でも無い」

そんな風に、偉そうに威張って言えたか?


あの時も俺は…あの程度の足の痛みは何でも無いと…。

もっと酷い怪我をしていても平気だったから大丈夫だと…。


だが…あの崖っぷちで…右足を付こうと痛み走りそのままバランスを崩し転落したのは…確かだった。

突然の襲撃で混乱し…暗かったし崖がそれ程高いと…知らなかった。

あの時痛み走らず踏み止まっていたら…。

それが出来ていたら…。


例え背に一太刀喰らおうが、敵を全て殺していた………。


涙が、止まらなかった。

母の顔が思い浮かんだ。

いつも…怪我をした時いつも心配げな表情で、囁く。

「手当てをさせて…」

でも子供の俺は…血を流そうが、痛くないふりをする事で遊び仲間に感心されて以来…そんな心配を鬱陶しがった。

「痛くないよ!

手当てなんていらない!」


ふ…と思い出す。

大抵…朝、気づくと痛みが無かった。

傷の手当てをいつも…眠ってる間にされていた。


…そうだだから…俺は思ってしまった。

痛くない。

傷は直ぐ治り、痛みも直ぐ消え去ると………。


教練に上がって更に俺は思った。

傷を作るのは腕の無い証拠だと。


…だからいつも…傷を痛がる奴を軽蔑した。

腕の無い弱虫だと………。


そして…同時に気がついた。

その弱虫に自分が成った事が…俺をあれ程荒れさせた原因だと。

動けず、痛み、それがもっと自分を惨めにさせた………。



 一週間が過ぎ、神聖騎士宿舎から自宅へ帰る頃、俺の痛みは消え…荒れる事は無くなったが、それでも…自在に動けるようになる事叶わず、自宅に籠もり酒浸った…。


あんまりいつ会っても酒臭い。と…気に掛けてくれた友人の一人が、俺を南領地ノンアクタルの旅行に連れ出した。

南領地ノンアクタルには麻薬が有り…それで感覚を麻痺させられ、幸せな幻覚が見られた。


常用性は無かったが…俺は東の聖地での幸せな感覚を思い返し、麻薬を常用した。

南領地ノンアクタルには色々な薬が豊富にあり、珍味や女…そして色彩溢れる建物と、まるで異国だった。


そこで…一人の若者に会った。

まだ…少年だった。


奴隷を買える。

と女奴隷を薦められた。

褐色の肌の…豊満で色っぽい美人だった。


が、ヴィラヴィクス邸を想像するとどうしても…買って帰る気には成らなかった。

彼女にあの屋敷は似合わない。


そして…奴隷の見せ試合の話を聞いた。

俺は一度首を横に、振った。

「まだ若い少年ですが、そりゃ強くて見物ですよ?」

それを聞いた時、ふ…と顔を上げた。

そして闘技場に足運んだ…。


場内で横の男が物知り顔で、声高に怒鳴ってた。

「ヤツの両親が馬車に轢かれて死んで、それで奴隷小屋に売られたんだと!」


金が行き交ってた。

皆、どっちが勝つかに賭けていた。

どうだ。と手を出すから、しない。とその手を跳ね退けた。


だが聞いた。

「あいつの…年は?」

「13。相手は16だ」

どうだ?とまた手を出すから、しない。と再び跳ね退けながら、どうしてだか思った。

13か。

教練は14で入学だから、間に合うな…。


不思議に思った。

まだ戦う前。

どうしてそんな事を考えたのか。


彼は堂とした体格をしていた。

相手は16でもうゴツかったが、背も体格も劣らない。

そして…剣を持ち、振るその仕草に目が引きつけられる。

自分が剣を振っていた様を思い返す度…悔し涙か浮かんだが、その時は…なぜだか、浮かばなかった。


そして…試合は始まった。

確かに荒っぽかったが…強かった。

相手が剣離し突然蹴り入れてもひょい!と避ける。

そして一瞬で斬り込む、その速さ。


心臓が、早鐘のように鳴った。

その少年がもっと成長し、堂とした体格曝す戦士として戦う姿が瞳に浮かぶ。


どきどきした。

相手が突然腕掴み、右腕肩殴りつける。

彼は顔しかめ、肩下げる。

利き腕の肩だ。痛めると不利になる。


が途端、少年の髪が、かっ!と赤く染まったように見えた。

瞳は黄金(きん)色に輝く。


痛めた右で、がっ!と剣を振り切る。

その素早さに、相手の表情が変わる。


相手が怯んだ隙に、一気に斬りかかる。

その様は獅子の如く。

赤い髪がばっ!と散り、黄金の瞳がきらり…!と光る。


「それ迄!」


振り切れば殺っていた。

が、彼は振り切った。

…相手の頭頂掠める。


声が飛んだ途端、剣の軌道変えていた。


試合終了後、直ぐに商人のテントを潜った。

「彼を買いたい」

だが相手は袖にする。

「あいつは大臣家がいつか高値付ける男になる。

あんたに、出せるのか?」


金はあった。

が、法外だった。


南領地ノンアクタルの、大臣家が目当てか。

「幾らなら譲る」

値を聞いて耳を疑った。

が、ある。

歴史あるヴィラヴィクス邸。

買い手は大公家。

どうしても欲しいと…付けた値が同じ。


迷わなかった。

必ず金を用意する。

言って、直ぐ使者を大公家に出し、ヴィラヴィクス邸を譲ると言って、金を送らせた………。


金を差し出したときの、奴隷商人の顔。


が、受け取り直ぐ…彼を引き会わせた。

オーガスタス。

その名だった。


近くで見た時、解った。

傷だらけ…だった。


俺と同様か?

やはり…痛くないと強がって、ロクに手当てしなかったのか…?


どうしてだか…近くで会うと、親しみを感じた。

予定してなかった。

が、言った。

「お前を養子にする」


オーガスタスは俺を見た。

物好きな奴。

そんな風に。

だから言った。

「お前が近衛で名を上げれば家名が上がる」

オーガスタスはやっと…頷いた。


南領地ノンアクタルから領地へ帰る馬車での中で、聞いた。

「馬車の事故で両親いっぺんに亡くしたのか?」

オーガスタスの横顔には何の感情も、浮かびはしなかった。

が、掻きむしられるような胸の痛みが横の彼から沸き上がるのを感じたから、顔背け、言った。

「俺の両親も、馬車の転落で一辺に死んだ」

奴が、俺に振り返った。

驚いたような表情。

俺はむっつり…見返していたかも知れん………。


ヴィラヴィクス邸は売っぱらっちまったから、別邸で使っていた屋敷に移り住んだ。

小じんまりし、手入れもそこそこだが庭だけは広かったから、男二人には丁度良い。


俺は…その馴染みの無い屋敷に両親の面影や思い出を見いだせなくて落ち着いたのか…それともオーガスタスを得て落ち着いたのか…それ以来、深酒をしなくなった。


オーガスタスは聞いたら、11だと言った。

13にしとかないと、あの試合に出られなかったから、誤魔化したと。


だがもっと年若い頃から試合に出てたから、皆本当の年齢を知っていたと。


11にはとても、見えなかった。

落ち着き払い…大人びた表情の…あまり感情を見せない面構えのいい、鍛え抜かれた男…。


とりあえず剣の講師を付ける。

庭であの赤い髪をたまに、見る。

大抵…傷付いてた。


怪我を負うと猛攻が始まる。

剣の講師でも、捌くのに苦労していた。

俺は吐息を一つ吐き、執事に薬箱を用意させる。


だがどうしても可笑しい。

必要無い。と突っぱね続けた俺が…奴の傷を心配する事が。


だが感謝してる。

奴が居る。

そして…戦ってる。

俺の代わりに。

自由に。生き生きと………。


どうしてだか、癒やされる。

とても…見ていられないと思ったのに。


思えば…昔のように動き回れない苦しみはどうやら、神聖騎士宿舎で消えたようだ。


あの時…納得したのかもしれない。

足の捻挫の手当てをしていなかった。

その報いで、受け取るしか無い結果なのだと。


オーガスタスが13に成った時…かつての婚約者に会った。

てっきり結婚してるものと…思った。

会い…しゃべり…。

そして一夜を過ごし…別れた。


辛すぎた。

彼女の中に、まだ足が動いた頃の昔の俺が居た。


俺はもうその俺とは別人だと…解りすぎて辛かった。

別れ際、彼女に言った。

「ヴィラヴィクス邸はもう、無い」

その女主人に、彼女は決して成れない。

彼女にヴィラヴィクス邸は似合いすぎた。

彼女は顔歪め、泣いた。

だが俺は…代わりに得たものの素晴らしさに、後悔は無かった。


昔の俺に、俺は成れない。

だが俺は、昔の俺を、取り戻した。

オーガスタスと言う名の、別のもう一人の俺を。


オーガスタスが教練に上がり、家を出俺は…思った。

また酒浸るか?


だが不思議な事に…奴の帰省を楽しみにしてる。

奴が教練に居る事が、どういう訳か楽しい。


奴が帰った所で、様子をちょいと聞くだけで、大して話さない。

が…奴の存在がどういう訳か、嬉しかった。

いつも…俺をそっ…と見やる。

そして…無言の瞳で、こう言う。


“近衛で俺は、必ず手柄を立てる”


それが俺への恩に報いる事だと、そう言うように…………。


恩は俺が受けた。

助かったのは、俺の方だ………。


言った事が無い。

そんな言葉を。


奴が、教練宿舎に帰る時、俺は必ず尋ねる。

「俺は…楽しそうか?」

オーガスタスは肩竦め…呟く。

「まあ…俺にはそう見える」

「ならいい」


奴は毎度不思議がる。

がそれが…奴が近衛で手柄立てる決意への…返答と、気づいてるのかどうか………。


ゼッデネスはまた、くすくすと笑った。

オーガスタスは約束道理近衛に上がり、上がった途端、左将軍補佐なんて大役を射止めたからだ。




 左将軍の呼び出し受け、オーガスタスは扉開ける。

「…また、ムストレスの横やりか?

俺の口調がぞんざいだったと?」


ディアヴォロスが机前で微笑む。

「君には義父が居たろう?

君の誕生日が直だから、出来れば君の義父と共にある場所で祝いたい」


オーガスタスは途端、口ごもる。

「教練前確かに義父はしてくれたが…教練上がってから、誕生祝いはダチと酒場で祝杯が定番だぞ?」


ディアヴォロスはそれでも、微笑った。

「彼らも招待しよう。

私のつてで、女性も構わないかな?

あまり身分の高くない女性を選ぶから」


オーガスタスは若く男らしい美しさたたえ、気品溢れる上司の、その顔をマジマジと見た。


「…出来れば前日、そこに君の義父と出向いてそのまま、泊まって欲しい」


オーガスタスはじっ…とディアヴォロスの顔を見た。

「これが…あんたの流儀か?」

「だって君は私の、一番の片腕だ」

言われてオーガスタスは、毎度近しい者の誕生祝いを…その相手が一番悦ぶ方法でディアヴォロスがしてるのを思い出す。


「…俺の番…って事か」

「どうして自分はされないと思ってるんだ?」

ディアヴォロスに素っ気無く言われ、オーガスタスは肩竦めた。


その日、自宅に帰り数時間後、王族の馬車が訪問する。

オーガスタスはゼッデネスと共にその馬車に乗り込んだ。


道が進む毎に、ゼッデネスの表情が変わる。

そして…門の前に馬車が止まり、門が開くと…ゼッデネスは微かに感激するように、震った。

「…知ってる屋敷か?」

オーガスタスの問いに、ゼッデネスは答えなかった。

いや…答えられなかったのだ………。


ヴィラヴィクス邸。

その懐かしい佇まい。


オーガスタスを迎えてから…荷を取りに、一度訪れはした。

その時はもう、新しい家人の趣味で、けばけばしく飾り付けられ、懐かしい母の愛した調度品は、けばい家具の隅に、隠れていた………。


ごてごてとした飾り。

あの…落ち着きと優しさと…包み込むような歴史を刻んだ風情は消え…ただの悪趣味でへんてこな屋敷に変わっていた。


だが…オーガスタスを得たゼッデネスは構わなかった。


ここを愛する両親は…もう、居ないのだから………。


だが…!

屋敷を目にすると再び心が震えた。


良く、昼寝をした大木の枝。

あの…花畑の前で…シュスーラと笑い合ってキスをした………。


あああの…テラスで母はいつも…美味しいお茶を煎れてくれた………。


ゼッデネスの瞳に、幸せだった幼い頃が蘇る。

オーガスタスが、ぼそり…と言った。

「ここが…ヴィラヴィクス邸なのか?」


ゼッデネスは振り向かなかった。

潤んだ瞳を、見られたくなくて。


玄関に馬車は止まり、扉が開く。

「ダルディアス公が、私の養子の誕生祝いを?」

言って顔を見る。

執事はかつての主人を見、瞳を潤ませた。

「ディキス…そのまま…努めていたのか?」

「アリアナもロンゲスもおります!

旦那様!

お久しぶりでございます………」

老執事の瞳が潤み、ゼッデネスは顔を、伏せた。

がぼそりと言う。

「いい主人で、良かったな…。

俺は…お前達の進退については何も………」

「でも…調度も私どもも、そのままと…そうおっしゃったと………」

「俺が言ったのは…執事も使用人も、調度も込みで売るから、最高値で買ってくれと………」

「それでも大公様は、私どもを大切にして下さいました」

ゼッデネスはようやく顔を上げ、ほっとしたように言った。

「それを聞いて安心した」


扉を開けると、犬が尾を振り飛んで来る。

「アレクサンドル!

まだ…生きてたのか?」

「アレクサンドルは昨年老衰で…これは息子でございます」

「そっくりだな…」


言って…顔を上げたゼッデネスは、呆然とした。

そのまま………昔そのままの玄関。


だが、以前訪れた時、この広い玄関ホールにはもっと…金がふんだんに使われた飾り物がごてごてと………。


「……………」

執事は

「こちらでおくつろぎを」

言って横の、応接間に通す。


ゼッデネスは室内を見回す。

そこらかしこに幻影が…見える。

客が居るのに、アレクサンドルの親…レキサスと一緒に駆け抜けて母に叫られた。

「どうしてここを抜けるの?!

お客様に、失礼でしょう?!!」


俺は笑って………笑って…レキサスと……。

そのレキサスも昔死んだ。

息子のアレキサンドルはまだ子供で………。


良く…纏わり付いて来た。

レキサスに良く似ていたから…いつも、その頭をなぜ、アレキサンドルは嬉しそうに………。


足が動かず、酒浸りに成った時、悲しそうに………。

動けなかったから、側で駆け回るあいつに、酒瓶投げつけた事もあったな…。


なのに…アレクサンドルの奴、庭で転んで動けない俺の服の裾懸命に引っ張って…。

俺が立てないと解ると、吠えて人を呼んでくれた………。


そうか…死んだのか…………。


ゼッデネスはその時、老執事が銀の盆を自分に差し出してるのに気づく。

その上の書状。


「なんだ?これは………」

「ここの新しい主からの、お手紙でございます」

「新しい主………?」

道理で。とゼッデネスは周囲を見回す。


その新しい主は、母が居た頃のここの常連の誰かで…きっと昔を懐かしみこの屋敷から、ごてごてした装飾を取り払ったのだろう……。

昔、そのままだ。


そして…手紙を開き、目を見張り…………。

すっかりその存在を、忘れていたオーガスタスを見つけ振り向き…叫んだ。

「どうして…お前の上司はここの事を…!」


オーガスタスは俯いたまま…ぼそり。と言った。

「誰…とは聞かないでくれ。

ともかくそいつが俺に教えてくれた。


あんたは昔大金持ちで素晴らしい邸宅持ってたが、俺を買う為売っぱらっちまったと………」

「それをディアヴォロスに話したのか?!」

オーガスタスはバツが悪そうに、顔背けた。

「まあ、話の流れで。

あんたには、うんと恩がある。

そう言ったら」

「お前も…一枚噛んでるのか?!

この屋敷が一体幾らすると…お前、それ程の給料貰ってるのか?!」


がこの時オーガスタスは眉寄せて少し睨むように言った。

「何の話だ?」

「これは…この屋敷の権利書だ!」


言った途端、ゼッデネスにも解った。

オーガスタスも知らなかったのだと。

だって目だけを…まん丸に見開いて、叫んだ自分を見ていたから。


すっ飛んで来て、手紙ひったくり、そして読む。

「…あんたのものだと…」

ゼッデネスは怒鳴った。

「その下を読め!」

「これをオーガスタスの誕生祝いにしても多分…彼は賛同こそすれ、怒りはしないでしょう…?


………ディアヴォロス」


二人はそのサインの主を思い浮かべ、顔見合わせ………そしてオーガスタスは突然部屋を出ようと扉に駆け寄り…だが、振り向いた。


が、ゼッデネスは叫ぶ。

「突っ返して来い!

誕生祝いには、高価すぎると!」


が、オーガスタスは背と顔をゼッデネスに向け、眉下げて尋ねる。

「あんたは…?けど、嬉しかったんじゃ無いのか?」


ゼッデネスはだが、睨んだ。

「幾ら何でも、こんな高い物ポンと、貰えるか!!!」

オーガスタスが、言い淀む。

「だが…あんたはその高い物を俺の為に………」

「だが俺はお前を得た!

かけがえのない息子をな!

この邸宅同様価値あるものを得てる!

一銭足りとも失ってないぞ!」


オーガスタスは一瞬、泣きそうに顔歪めた。

「俺には…大してあんたに何もしてないのに?」

「お前に俺の気持ちが解るか?!

居てくれる。

それだけでいいんだ。

お前が俺の息子として、この世に」


オーガスタスは、言いたかったみたいだった。

そんな…事だけで良いのか?

その言葉を。

が、飲み込んで頷き、扉閉めて出て行く。


ディアヴォロスは近衛軍指令本部の左将軍室に居て、扉を開けるなり言った。

「ちゃんと文面は読んだのか?

君が私の元で10年勤めるのが条件だと言う条項は?」

「………読んだ!

だがあの後の文はどういう事だ!

“私は彼が10年命を落とさず側近を辞める事なく過ごすよう断固として見守るので、事実上は貴方の屋敷と受け取って頂いて構いません”だと?!」


オーガスタスは走りずめだったので、息切らし怒鳴った。

が、ディアヴォロスは素っ気無く言った。

「屋敷を突っ返そうと思ったら、私の所を辞めるしかないが、私は君を手放す気は無いぞ」


オーガスタスは、沸騰した。

「もっと安い物にしろ!!!」

が、ディアヴォロスは即答する。

「ゼッデネスに言え。

君の価値をあの邸宅の値段だと、そう決めたのは彼だ」


オーガスタスは言い返そうとした。

が、この数ヶ月ディアヴォロスと渡り合い、もう解っていた。

彼は引く事をしない。


バン!

腹立ち紛れに扉思いっきり閉め、その場を後にする。


そしてヴィラヴィクス邸に戻り、ゼッデネスに告げた。

「俺がディアヴォロスの元を10年前に辞めれば、この邸宅を奴に返せる」


ゼッデネスは呆れたように首横に振り、言った。

「貰うしか無いようだ。

俺だってお前が左将軍の元を10年前に辞めるとは、思えない」




かつん…かつんかつん…。


ゼッデネスは杖突きながら、邸宅内を見回る。

どの部屋を見ても、昔のままだ…。


オーガスタスはその…懐かしさで潤むゼッデネスの…瞳を見た。

お茶を持ってきた老執事が呟く。

「つまりそのう…ディアヴォロス様は、皆の記憶を総動員して昔に戻せと………。

この屋敷を良く知るご婦人まで伴われて…」


ゼッデネスはオーガスタスを見、オーガスタスも…ゼッデネスを、見た。


翌日の誕生会に、悪友はぞろぞろ顔出したが、ディアヴォロスは顔を見せなかった。


オーガスタスはそこで、ギュンターを口説いているかしましい妹達を微笑って見守る長女、マディアンと出会った……。



オーガスタスが左将軍補佐に戻り一人懐かしいヴィラヴィクス邸に居ると…耐えられなかった。

欠けた者が気になって。


それで…かつての婚約者、まだ結婚してないシュスーラを訪ねていき…そして、膝を折ってプロポーズした。


ゼッデネスの結婚を聞かされたオーガスタスは、ディアヴォロスが微笑っている。

と感じた。

が肩竦めた。


相手は光竜身に宿す千里眼。

戦う事自体が、馬鹿げてる。


その結婚式の日、オーガスタスは花婿に言われた。

「ディアヴォロスに、礼を言いに行く」

オーガスタスは言った。

「あんたが礼言ってる事くらい、ディアヴォロスはとっくに知ってる。

だがあんたの気が済むなら、きっとディアヴォロスも付き合ってくれるさ」


ゼッデネスの横で花嫁が輝くような笑顔で腕を取り…ゼッデネスはもう一度、愛おしい記憶で詰め込まれた、屋敷を見回す。


ヴィラヴィクス邸…。

我が心の…。



懐かしさで瞳が潤む。

今は亡き、母と父がそこで微笑浮かべ、式に参列してる気がした。

微笑返す。

幻のように、透けた二人が、頷き返す。


屋敷に馴染む麗しのシュスーラの手取り…ゼッデネスは絨毯の上を歩く。

周囲、祝福する懐かしい顔、顔、顔…。

見回しながら、もう一度振り返る。


赤い髪のオーガスタスがそこに見える。

奴を手に入れ、全てが戻って来た。

文字道理、全てが………。


オーガスタスが、頷く。

ゼッデネスは潤んだ瞳で、頷き返した………。



END


忘れ得ぬ出会い(取り戻したもの)



 ゼッデネスは取り戻したヴィラヴィクス邸で、楽しそうに忙しく動き回る妻を見ていた。


書斎の明け放れた窓の外。

庭の手入れを庭師に指示してる…。


アレクサンダーの息子、ユージェニーが尻尾振り、まとわりついても、笑って「いけない」をし、尻尾振り続ける犬に屈み、尚も言い含めてる。

「駄目。よ。

貴方と遊んでいられないの!」


ゼッデネスは、目を細める。

母の姿が彼女にダブる…。


母もそれは…この館を愛していて…いつも楽しそうに、この館の重厚な美しさを保つ為、毎日召使い達に指示を与えていた。

母だけで無く…召使い達も皆、母の指示に従いヴィラヴィクス邸を美しく保つのに…誇りを感じ、楽しそうに仕事をしていた。


庭の彼女が、書斎で見つめてる彼に気づき、笑顔で手を振る。

「もう、お茶よ!

出ていらしたら?!」

「もう少し片付けたら、頂くよ!」


叫び返すと、彼女は笑顔で頷く。

そしてやっぱり…駄目。を聞かないユージェニーが纏わり付くのを、笑顔で阻止する。

「駄目よユージェニー!

する事がたくさんあるの!」


庭師がはしごの上で、作業の手を止め女主人に告げる。

「…こいつ…嬉しくて仕方ないんでさ…。

いや、わしらここでずっとお世話してる者みんな…以前のような…奥方様が帰ってきたと…喜んでるもんですからね。

奴にもそれが、きっと解るんでしょう…」


シュスーラはそれを聞くと…尻尾振ってるユージェニーの、頭をそっ…と撫でる。

「私…亡くなった奥様に似てる?

肖像画を拝見したけど…」


庭師ははしごの上で振り向く。

「お姿で無く…声の調子とか…そう、この館をとても愛していらして、その…いつも楽しそうな様子が………」


シュスーラは言われ、俯き…そして書斎から見つめてる俺に振り向く。


頷くと、シュスーラはそれを受け…頷き返した。


初夜の晩、寝室で彼女に散々言われた。

結婚式に来ていた客に、聞かされたんだろう…。

「私、この屋敷が目当てで貴方と結婚したんですって!

貴方がこの屋敷を取り戻した途端、貴方と結婚したから!」


微笑って言い返す。

「違うのかい?」

彼女は寝間着で鏡台の前で髪をとかしながら、怒った顔で言った。

「いいえ!その通りよ!

私はヴィラヴィクス邸が大好きだから、貴方と結婚したの!」


寝台の上で横たわり、彼女に腕を差し出す。

「…おいで」

彼女はやって来ると、身を寄せ…俺を見下ろし唇を開く。


だからその唇が声を発する前に…人差し指を当て、微笑って言った。

「…この館も俺も…愛してくれる人が必要で、君はそれを一辺に出来る人だから妻に迎えた」


彼女はそれを聞いて、じっ…と俺を見つめる。

そして少し、哀しそうな表情で呟く。

「私…足が動かない貴方でも平気…。

戦いに、出かけて死体で帰って来る不安に襲われなくて、済むもの」

俺は…言葉出ず、彼女はそんな俺に、口付けた。



庭で植え付けをする召使いに指示を出す彼女は、それでも見つめている俺に振り返りる。

彼女は幾度も尋ねる。

その瞳で。

表情で。


…あの、石のテラスでも、木々を背景に。

「この館と貴方は愛を二分しても平気なの?

この館はまるで貴方の…」

俺は幾度も微笑みかける。

この館を心から愛してる、君をとても愛してると。


母の幻影が見える。

母が生きていたらきっと…シュスーラに、この館について色々と教えたろう。

そして彼女達は…共に館を愛する者として…楽しげに徒党を組んだに違いない。


そして父はきっと…忙しく動き回る妻を見、同様の身となった息子の俺に、笑顔で呟く。

「お前も…ヘタしたら、館の次の二番目にされるぞ?」


だが楽しそうな妻達を見、そんな姿を幸せそうに見つめる父に、自分は頷く。

「…きっと、そうでしょうね…」


自分も父同様、幸せそうな妻をやはり…幸せそうに見つめているのだと、自覚して………。



ゼッデネスは溜息を吐き、シュスーラが午後のお茶に引っ張り出しに来ない内に…と、チェストからミニチュアの肖像画を取り出す…。


私物は…この館を出る時持ち出し…ほぼ全部、別邸の納屋に終われていた…。

もう…出す事も無いと思っていた、近衛時代のそれ…。


そしてゼッデネスは一つの…肖像画を取り上げる………。

小さな額に入っているその、姿………。


オーオールディーン…………。


幾つ年上だったろう…?

教練の上級生にいなかった。

だから…四つは確実に、上の筈だ。

近衛入隊時の…隊長だった………。


そして…ゼッデネスはその時初めて…あの、奴隷小屋でオーガスタスを見た時、なぜすんなり彼を受け入れられたのか、今突然理解出来た。


オーオールディーン…。

彼と同じ…髪色…………。

堂とした、立派な上背と体躯…。


新兵で大貴族の自分に、彼は手を焼いていたな。

大柄で誰よりも長身。

けれど…身分低い平貴族だった。


が、近衛ではいざ戦闘となると身分より実績………。

生意気は初の戦闘の時消えた。

戦場で、彼の戦い振りを見た時に…。


彼は圧倒的に強く、戦に不慣れな新兵を助け…振られた視線に自分は瞳でこう…答えた。

「(俺は助けは必要無い)」と…。


オーオールディーンはフイ…と顔背け別の…助けの必要な、新兵の元に走り、がつんがつん!と剣受け蹌踉めく新兵の、敵を背から斬りつけ…。

振り切り下げた剣先に滴る赤い血を今でも…思い出せる。


助けられた新兵はがそのオーオールディーンの姿に一瞬怯え…オーオールディーンが戦意解き、手を差し伸べた時、初めてほっとして…その手を、借りた。


強かった。

身分が低かろうが…准将迄上り詰めるんじゃ無いかと…噂されていた。


隊員の中で一番身分高い生意気な自分をいつも…ジロリ…と見…そんな彼に俺はいつも、反発していた。

けど…一度怪我を負った時、助けに入ってくれ、敵をやはり…一撃で殺し、俺を見た。

が俺は瞳で、彼に訴えた。

要らないと…!

そんな、情けない男じゃないと…!

俺はいきり立って彼を、睨め付けた。


が、彼は視線振る。

直ぐ斜め後ろから敵に斬りかかられ、俺は…蹌踉めいた。


オーオールディーンの、身が突進して俺を抱き止める。

同時に剣振り下ろし敵の血飛沫背に…浴びる。


抱かれたその腕は、大きな…獰猛な………けれど同胞には限りなく力強い温もりだった。


オーオールディーンは俺を腕から放し、そして無言で見つめ…背を、向けた。


その一瞬で彼の心が解った。

どれだけ生意気な態度取られようが…自分はまるで彼の子供のように心配な存在なんだと。


その大きさが悔しくて…子供のように思われてるのが腹立たしくて……けれど同時に、誇らしかった。


どれだけでもその誇らしさを否定した。

酒場で仲間達は皆、素晴らしい自分達の隊長を褒め称えている間中、ずっと…………。


皆、俺がオーオールディーンを、嫌ってると思ってたな………。

この肖像画は…どうして手に入れたんだっけ………。


その日の事を、ゼッデネスは思い返す。

苦い表情になってる。

自分でもそれが、解った。


オーオールディーンは准将へと推薦する多数の声を、裏切った。

恋に、落ちて………。


仲間達は皆、彼の駆け落ちを手伝った。

自分は…巻き込まれたんだ………。


彼に、会う気は無かった。

その…大公と結婚の決まった彼の想い(ひと)を館から…連れ出す役に駆り出された。

自分は隊の中でも一番身分が高かったから…名乗れば家人も信用する。と言われ。


昼で扉が開き…彼女を目前に迎えた時…彼女は悦びに溢れていた。

着飾った彼女は美しく…だが愛に満ち、輝いていた………。


一切を捨て…何もかもを捨て………。

なのに彼女には迷いは一っ欠片も無く、愛する人と暮らす悦びしか、見い出せない。


彼女を…オーオールディーンの元に連れて行く手はずの、仲間に合流した時襲われた。

オーオールディーンの元へ彼女を導く仲間に、彼女を手渡せばそれで役目は終わる筈だった。

けど…そうならなかった。


彼女の婚約者、大公の付けた追っ手が急襲し…俺は彼女を連れ、大公の配下と戦いながら俺に叫ぶ仲間の声を聞く。

「頼む…オーオールディーンに!

彼に何としても彼女を………!」


怪我しながらそれでも、仲間達は大公配下の男らと戦い、俺は彼女を託され…華奢な手引き必死で駆けながら、それでも俺は…思ってた。

間違いじゃ無いのか。と。

この逃避行は。


オーオールディーンは全てを捨てる。

彼女と逃げれば。

輝かしい准将の椅子が目前。


だが…それが消える………。

必死な彼女の手を引きながら見つめる。


引き替えが…彼女か?

それ程…価値が、あるのか…?!


仲間が隠していた馬を見つけ、彼女を乗せ…そして…遠目で戦う、仲間らを見る。

皆、オーオールディーンの為…戦場で受けた彼の恩返そうと、必死で戦っていた。


けど…去って行く。

彼は、俺達から。


目が…潤んだ。

それでも奴らは必死で…彼の宝を彼に手渡せと………。


手綱を、引く。

拍車駆ける。


追っ手は三騎。

夢中で走らせ…木々の中で止める。


そして…彼女を下ろし剣持ち…叫ぶ。

「俺を殺さない限り、彼女は取り戻せないぞ!」



倒れ伏す三人を尻目に、彼女を再び馬に乗せる。

まだ手に剣を振った時の…手応えが残っていた。

三人の内…幾人かは死体に、成ってたかもしれん…。

それ程、思い切り振った。

俺はオーオールディーンの、子供じゃないと。

一人前の…立派な剣士だと…。


そう、言いたかった。ずっと。奴に。

けどこんな時…こんな時に………。

奴が去って行き、嫌でも俺達は…大きな庇護を無くす、こんな時に奴に言うなんて!


涙が出た。

悔しかった。

奴が居る時、言いたかった。


俺はあんたに助け借りなくても、やって行けるんだと!

突き付けたかった!

認めさせたかった…………!


……………彼女は…大きなオーオールディーンの腕に飛び込み…そう、文字道理、飛び込んだんだ。


オーオールディーンは途端高い背屈め、彼女を抱き止めた。

俺は、惚けていた。

未だに…信じられなかった。

見送りたくなんか、無かった………。


もしこの駆け落ちに参加していても…去る彼をこの目で見てなんていなかったら…。

家の事情で…そんな理由で、彼が消えた事を飲み込んだろう……。

けれど、違う!

彼は、自分の意志で俺達を捨てる!


腕に愛する女性を抱き…その男は身を、起こす。

戦場で見た…誇り高い仲間思いの…野獣の姿。


静かな瞳が、後悔は無いと、告げていた。

俺は………頬に涙が滴り…もう悔しくて…。

奴にそれを見られた事が悔しくて、拳握った。

握りしめた。


奴の、静かな声。

「アッデスタらは…?」

「大公の、追っ手で………」

「そうか………」


怪我してないな?

奴が言おうと顔上げ、声が発せられるその前に、俺は言った。

「怪我はした。

が、仮にもあんたの隊の近衛騎兵だ。

死にはしない」


オーオールディーンは微かに頷く。

そして…涙頬に伝わせる俺に、微笑う。


その…切なげな微笑は一生俺の心から消えないと…その時俺は、予感した。

叫んでた。

「准将だ!

あんた…解ってんのか?!

准将なんだぞ?!

あんたが棒に振るのは!!!」


だが彼の心にその言葉は…何の波紋も引き起こさない。

だからとうとう…背を向け去ろうとする彼に、俺は怒鳴った。

「俺達を…さんざ、戦場で庇い甘やかしてきた俺達を…捨てるのか!

あんた無しで戦えと俺達に………!」


もう…言えなかった。

認めたも同然だ。

認めたくなかったが、こんな…形でなんか、無い!

准将の椅子に座ったあんたに…俺は言いたかった!

あんた無しでも平気だと!

俺は立派にやれるんだと!


あんたに……………。


もう俺は…去って行く彼を見られなかった。

大きな…大きな翼だった。

あの血と刃と……そして殺意がぶつかりあう戦場であんたは…確かに俺達をその、大きな両腕で…護ってくれていた…。


あんたが居たから…どれだけでも強気で居られた。

あんたがいたからこそ俺達は…何も…怖くなかった。


どれだけの恐怖も……耐えて、行けたんだ…………。


俺は…その草たなびく丘の上で、あんたの去り行く…傍らに宝物を抱き、去り行くその背を見て…告げた。


“ありがとう…”

幾度も幾度も…絶対一生面と向かって言ったりしないはずの、その言葉を………。

ずっと呟き続けてた。



酒場で皆、怪我で呻き、それでも酒を、煽った。

祝杯の…筈だったが、皆沈黙していた。

誰もが…言えなかった。

失ったものが、大きすぎて。

良かった。とも…寂しいとすら口に出来ずに………。


酒場に職人が仲間に何か、手渡す。

それを持ちテーブルの上に置き…奴が、言った。

「…今頃、出来てきたか………。

准将に直成るから…」


それは…近衛で恒例の、内輪祝いだった。

隊長が准将に選ばれた時…隊員に配られる…隊長の栄えある小さな肖像画………。


それぞれが違う、表情でだがどれも…彼だった。

「ほら…好きなの、取れよ」


…それは奴の准将祝いの筈だ。

だが誰もが無言で、一つ取る。


一人がとうとう…手に取ったそれを見て、泣いた。

次々と皆、肩揺らす。

この中で、一人だって…疑わなかった。

准将に選ばれた彼のその…栄位式を迎える日の事を…。

残った二つの、一つを取る。そこには…。


准将の制服とペンダントを付けた彼の…晴れやかな姿が、描かれていた。

永久に、彼が着ず付けない…その印。


自分達のした事を、誰一人後悔してないのは解ってた。

ただ…切なかった。

誰もが…生意気言った、俺ですら彼が…彼の事が、好きだった………。


誰も…その後の彼の事は、知らない。

ただ彼は…迷っていたと。

自分の昇進で無く彼女の為に。


彼の…家族の事は知らない。

ただ…叔父と名乗る男が彼の、残った私物を取りに来た。

皆がその男を取り囲んだ。

オーオールディーンの母親は彼が産まれた時死に…父親は賊と戦い死んだと…。

だからオーオールディーンは近衛で民を護る騎士になりたいと…。


俺以外の隊員の、幾人かは知っていた。

そして必死で聞き耳立てる。

「…連絡は?」


彼は、首を横に振る。

「…ずっと…大公家の見張りが張り付いてます。

もう…三ヶ月も経った、今でも…………」


だから…仕方無かった。

その後の彼の消息が分からなくても。

皆、彼が…どんな所にでも配下の居る大公家に、彼女が見つからないよう…祈るので必死で…。


連絡が取れず、姿も噂も…無いのは良い事だと。

二人はどこか…大公家の手の届かない場所で、きっと幸せなんだと……………。

そう思うしか、俺達に術は無かった。



ゼッデネスは震える手でそのミニチュアの肖像画を持ち上げる。


目が潤み…まだ、泣ける。

若かった頃の…熱い思いが蘇る。

今だったら…あんたに言えたろう。

あんたがとても…好きだったと。

あんたの隊に居られて…最高に光栄で誇りに思ってる。と。


「(老けたな。ゼッデネス)」

ふ…とそんな声が聞こえた気がして…ゼッデネスは顔、上げる。


見ると戸口にオーガスタスが…こちらを見ていた。

瞳に涙が見えたのだろう。

顔、フイ…と背け、呟く。

「邪魔したか?」


その時…ゼッデネスは思い出した。

その…顔………。

オーガスタスの顔の上に、あの日………手を握り追っ手から共に逃げ続けた…彼女の面影が重なるのを。


「…お…前の…父親…の名を、聞いた無かったな?」

掠れた声で尋ねると、オーガスタスはぼそり…と告げる。

「…オーオールディーン………」


オーガスタスはそれをさりげなくその名を口にする。

が、ゼッデネスの息は一瞬、止まった。

そして突然、オーガスタスの境遇を思い出す。


駄目だった。

手で口を押さえても…涙が噴き出す。


死んだ…のか。馬車に轢かれて…。

彼女共々…!


涙が次々と滴り、止まらない。

身を屈めるゼッデネスにオーガスタスが駆け寄り、その肖像を………。


ゼッデネスは吹き出る涙を滴らせ、必死で手で、叫びそうになる口元抑え、心の中で呟く。


ああだから…。

俺はヴィラヴィクス邸を手放すのに何の後悔も無かったんだ…。

オーガスタスに同等の、価値があると心のどこかで、知っていた。


どうしてまだ少年のオーガスタスが庭で剣を振っている様見るのが楽しかったか…。

どうして…奴がただ、側に居る事がこれほど嬉しかったのか………。


「………………」

オーガスタスはその肖像を見、やはり俺同様口が聞けなかった様子だった。

が、言った。

「知って…たのか?

親父の事を?

だから俺を…?」


俺は声を絞り出してた。

「親父を、知っていた。

けどお前が息子だと…たったの今、知った………」


どうして…あの奴隷小屋で奴に一目で好感抱いたのか…。

生意気な口聞かれようが、所作が乱暴だろうが…不思議と奴の事を信頼出来たのは………。


全部、繋がる。

だが言いたかった。

どうしても。

オーオールディーンに。


どうしてあんたは…!

いつも俺を裏切る!


俺は…俺はもう一度あんたに会うつもりだった。

こんな風に足が動かなくても…どんな様でもあんたにもう一度………。

会ってそして…。

生きて…目前に居るあんたと…宝物の奥さんの…今はもう、落ち着いて幸せな家庭を…見るつもりだった!


その側で…坊主の、客としての俺を見るオーガスタスと、出会う筈だった!!!


どうして………!!!


…こんな…裏切りは酷い…!

酷いじゃ無いか…………!


椅子から崩れ落ちて泣き伏す俺の背にオーガスタスは手を添え………俺を、労り続けてた……………………。



知らせを受けて、かつての同僚、悪友達が次々に訪れる。

皆、今は殆ど近衛から抜けていた。


それぞれの役職に収まり…そして…近衛で歴代准将の、肖像画に飾られる筈だった男の息子に、会いに来る。


駆け落ちした…奴の母親の両親も、やって来る………。

振った相手は大公家。

彼らは侯爵だったから…それは肩身の狭い思いをした事だろう…。

が、娘の死を知らされ、母親は泣き崩れた………。


シュスーラが…そっと横に立つ。

そして…手を、握ってくれている。


途端…自分の手にしたものを思い出す。

その手を、握り返し思う…。


彼の最後の静かな瞳。

だから俺は言う。

「ヴィラヴィクス邸は…資産でも金でも無い…。

この館は…」

「知ってるわ。知ってる……もう一人の…貴方ね?

貴方はこの館と一つで初めて…貴方のなのよ」


「それでも…惜しくなかった。

オーガスタスの為なら。

売っぱらっても」


シュスーラが見てる。

俺は…オーガスタスの母方の祖母にあたる女性が娘の死を知らされ、床に膝付き…涙が止まらない姿を見つめるオーガスタスが、それは戸惑ってどう、声かけようか、困ってる姿を見続けた。


「つまり…つまり俺に取って俺は…オーオールディーンは…」

「それ位、価値のある人だったのね?」

「…酷い…本当に、酷い裏切り者だ………。

俺達を捨てて、女に走った。

ここに居る、みんな捨てて、たった一人の女に」

「でも貴方は、オーガスタスが憎くないのね?」


シュスーラに言われ、彼女に振り返る。

そして…俺は頷いた。

娘の死に泣き崩れる妻を夫が抱き止め…ほっとするオーガスタスに、かつての父親の部下達が声かける。

皆…嬉しそうにオーガスタスを、見つめ取り囲む。

次々に口開く。

オーガスタスに…オーオールディーンの思い出話が出来るのが、心から嬉しい様子で。


だが俺はシュスーラに呟き続けた。

「あいつ…は、あんな場所で出会う筈じゃ無かった…。

オーオールディーンと…アンナネスタに…

『息子よ』

そう…紹介されるはずだった……」

「でも、出会えたわ…」


彼女に、振り返る。

シュスーラは微笑んでいた。

「でも、出会えたのよ。

きっと喜んでるわ。

例え亡くなっていようが」


ゼッデネスは涙が溢れ出るのが解った。

が怒鳴った。

「それが…一番酷い裏切りだ!

俺は…もう一度会う気でいた!

年取って落ち着いたあいつの親父に…若くて言えなかった時の言葉を全部、言う為に………!」


そうして………顔伏せるゼッデネスに皆が、注視した。

シュスーラが優しく囁く。

「きっと全部…聞こえてるわよ。

彼はきっと聞いてる。

貴方の言いたい、言葉全部」


解っていた。

我が儘だと。

無理だと。

伝わろうが…そんな事どうだっていい。

目前の…生きてるあんたに言いたかった………!


オーガスタスが、そっと寄り来る。

「俺じゃ、駄目か?

代わりに、聞くぜ?」


目前に立つその面影に、アンナネスタの姿が重なり…その髪と長身の立派な体躯の上に…オーオールディーンが重なる。


「捨てられて、辛かった!

見送るのは、辛かった!

だがそれでも…伝えたかった。

あんたの隊員で居られて…嬉しかったと!

誇らしかったと!」

ゼッデネスは訪れた悪友共を指さし、尚も叫ぶ。

「奴らは…皆、素直にそれをあんたに言えた。

だが俺は最後迄…あんたにそれを、言えなかった!

認めたくなかった!

あんたに頼ってる事を!

俺は一人前だと………」


もう…ゼッデネスは顔を伏せた。

涙が…止まらなかった。

「一人前で怖くなんか無いと…思ってなきゃ、戦場になんて立てなかった………。

俺はあの時新兵で…………。

縋りそうで怖かった。

あんたが居なくなったら戦えなくなりそうで…凄く!

怖かった!

だから………うんと…あんたを遠ざけるような事を言った!散々………言い続けた。


だがあんたが愛する女を腕に抱き背を…向けた時……叫びそうだった。

「捨てるのか!」

そう…。

今更あんたに頼り切ってる俺達を、捨てるのか?!と!」


ゼッデネスの叫びに同様捨てられた…室内の誰もが無言で賛同していた。


だがゼッデネスは声を、絞り出した。

「それでも…知っていたから!

俺はあんたを許した!

あんたは誰よりも…彼女と居て幸せだと!

だからこれは!

酷い裏切りだ!

どうして…見せてくれない!

あんたが幸せな家族と共に粗末だろうが見窄らしかろうが…温かい我が家に招待してくれ…

『これが俺の自慢の息子だ』と!

どうしてオーガスタスを紹介してくれない!

俺は…見てない!

幸せそうなあんたを!

全て捨ててそれでも誇らしげに…愛する妻と大事な息子を………俺に………………」


ゼッデネスが崩れ落ち、オーガスタスは手を差し伸べようとし…そして…ゼッデネスは顔上げて絶叫した。

「あれが…最後か!

あれがあんたを見た、最後か!!!

そんなの、あんまり酷いじゃ無いか!!!」


オーガスタスが身を振るわすゼッデネスを、抱きしめる。

戦場で自分を抱いた同様のデカイ体躯…だがアンナネスタの、繊細な優しさを伴う…オーガスタスを、顔上げて見る。

「お前の親父は…なぁ?息子のお前には解るな?

みんなに…頼られてた。

慕われて…好かれてた」


オーガスタスは困ってた。

眉間を哀しげに寄せて…。

だから怒鳴り付けた。

「だから…俺みたいな奴にこんなに泣かれても、仕方無い奴だったんだ!

解るか?」


オーガスタスが、微かに頷く。

「見ろ!

その肖像画を!

あれが、実現したか?

…これだけ酷い、裏切り者だから…俺にこんなに…泣かれるんだ!

お前もそうだな?

あいつに死なれて………酷い裏切りを感じたろう?」

「だが親父は悪くない。

彼は生きたかった。

お袋もだ。

あんたに…会って妻と息子を、誇りたかったさ…………」


ゼッデネスはその言葉を聞きようやく…オーオールディーンの立場を思い出した。

その気持ちを。

想いを。


オーガスタスの肩を借り、痛めた足引きずり、椅子にかけた。

そして…横に立つオーガスタスを見上げる。

「無念…だったか?」

オーガスタスが、頷く。


ゼッデネスはようやく…潤んだ瞳で頷き、顔を下げた。




それ以降、三日は屋敷に居座る悪友達にゼッデネスは散々

「ゼッデネスはことある毎に、お前の親父に楯突いて困らせてた」

と聞かされる羽目になった。


ゼッデネスはオーガスタスを見る度、母親似の顔の上に、アンナネスタの面影を…そしてその髪色と体格に、オーオールディーンを見つけ、肩竦める。


「…解らなかったはずだ…。

お前、親父と違って綺麗な顔の、男前だもんな…」

それ聞くと、オーガスタスが眉寄せる。

「俺のどこが綺麗だ?」


途端、悪友達が声揃える。

「オーオールディーンにに比べてだ!

奴は凄い鷲鼻だった!」

「髪と瞳の色はそっくりだが、顔立ちはほぼ、母親似だな?」

「さ程ごつい顔と、思った事無かったが…お前と比べると確かにごつい気がする」


奴らはこの歴史ある美しいヴィラヴィクス邸とシュスーラのもてなしが気に入り、オーガスタスを、左将軍ディアヴォロスの呼び出しがかかるまで、引き留め滞在した。


オーガスタスの消えたヴィラヴィクス邸の、朝のテラスでの朝食で、皆ぼやく。

「行っちまったな」

「あいつ、雰囲気は親父そっくりだ…!」

「ここに居る間オーオールディーンの話ばかりして、それでもまだ足りないか?」

一人が言って、皆シン…とする。


皆、同様だった。

きっといつか…大公家が奪還と報復諦め、家族紹介するオーオールディーンに皆、招待される日を、待っていた。


「…今思うと…本当に、事故だったのか?」

「目前で片車輪飛んだんだぞ?

そんな事故、作れるか?」

「ああ…。

車輪外れなくても突っ込んで行ったんなら、大公家の暗殺だが…」

「車輪が片方飛んで突っ込んだんなら…事故だろうな………」


その時、朝の風に吹かれ、ゼッデネスは声が聞こえた気がした。


“…あの時、お前の無言の言葉は感じてた。

が、今度は俺が言う番だ。

『ありがとう』を。

息子を救ってくれたお前に”


…………ゼッデネスはその、美しい朝日の中の庭園を見回した。

風が草花を揺らしてる。


だが…確かに聞こえた。

無念だった。

死にたくなかった………。


あんたの、息子からそれが聞けて良かった。


だから、言った。

俺同様、オーオールディーンが死んだと聞かされて、声も無く落胆する悪友達に。

「オーオールディーンもきっと…残念だったさ…。

駆け落ち手伝ってくれたお前らに…胸張って家族紹介できなくて」

「だな」

「きっと…そうだろうな……」


そしてその場は無言の…彼への追悼で満たされた。

けれど皆、知っていた…。

彼は最後迄…彼の宝物を抱いていたのだと。


だから…決して哀しい死に様では無かったのだと………。


ゼッデネスはそれを感じ、手紙を書いた。

オーガスタスに宛てて。


オーガスタスは、同志だった。

結局オーオールディーンは最後迄…愛しい愛妻と最後を遂げた。

それは…准将の地位を捨て彼女を選んだ…奴の、運命だったのかも知れない。


“俺は、ありがとうを言われた。

奴はお前のお袋を取って死んだ。

俺達部下もお前の母親に勝てなかったが、お前も同様だ。

奴は、幸せだったと俺は確信出来る。

だから捨てられた者同士、俺はお前が訳も無く気に入った。


…だが俺達はお前のお袋には勝てなかったが…それでもあいつは俺達の事もちゃんと、好きだった。

だから…俺に『ありがとう』

奴のその言葉が届いた。

だが礼なんていい。

奴が去り、俺の両親も去り…俺は、置いて行かれるのに耐えられなかった。

とても大切な者に、置き去りにされるのが。

もう怖くてどうしようも無くなっていた。

勿論、そんな事認めたら、生きて行けなくなるから酒浸った。

だから…奴に、言われる必要も無い。

俺がお前に

「ありがとう」を言いたい。

同類の、お前が居たから俺は孤独から救われた”


オーガスタスはその手紙を読み、静かに泣いた。

が、父同様愛するシュスーラと愛する屋敷に住むゼッデネスを思い、そっと彼の上司、ディアヴォロスに礼を捧げた。


『(俺が礼を言うのは、あんたにだ。

俺は彼の恩に報いられた。

あんたの、お陰で…………)」


そして、ヴィラヴィクス邸に居たその時、椅子にかけるゼッデネスと寄り添うシュスーラの幸せそうな姿を思い浮かべた。


ディアヴォロスの中の光竜ワーキュラスが、さざ波のような光に溶けた言葉で返答をした。


『礼は君の、両親に…。

亡くなってからずっと君に寄り添っていた。

ゼッデネスを君に引き合わせたのも、彼らだ』


ワーキュラスの光が届くと、その時初めてオーガスタスは確かに、亡くなった両親が自分に寄り添うのを感じた。


母、アンナネスタがそっと言った。

『今でも…昔からもうずっと…愛してるわ』

オーオールディーンが囁いた。

『ゼッデネスに俺の気持ちを伝えてくれてありがとう…』


その時初めてオーガスタスは、ゼッデネスがなぜあれ程泣いたのかが、解った。


ゼッデネスはもうずっと…ずっと全てを無くし酒浸りの日々を送りながらどこかで…あんたに出会えないかと、探していた。


もう絶望でどうしようも無くて、自分で自分を立て直せなくて孤独で…どこかであんたに会えないかと………。

心の隅の、どこかで。


だから俺を見つけた………。


それでもまだ、探し続けてた。

俺の、馬車で轢かれ亡くなっていた父親が、あんたと知らずに………。


オーガスタスは、そっ…と父親に、頷いた。

『きっと…“会いたい”と言う強烈なゼッデネスの想いに応えられなくて、辛かったろうな…。

もう…とっくに亡くなって、どうする術も、無いのにな』


ワーキュラスがそっと…囁き返す。

『それでも、想いを伝える方法はある…。

心の中で意識の中で…いつでも会いたい人と、人は出会う事が出来る………』


それでも人は現実が全てだから…。

自分の目で見る事が出来ず、手で触れる事が出来ない事を辛く、感じるから………。


失う事が、怖いんだ…………。





 ゼッデネスは悪友達の去ったヴィラヴィクス邸を眺める。

やっぱり毎日、シュスーラがあちら。こちらと、召使い達に指示を出し、その都度彼らは嬉しそうに、館の手入れに奔走する…。


この館もいつか…時が来れば荒れ果て、人の住めない場所になる日が訪れる。


それでも…ここを愛した、人々の想いは永遠に、残るだろう…。

古い…不思議な美しい館、ヴィラヴィクス邸。


今では時折両親の幻影だけで無く、庭を愛妻と歩く、オーオールディーンの幻が見えたりする。


目が合うと、彼は微笑うから、ゼッデネスは笑い返す。

不思議と信じられる。

彼が本当にそこに、居るのだと。


そして…今、幸せなのだと感じられる………。

自分、同様に…………………。





              end










 

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