ヨーンの襲撃 4
ヨーンが抱き寄せようとするから、マディアンは必死で抗った。
オーガスタスを思い浮かべてる時とは正反対。
ぞっ…と鳥肌が立って嫌悪感が込み上げ、吐きそうになって。
ヨーンの方が大きく、ヨーンの方が力が強く…だけど…!
マディアンは抗いながら身を屈めて、必死で足首を探った。
護身用の小刀を、いつもなら足首に巻き付けていた。
それで刺せば、気をそらせる。
後は駆けて、叫べば…。
けど…探る手に小刀は当たらず、途端はっ!とする。
いつもは…付けてる筈なのに…!
オーガスタスの事をずっと考え…付けるのを…忘れ…!
愕然とする。
目前に、ヨーンの嫌らしい顔。
マディアンは叫んでた。
「嫌っ!!!」
必死で口づけようとするヨーンから、顔を下げる。
両手首は掴まれてしまった。
足で必死に、蹴ろうとするけど届かない。
揉みあい、石のベンチに腿を強く打ち付け、そのままベンチに押し倒そうとするヨーンから必死で、逃れる。
背が力尽くで石のベンチに打ち付けられ、息が詰まる。
ヨーンが、ぐったりとするマディアンを見、手首を掴む力を緩める。
本能的にマディアンは、被さって来るヨーンから、身を石のベンチから床へと滑り落として避ける。
そして必死で起き上がり、走り出そうとし、また後ろから手首を掴まれ、ヨーンに振り向かされて抱きしめられそうになった、その時。
その背は突然、目の前にあった。
大きな、背。
赤い髪の垂れた。
マディアンは、目を見開いた。
程無く、がっ!!!
激しい殴る音。
その背は横へと移動し、その腕には自分を襲っていたヨーンが…まるで小動物のように掴まえられ怯え…そしてその後、振り切るオーガスタスの、長い腕と拳が見えた。
がっ!!!
ヨーンはあずまやの横の茂みに吹っ飛び、ぐったりと横たわっていた。
オーガスタスが振り向く。
瞳が黄金に輝き、赤い髪は燃えるように見えた。
マディアンは呆けて彼に、見とれた。
“黄金の瞳の、赤い鬣の獅子”
その野性の獅子は、自分の姿を見た途端、優しげな気遣う表情を見せる。
彼のその表情に、きゅん。
と胸が高鳴るのを感じる。
「すみません!
彼を見失った…私が全て悪い。
本当に、済まなかった。
この近く迄目を離したりはしなかったのに…!」
彼のその言葉は、獅子の咆吼に聞こえた。
彼の怒りは今だ有り…噴出しきって無いように…。
マディアンは彼に、抱きつきたかったけど、出来なかった。
激しく石のベンチに打ち付けられた、腿と背が痛んだ。
急に…膝の力が抜け、オーガスタスの手が腕を、咄嗟に支えてくれて、床にどすん!と尻餅つかずに済んだ。
目前に、彼が屈む。
「…大丈夫でしたか?」
「ええ…。
いつもは常備してる筈の、短剣が見つからなくて」
マディアンは自分でもびっくりする程、冷静に言葉を返していた。
「貴方の事をずっと考えていたので、今日は付けそびれましたの」
オーガスタスが、目を見開く。
「…どうして私の事なんて、考えていたんです?」
「妹達が、ギュンター様がいらっしゃると。
それで貴方もまたご一緒されるのかと思って」
「…返答になってない。
それで…付けそびれたんですか?」
マディアンはもう、泣きたく成っていた。
「貴方の事が大好きで、妻や息子を得るより戦場で死にたいなんておっしゃるから!
幾ら恋い焦がれても天国相手に勝ち目が無くて、絶望的であんまりショックで、付けそびれたのよ!
どう?!
これで返答になっている?!」
オーガスタスは暫く、そう言ったマディアンを、マジマジと見ていた。
「…外見からして、もっと大人しいお方かかと…」
「そうよ!
いつもはこんなにロクに知らないお方を、怒鳴り飛ばしたりしないわ!!!」
オーガスタスは、苦笑して囁く。
「貴方は長女で、妹がたくさんいる。
拝見した所、ちゃんと下の面倒を見られるお方で…その、母性がとても強い。
それでその…俺のように命を簡単に捨てる男の存在が…容認出来ないのでは?」
「随分、冷静なご判断ね?」
オーガスタスはもっと、苦笑した。
「お言葉は元気そうだ」
言われてマディアンははじめて、結った髪が乱れて前に垂れ下がっていて…どうやら自分が散々な様子なのに気づく。
「みっとも無く乱れてしまってます?
髪や…衣服も?」
「どんなになっても、美人は美人です」
オーガスタスの苦笑する表情を見ながら、マディアンは彼の…想像道理逞しい腕に掴まって、床から立ち上がる。
立つと目前にオーガスタスの…腹。
あんまり長身だから、彼の胸には、屈んでくれないと抱きつけないのね。
そう思い、けれど思い切り、抱きついた。
オーガスタスは、じっ…としていてくれた。
けれど次第にそれが…悪さをしでかしそうなヨーンを暫く見張っていたけど、目を離した隙に私を襲った、失態の償いだ。
そう解ったから、顔を上げる。
オーガスタスは、ほっ。としたように微笑む。
「元気に、なりましたか?」
「さっきだって怒鳴ってたわ」
「あれは…本当の元気じゃなく…その」
「おっしゃって」
「あいつに暴虐武人に振る舞われた反動でしょう?」
「…貴方、さっき私が怒鳴った事なんて、気が動転して叫んでる。
そう思ってらっしゃるでしょう?
それに…飴を与えれば子共が満足するように、私に抱きつかせてくれた。
…違う?」
オーガスタスはまた、苦笑した。
「それではいけませんか?」
マディアンはまた、怒鳴りたかった。
けどもう一人の自分が囁き続けた言葉は本当だ。
と思い返す。
“左将軍補佐なんて、雲の上の理解しがたい人”
そんな地位に、素直で純朴な人が居続けられる筈も無い。
マズイ事をかわす知恵もある。
“きっと正攻法でぶつかったって、軽くいなされて終わりそう”
マディアンは彼から離れた。
そして伺う。
「ご自分の失態で私がこうなった、責任は取って頂ける?」
オーガスタスは、やっぱり苦笑した。
「出来る限りの、事は致します」
マディアンは頷く。
「自宅に、送って下さる?
この姿じゃ、会場に戻れないしそれに…足がかなり痛いの」
オーガスタスはその時、真剣な表情を見せた。
「どうして余分な事を喚く前に、それを言わない!」
そうして一瞬で、マディアンを抱き上げた。
マディアンは体が宙に浮き、その大きな腕の中で抱き上げられ、オーガスタスの顎を下から見上げる。
斜め下から見上げる彼は、きっ。とした表情がとても、男らしく見えた。
“やっぱり、下からじゃ十分に見えなかったけど、ハンサムだわ”




