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赤い獅子と芍薬の花 オーガスタスとマディアン  作者: 心響 (しのん)『滅多に書かない男女恋愛物なろう用ペンネーム』天野音色
二章
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ヨーンの襲撃 4



 ヨーンが抱き寄せようとするから、マディアンは必死で抗った。

オーガスタスを思い浮かべてる時とは正反対。

ぞっ…と鳥肌が立って嫌悪感が込み上げ、吐きそうになって。


ヨーンの方が大きく、ヨーンの方が力が強く…だけど…!


マディアンは抗いながら身を屈めて、必死で足首を探った。

護身用の小刀を、いつもなら足首に巻き付けていた。


それで刺せば、気をそらせる。

後は駆けて、叫べば…。


けど…探る手に小刀は当たらず、途端はっ!とする。

いつもは…付けてる筈なのに…!


オーガスタスの事をずっと考え…付けるのを…忘れ…!


愕然(がくぜん)とする。

目前に、ヨーンの嫌らしい顔。

マディアンは叫んでた。


「嫌っ!!!」


必死で口づけようとするヨーンから、顔を下げる。

両手首は掴まれてしまった。

足で必死に、蹴ろうとするけど届かない。


揉みあい、石のベンチに腿を強く打ち付け、そのままベンチに押し倒そうとするヨーンから必死で、逃れる。


背が力尽くで石のベンチに打ち付けられ、息が詰まる。

ヨーンが、ぐったりとするマディアンを見、手首を掴む力を緩める。

本能的にマディアンは、被さって来るヨーンから、身を石のベンチから床へと滑り落として避ける。

そして必死で起き上がり、走り出そうとし、また後ろから手首を掴まれ、ヨーンに振り向かされて抱きしめられそうになった、その時。


その背は突然、目の前にあった。


大きな、背。

赤い髪の垂れた。


マディアンは、目を見開いた。

程無く、がっ!!!


激しい殴る音。

その背は横へと移動し、その腕には自分を襲っていたヨーンが…まるで小動物のように掴まえられ(おび)え…そしてその後、振り切るオーガスタスの、長い腕と(こぶし)が見えた。


がっ!!!


ヨーンはあずまやの横の茂みに吹っ飛び、ぐったりと横たわっていた。


オーガスタスが振り向く。

瞳が黄金に輝き、赤い髪は燃えるように見えた。


マディアンは呆けて彼に、見とれた。

“黄金の瞳の、赤い(たてがみ)の獅子”


その野性の獅子は、自分の姿を見た途端、優しげな気遣う表情を見せる。

彼のその表情に、きゅん。

と胸が高鳴るのを感じる。


「すみません!

彼を見失った…私が全て悪い。

本当に、済まなかった。

この近く迄目を離したりはしなかったのに…!」


彼のその言葉は、獅子の咆吼(ほうこう)に聞こえた。

彼の怒りは今だ有り…噴出しきって無いように…。


マディアンは彼に、抱きつきたかったけど、出来なかった。

激しく石のベンチに打ち付けられた、腿と背が痛んだ。


急に…膝の力が抜け、オーガスタスの手が腕を、咄嗟に支えてくれて、床にどすん!と尻餅つかずに済んだ。


目前に、彼が屈む。

「…大丈夫でしたか?」

「ええ…。

いつもは常備してる筈の、短剣が見つからなくて」


マディアンは自分でもびっくりする程、冷静に言葉を返していた。

「貴方の事をずっと考えていたので、今日は付けそびれましたの」


オーガスタスが、目を見開く。

「…どうして私の事なんて、考えていたんです?」

「妹達が、ギュンター様がいらっしゃると。

それで貴方もまたご一緒されるのかと思って」


「…返答になってない。

それで…付けそびれたんですか?」


マディアンはもう、泣きたく成っていた。

「貴方の事が大好きで、妻や息子を得るより戦場で死にたいなんておっしゃるから!

幾ら恋い焦がれても天国相手に勝ち目が無くて、絶望的であんまりショックで、付けそびれたのよ!

どう?!

これで返答になっている?!」


オーガスタスは暫く、そう言ったマディアンを、マジマジと見ていた。


「…外見からして、もっと大人しいお方かかと…」

「そうよ!

いつもはこんなにロクに知らないお方を、怒鳴り飛ばしたりしないわ!!!」


オーガスタスは、苦笑して囁く。

「貴方は長女で、妹がたくさんいる。

拝見した所、ちゃんと下の面倒を見られるお方で…その、母性がとても強い。

それでその…俺のように命を簡単に捨てる男の存在が…容認出来ないのでは?」

「随分、冷静なご判断ね?」


オーガスタスはもっと、苦笑した。

「お言葉は元気そうだ」


言われてマディアンははじめて、結った髪が乱れて前に垂れ下がっていて…どうやら自分が散々な様子なのに気づく。


「みっとも無く乱れてしまってます?

髪や…衣服も?」


「どんなになっても、美人は美人です」


オーガスタスの苦笑する表情を見ながら、マディアンは彼の…想像道理逞しい腕に掴まって、床から立ち上がる。


立つと目前にオーガスタスの…腹。

あんまり長身だから、彼の胸には、屈んでくれないと抱きつけないのね。

そう思い、けれど思い切り、抱きついた。


オーガスタスは、じっ…としていてくれた。

けれど次第にそれが…悪さをしでかしそうなヨーンを暫く見張っていたけど、目を離した隙に私を襲った、失態の償いだ。


そう解ったから、顔を上げる。


オーガスタスは、ほっ。としたように微笑む。

「元気に、なりましたか?」

「さっきだって怒鳴ってたわ」

「あれは…本当の元気じゃなく…その」

「おっしゃって」

「あいつに暴虐武人に振る舞われた反動でしょう?」


「…貴方、さっき私が怒鳴った事なんて、気が動転して叫んでる。

そう思ってらっしゃるでしょう?

それに…飴を与えれば子共が満足するように、私に抱きつかせてくれた。

…違う?」


オーガスタスはまた、苦笑した。

「それではいけませんか?」


マディアンはまた、怒鳴りたかった。

けどもう一人の自分が囁き続けた言葉は本当だ。

と思い返す。


“左将軍補佐なんて、雲の上の理解しがたい人”


そんな地位に、素直で純朴な人が居続けられる筈も無い。

マズイ事をかわす知恵もある。


“きっと正攻法でぶつかったって、軽くいなされて終わりそう”


マディアンは彼から離れた。

そして伺う。


「ご自分の失態で私がこうなった、責任は取って頂ける?」

オーガスタスは、やっぱり苦笑した。

「出来る限りの、事は致します」


マディアンは頷く。

「自宅に、送って下さる?

この姿じゃ、会場に戻れないしそれに…足がかなり痛いの」


オーガスタスはその時、真剣な表情を見せた。

「どうして余分な事を(わめ)く前に、それを言わない!」


そうして一瞬で、マディアンを抱き上げた。

マディアンは体が宙に浮き、その大きな腕の中で抱き上げられ、オーガスタスの顎を下から見上げる。


斜め下から見上げる彼は、きっ。とした表情がとても、男らしく見えた。


“やっぱり、下からじゃ十分に見えなかったけど、ハンサムだわ”



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